雨漏り
私が中学生の頃のことです。
父の家が区画整理によって、取り壊しの上、近くに移転することになったのでした。
区から移転費用が出されたのですが、父は借金取からの取りたてが厳しかったせいか、
借金の返済を優先させたのでした。 その上で、建築業者に頼んだのですが、お金が足りずに、家の枠組みだけの工事でストップしてしまったのでした。
なんと、父はその後は自分がするからと日曜大工のように、素人が屋根や、家の囲いの工事を一人で始めたのでした。
なんとか雨露がしのげるようになったので、私達はその家に引っ越したのでした。
普通程度の雨なら、問題無いのですが、雨が激しいときは雨漏りがするので、その時は部屋の中でバケツを用意して対処したのでした。
やがて、台風がやってきたのです。 私の勉強部屋は二階にあり、二段ベットの上段に私はいつも寝ていたのでした。
台風では雨漏りに対し、一つのバケツだけでは足りず、2、3個のバケツで対応しました。
ところが、更に、雨が激しくなってきて、雨が天井を伝わってきて、私のベットの上か
らポトリ、ポトリと落ち始めたのでした。 しかも、その落ちる位置が一定せずに、移動するという状態でした。
すでに夜になっていましたが、私は急遽、ベットの上に棚を作り、その上に金属のタライを置いたのでした。 これなら、雨漏りが移動しても大丈夫と安心して、布団の中に入り、ぐっすり寝込んだのでした。
何時間たったのでしょうか? 突然、ドスンという音とともに、上から雨がたっぷり入ったタライが私の布団の上に落ちてきたのでした。
私の棚への立て付けが十分でなかったのか、雨とタライの重さに耐え切れずに、落ちてきたのでした。
私は布団もろとも、雨の水でびっしょりとなってしまいました。
「こんな馬鹿なことがあっていいものか。 大きくなったら、決して雨漏りのしない家に住んでやる。」
私は心にそう、固く決心したのでした。
A leak in the roof
It was in a lower secondary school.
My father’s house was scheduled to move in near place by replanning of streets.
Expenses of a change of residence was given from a ward office.
My father was pressed to pay a debts. So, he paid a debts at first.
After that, he ordered a building company build a new house.
But money was not enough to a new house. So, the building company stopped to build leaving a flame of house.
My father began to build a roof and an enclosure by himself only, like a Sunday amateur carpenter.
After that, we moved to a new house.
There is no problem in ordinary days. But in heavy rainy day, there was a leak in the roof. In that cases, I prepared a bucket in my room.
Soon, we was visited by a typhoon. My room was in upstairs. Always, I used upper bed in two-storied bed.
In case of a typhoon, a bucket is not plenty. So, I prepared some buckets.
But, rain was heavy, more and more. A leak in the roof dropped to my bed from the ceiling. And it moved gradually.
It was already night. But I make a shelf upper bed and I put a washtub on it.
I was very easy to do it. So, I entered to my bed and slept well.
I didn’t know what hours passed. Suddenly, the washtub with rain dropped to my bed with loud sounds.
Was the shelf not sufficient to fix wall ?. The washtub dropped not to holding weight of rain and the washtub.
I was wringing wet with rain.
「I made a fool of myself. When I am adult、I will live in a new house without a leak in the roof.」
I made up my mind to do so, firmly from my heart.
大学受験
2001年2月著述
思うようにいかない世界。 でも意志あれば道あり。
都立高校に入学後、次の私にとっての課題は大学でした。
エンジニアになりたいと思っていた私は国立の工業大学に入れたらという希望を持っていました。 しかし、高校の数学と物理は中学の時のようにはいきませんでした。
かなり難しく、自分の実力では入学はとても無理だと思いました。
そこで進路変更することにしましたが、家計のこともあり、私立大学は無理なので公立の大学にしなければなりません。
私は予備校にも行かずに受験勉強を続けました。 公立大学は私立大学に比べ、受験科目が多く、それぞれの科目で合格レベルにとどくのは、とても大変でした。
模擬試験などの結果を参考にしながら、難しいとは思いながら、最終的に公立大学と国立大学を一つずつ受験することににしました。
結果は不合格でした。
私の大学への夢は捨て切れませんでした。 もう一年、浪人すれば公立または国立の大学に入れるのか? だめでも、私立の大学に行ける道はあるのか?
二年間の浪人生活をする余裕はない。 ではどうすれば良いのか?
家族で相談しました。 父を看病しながらの母の保険の外交では収入が安定せず、母も年を取り、これからも仕事を続けるのもきついという状況でした。 結局、このままでは私と弟の大学費用を賄うのは難しいという結論になりました。
そこで長年住んでいた自宅を売って、そのお金で転居費用と今後の生活費用、学資を出すことにしたのでした。
そして、私は国公立大学と私立大学の二股の受験では受験科目数の違いから両方とも、不合格になってしまうと思いました。 国公立大学は5科目で私立大学はおおむね3科目でした。 そこで、国公立大学をあきらめ、私立大学に絞り、3科目に全力投球して受験勉強しました。
大学を選ぶにあたっては背水の陣でのぞみました。 いくら高望みしても入学できなければ、しょうがないという現実感がありました。
模擬試験での偏差値を参考にし、偏差値順に5グループに分けて、それぞれのグループ毎に1大学を選びました。
高校の友人が言うのでした。
友人:同じ大学を一緒に受験しようよ。
私:あの有名大学はお金持ちの子女が行く所で、授業料も高いんじゃないの?
友人:そんなことないよ。 みんな、同じさ。 授業料も他の大学と同じようなものさ。
調べてみると本当にそのとおりでした。 そこで、第一ランクの偏差値の他の大学と入れ替えて、友人のすすめる有名大学を受験することにしたのでした。
受験の結果、今度は選んだ5大学にすべて合格することが出来たのでした。
友人は他の大学には受かったのですが、彼が私にすすめた大学は不合格になってしまいました。
友人: 君よりできた僕の方が不合格で、何で、君の方が合格なんだよ。
私: 何と言っていいかわからないけど、運なのかな?
私は君にすすめられなければ、受かることもなかったんだから、
本当にどうも有り難う。
私は友人の残念な気持ちが分かるので、そう言うのが精一杯でした。