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佐原の大祭

2006.10.29 15:49

私はかねてから千葉県にある佐原に行ってみたいと思っていた事を実現させたのでした。

なぜなら、伊能忠敬が伊能家に養子に行く前の村が私の父の郷里と同じだからです。

伊能忠敬の人格と偉業に少しでも触れようと思った事が佐原に行こうと思った理由の一つでした。

次に佐原には端午の節句に飾られる昔の人形をとても大きくしたような人形を山車の上に乗せて、練り歩くお祭りがあることを知ったからでした。 

そのお祭りはは年2回開催されるのです。

佐原の秋の大祭

今回は秋のお祭りで、私と妻はお祭りの初日に行ったのでした。

最初は小野道風の山車でした。 次に源頼義の山車が出てきたでした。

全部で14の山車が出るとのことでした。 私たちはそのうち、10程度見る事が出来たのでした。

14の山車は次の通りです。

牛天神、仁徳天皇、源義経、小野東風、小楠公、神武天皇、

すさのおの尊、鎮西八郎為朝、源頼義、大楠公、ににぎの尊、

諏訪大神、日本武尊、浦島太郎

人形は人の2倍から3倍位ある大きなもので、その造りは見事なものです。

今ではそのような大きな人形を作る人はいないとのことです。

街角でその山車を回します。 『の』の字のように回すので、それをのの字回しと言っています。

この祭りが300年間、連綿と続いてきたという伝統には恐れ入ります。重要無形文化財もうなずけるものです。

伊能忠敬記念館

次に伊能忠敬が養子に行った酒屋の住まいを見たのでした。 そこには広い、書院があり、忠敬が大いに勉学に励んでいた様子をうかがい知ることが出来たのでした。

彼は養子に言って、伊能家の資産・収入を3倍にしたとのことです。

彼は酒屋のほかに米屋、運送業も仕切っていたのでした。

伊能忠敬記念館では彼の書と蔵書の目録を見たのですが、彼の教養の広さ・深さにも改めて、感心したのでした。

若いときからの学問への情熱、江戸に出て、若き天文学者、高橋至時に弟子入りします。 そして、50歳から、北海道からはじめとして、日本全国の測量を開始したのでした。その精巧な地図は日本のみならず、世界に残っているのです。

周到なる準備と高い志。 それが彼をして、日本全国地図作成という偉業をなさしめた原因であると思ったのでした。

小野川観光船

私たちは小野川観光船での遊覧付の上野からのセット乗車券をあらかじめ、買っておきました。

そして、次に小野川観光船に乗ろうとしたのでした。 ところが、地元でもらった地図とパンフレットの地図では、船の乗り場が違っており、どちらか分からなくなりました。

私は観光協会に電話しました。

私:私は伊能忠敬記念館の前にある船の乗船場にいるのですが、船がなかなか来ません。 乗り場はどちらですか?

観光協会の係:伊能忠敬記念館を出て、右に行ったところの乗船場です。

私たちはその場所に行きました。 ところが、その場所には船があるのですが船頭の姿が見えません。 私はまた、観光協会に電話しました。

私:船があるのですが、しばらく待っても、船頭さんが来ません。

観光協会の係:そうですか。 すぐに手配いたします。

しかし、いくら待っても、船頭は現れません。

乗船場前の無料休憩所の前に張り紙がありました。

『観光船の乗船場は伊能忠敬記念館の前に変更になりました。』

私は疑心暗鬼になって、また電話しました。

私:船頭さんが現れません。

観光協会の係:そうですか。 電話しておいたのですが。

私:乗船場前の無料休憩所の前に『観光船の乗船場は伊能忠敬記念館の前に変更になりました。』との張り紙がありましたけど、どちらが本当ですか?

