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桜見物と絵島生島事件

2006.04.19 15:45

私たち夫婦は桜見物の日帰りバスツアーに参加したのでした。

お目当ては高遠のコヒガン桜でした。 これは天下第一の桜と宣伝されていました。

私は数年前から、いつか行こうと思っていたのですが、今年、遂に実現したのでした。

朝、新宿から立って、お昼頃に高遠の場所に近い、ホテルに着いたのでした。

そこで、昼食をとってから、小高い山の上に咲く桜を見に行ったのでした。

行って驚いたことに山全体が満開のコヒガン桜で覆われていたのでした。

山の上に立つと上を見ても、下を見ても、360度周りを見ても、すべて満開の桜で一杯でした。 かわいいコヒガン桜のオンパレードです。

誠に見事というにふさわしいものでした。

本当に来てみて良かったと心から感動したのでした。

下山した所に江戸時代に絵島が幽閉されていた家屋がありました。

絵島生島事件の絵島です。

事件のあらましは次の通りです。

時は元禄華やかし頃、地方出の絵島は引き立てられ、大名に召抱えられます。

彼女は持ち前の美貌と頭の良さで女中として、徐々に出世していきます。

そして、遂に大女中になって、150人の女中を従えるほどになります。

仕えた大名の出世に伴って、絵島も自動的にその地位が上がったのでした。

ある日、殿の使命を帯びて、芝の増上寺に菩提を弔うために多くの女中を従えて行ったのでした。

その帰りのことです。 当時、そのような帰りにはお土産物などのため、色々な店に立ち寄り、みやげ物を買ったり、食事をしたりするのが黙認された慣習になっていました。

絵島は大変、芝居が好きでした。 それで、帰りに芝居小屋に立ち寄り、芝居を女中たちと一緒に楽しんだのでした。 そして、当時人気の芝居役者の生島を桟敷に呼び寄せ、酒を飲み交わしたのでした。

派手な女中たちの集団で、観客は舞台よりもその桟敷に目を奪われるほどでした。 そして、これが、後に大事件に発展することになるのでした。

そんなこんなで、絵島たちは帰宅時間に遅れることとなりました。

そして、公の仕事が終わって、なぜこんなにも時間に遅れたのか、その理由を厳しく詮議されることとなったのでした。

当時の政治状況は次のようなものでした。

元禄時代は華やかであったものの、当時の社会の風紀が乱れていました。

このような状況を当時の幕府の儒学者は快く思っていませんでした。

綱紀の粛正を考えていたのでした。

又、世継ぎ問題で今の政権に不満な勢力が幕府内にあったのでした。

その勢力は何か、チャンスがあれば、それで、当時の幕府の政権交代を図りたいと考えていたのでした。

儒学者や当時の幕府の反対勢力にとって、このスキャンダルは格好の出来事でした。

絵島と生島が密通しているという話がまことしやかに作り出されます。

そして、この話は、江戸中に広まることになったのでした。

もはや、人のうわさは恐ろしいもので、話は増幅されて、天下の大事件に発展したのでした。

お抱えの大名は最初の段階では絵島をかばっていたのですが、もはやかばいきれない状況になってしまったのでした。

絵島は詮議の結果、信州の高遠の地に幽閉されることとなったのでした。 そして、生島は島流しになったのでした。

そして、参加した女中はもちろんの事、すべての女中とその家族・親戚が罪になったのでした。

絵島が幽閉されたのは35歳位でした。 平屋の家屋で食事は一汁一菜の一日二食でした。 読書は禁止で一日中、番兵に見張られていました。

そして、60歳位でその生涯を閉じたのでした。

彼女は幽閉の25年間、一言も不平不満を言わなかったそうです。

そして、彼女は死後、近くの寺に盛大に葬られたのでした。

私は以上の話を聞いて、とても考えさせられたのでした。

何時の世でも、政敵が落ち度を狙い、追い落としを図っている。

デマが真実のように言いふらされる。

近くでは(小泉政権の転覆を狙ったと思われる)ホリエモン事件でのニセメール事件が上げられます。

これを防ぐにはどうしたら、良いのか?

決して、我欲を出さずに、節度を保つことである。

疑われるようなことは決して、しないように気をつけることである。

李下に冠を正さず、瓜田で靴の紐を直さないことである。

果物のなる木の下で帽子を直せば、果物泥棒と疑われ、畑でかがんで靴の紐を直せば、畑の作物泥棒と疑われるからであります。

絵島には家臣の忠言が無かったのか、聞いても従わなかったのか、自ら節度を保つことの限度を知らなかったのか、よくわかりません。

『過ぎたるは及ばざるが如し』の例えにある通り,黙認されていることでも、度が過ぎれば罰せられるのは世の習いです。

万事に抜かりの無いように最新の注意が肝心です。

さて、この事件の後、幕府はどうなったのでしょか?

反対勢力が力をつけ、ロボットだった幼少の将軍に代えて、次の将軍になったのは当時、紀州藩の吉宗でした。

吉宗は紀州藩での功績を買われ、次期将軍に引き立てられたのでした。

その吉宗は将軍になって、庶民の実情を良く知った改革を行い、江戸幕府の名君となったのでした。

人気テレビドラマの『暴れん坊将軍』のあの吉宗であります。

さて、バスは次の目的の桜見物地に向かったのでした。

次は日蓮宗の実相寺にある一本の桜です。

そのお寺に近づく道すがら、車内から歓声があがりました。

乗客:きれいねー。

他の乗客:本当だ。 すごくきれいだねー。 見事だねー。

私は車窓から何事かと外を見たのでした。

それは、それは見事な花が咲いていたのでした。

畑の中に何本も花がつけていたのですが、それぞれがとても色とりどりで美しいのです。

よく見ると、一本の木に赤、ピンク、白の花が同時に咲いているのです。

私はこのような花を見たことがありませんでした。

これは一体、何の木なのだろう。私は知りたくなったのでした。

この思いは皆、同じでした。

添乗員:誰か、この花の名を知りませんか?

ある乗客:それは桃の花です。

アジサイのように次第に色が変化する草花を見たことがあるが、木でもそのようなことがあるのか。 しかも、アジサイと違って、同時に違う色の花がきれいに咲くとは。 不思議なことがあるものだ。

私は感動したのでした。

次に実相寺の近くにある桜の木を見たのでした。

その桜の花は残念ながら、もうすでに散っていました。

高遠のコヒガン桜と違って、早咲きの桜だからでした。

しかし、一本といっても、普通の桜とは違います。

なんと1800年近くの寿命を保っている桜の木です。

私は近くにいる男の人に言いました。

私:すごく長い寿命ですね。

彼:そうですね。 なにしろ、弥生時代からの寿命ですからね。

この木の寿命を更に保つために最近4年かけて、養分のある土と入れ替えたそうです。

私はこの木を見て、『生命とは何か?』と改めて、思ったのでした。

自問自答した結果、それは『神経系統の組織機能の継続』であると思ったのでした。

植物でも、動物でも人間でも皆同じではないか。

個体としての神経系統の組織機能が停止すれば、それは死である。

人間の命は長寿でも120歳位と考えられているが、もし、科学的な対応で進歩が見られれば、もっと長生きが可能になるかも知れない。

200歳の人間も不可能ではないかも知れない。

私はそう実感したのでした。