観光協会の係:そうですか。 今、調べてみます。 しばらく、お待ちください。

しばらくして、私の携帯に連絡がありました。

観光協会の係:申し訳ありません。 確かに乗船場前の無料休憩所の前に変更になっています。 船頭が行くように連絡しておきますので。

私たちは又、伊能忠敬記念館の前の乗船場に戻りました。

しかし、しばらくたっても、船頭は現れません。 

私は又、電話したのですが、間違えて、佐原商工会議所に電話してしまいました。

すると佐原商工会議所の人はシャトルバスの乗船所に変更になったと教えてくれたのでした。

そこで、私たちはそちらの方向に行ったのでした。 すると乗船所が現れました。 しかし、誰一人いません。 その前の店でホタテを焼いて売っている人がいました。 おいしそうなので、私たちはそれを買って、食べたのでした。タレが甘辛く、とてもおいしかったのでした。

私:ここに乗船所がありますが、小野川観光船の乗船所はここでいいのですか?

店の人:ここではありません。 伊能忠敬記念館の前の乗船場です。

私:でもそこには船が来なかったのですが。

仕方なく私たちは又、元の場所に帰ったのですが、やはり、これはおかしいと思いました。

そこで、又、観光協会に電話しました。

私:もう30分以上、待っているのだけれど、相変わらず船が来ません。 一体、何時何分にここに船頭が来るのか、私の携帯に電話して下さい。

観光協会の人:すいません。 相手に電話したのですが、電話が通じなかったものですから。

観光協会の人が慌てて、次のように別の人に言っているのが聞こえてきました。

『お客さんがすごく、怒っているわよ。』

私:何時になってもいいですから、とにかく何時になったらここに船が来るかを私の携帯に連絡してください。

観光協会の人:わかりました。

しばらくして、観光協会の人から連絡がありました。

観光協会の人:どうも、申し訳ありません。 お祭りの3日間はシャトルバスの乗り場に変更になったのです。本当に、申し訳ありません。

私:分かりました。

観光協会の人は地図に沿って、祭りの期間中の乗船場所を教えてくれたのでした。 結局、私たちは正午から約1時間、このやりとりに費やしたのでした。

そして、私たちはやっとの思いで、小野川観光船に乗ることが出来たのでした。

香取神宮

昼食にお刺身定食を食べた後に、2キロ離れた香取神宮に行くことにしたのでした。 距離的には離れていますが、運動になるから良いとも思ったのでした。

しばらく歩いていくと、道が分かれていたので、ガソリンスタンドの人にこの方向でいいのか聞いたのでした。

私:香取神宮に行くのはこの方向で良いのですか?

ガソリンスタンドの人:そうですが、香取神宮に歩いていくのは大変ですよ。

三菱館の隣の佐原町並み交流館で自転車を借りる事が出来ますよ。 それも、無料ですから。

私:そうですか。 有難うございます。

私たちは今来た道を少し、戻って、自転車を借りたのでした。

かなり、佐原の町を歩き回った後だけに、自転車で乗っていくのは快適でした。

香取神宮に行くのは初めての道だけに、かなりの道のりである事が実感できました。

香取神宮の鳥居をくぐって、社まで登っていきました。 

社は極彩色を一部に使った素晴らしいものでした。

社に着いたときに、中高年のグループの人がいました。

参拝者A:香取神宮は誰を奉っているのかね?

しばらく、考えて、聞かれた人は答えました。

参拝者B:それは神様を奉っているのだよ。

参拝者A:そうだよな。

質問者は笑って、相手に合わせて、そう、言いました。

参拝者B:神様は誰よりも偉いものだよ。

参拝者A:そうだよな。 でも、あなた、酔っているのじゃないかね。

参拝者B:そんなことはないよ。 ほれ、このとおり、まともだよ。

参拝者はよたよたしながら、答えたのでした。

参考

香取神宮は出雲の国の神話に出てくる『ふつぬしの大神』を奉っています。

そして、近在にある鹿島神宮は出雲の国の神話に出てくる『たけみかづちの大神』を奉っています。