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彩ふ文芸部

都市と読書会 執筆者:shikada

2019.12.30 08:30

「都市は人類最高の発明である」(著:エドワード・グレイザー、訳:山形浩生)という本を読んで、考えたことを書きます。


この文章の内容は、ざっくり言うと「読書会は、都市の産物である」ということです。読書好きを集めること、また直接会って本について語り合う読書会の現場をなんとなく想像しながらお読みください。


さて、「都市は人類最高の発明である」は、タイトルの示すように、都市がいかに優れた発明であるか、様々なデータや調査の結果を持ち出して説明する本です。


著者のグレイザーは、アメリカの都市経済学者です。彼は都市の持つメリットとして、たとえば以下の点をあげています。


・自動車が排気ガスを排出し、まばらで広大な家屋のために大きな光熱費やインフラ整備費用を使う地方よりも、公共交通機関で人間が移動し、建物が密集する都会のほうがエコである

・都市は貧困層が稼ぐチャンスがある。農林水産業がメインで、土地や農機具や船などの元手が必要となる地方に比べて、都市の仕事は第三次産業がメインで、パソコン一つ、スマホひとつ持っていれば稼ぐチャンスがある


このように、著者は都市の持つメリットをどんどん列挙していきます。


著者の説明する都市のメリットのなかから、読書会と関連付けて考えられるものが2つあったのでご紹介します。


メリット①都市では文化的な厚みが生まれる


都市は人の数が多いため、ニッチなジャンル、前衛的・実験的な文化でも生き残りやすくなります。たとえば1万人に1人しかファンがいないジャンルの文化があったとして、数千万人規模の都市であれば、数千人はファンがいる計算になりますから、その文化にお金を落とし、盛り上げるだけの十分な数の人間がいることになります。


これが、たとえば人口数万人しかいない街になると、数人しかファンがいませんから、その文化を維持していくことはなかなか困難になるでしょう。


著者は、ロンドンやニューヨークの演劇を例に出して、このことを説明しています。都市は、多数の多様な人間が集中することで、多様な文化を受け入れ、維持していく下地が作られているといえるでしょう。


メリット②都市は多数の人間が近距離に集まるため、人が直接会って会話し、複雑な情報や感情を伝えられる


電話やチャットで会話をするときに「電話とかチャットだと、意味やニュアンスがなんとなく伝わりにくいな…」と感じたことはないでしょうか。


「洗濯物取り込んでおいて」とか「ハハキトク スグカエレ」というレベルの単純な会話なら、電話やチャットでも十分でしょうが、複雑な情報や感情がからむ内容の話や、多人数で同時に会話をするさいに、電話やチャットでは伝える難しさを感じることがあります。


それと比べ、直接会って話をするフェイス・トゥ・フェイスの会話は、圧倒的な情報量を正確に伝えることができます。身振り手振りやアイコンタクトを使い、同じ資料を見て指差したり書き込んだりしながら会話をすすめることができるからです。


電話・インターネットが普及しはじめたころに「新しいコミュニケーションの方法が登場したため、もう人は直接会って話をする必要はない。人が一箇所に集まる必要もないから、都市は消えていくだろう」と予言した評論家たちがいました。


しかし、実際にはそうはなりませんでした。人や企業は、高い家賃やオフィスの賃料をいとわずにますます都市に集まっています。フェイス・トゥ・フェイスの会話の質・量が、電話やチャットのそれを上回っていたことは、都市への集中が起きた理由のひとつです。


もちろん、電話やチャットは極めて便利で有効なツールです。しかし、フェイス・トゥ・フェイスの会話にとって変わるほど強力ではありませんでした。著者は電話やチャットは、フェイス・トゥ・フェイスの会話の「代替物ではなく相補物である」と表現しています。


著者はシリコンバレーにIT企業が密集した理由のひとつとして、このフェイス・トゥ・フェイスの会話ができることを上げています。


「イノベーションがシリコンバレーのような場所に集積するのは、アイデアは大陸や大洋を超えるよりも、廊下や街路を超えるほうが容易だからだ」と著者は表現しています。実際、特許の引用は、地理的に近い会社どうしで行われる割合が多いとの調査があるそうです。複雑な情報を伝えるには、直接会って話すのが有効な方法です。


このように、都市は多数の人間が近接しているため、人が直接会って会話し、複雑な情報や感情を伝えられるというメリットがあります。


ここまでに紹介した、都市の持つ2つのメリットを踏まえて、読書会について考えてみます。


まず①のメリットについてです。

読書会を開催するためには、読書好きがある程度の人数参加することが必要になります。


統計をとったわけではありませんが、定期的に本を読んでいて、なおかつ本について人と語りたいというほどの読書好きは、決して日本の人口の大部分を占めてはいないと思われます。読書会ではちょくちょく「家や職場では、本について話せる人がいない」という趣旨の話を聞くことがあります。


つまり読書会というイベントは、その意味でニッチなジャンルの文化と言えます。


ここで、①で紹介した都市のメリットが生かされてきます。都市には多様な人間が多数住んでいるため、読書会というニッチなイベントでも、それに参加したい人の母数はある程度確保できます。


たとえば、読書会に参加したい人が1万人に1人いるとして(数字は適当です)、東京都であれば人口が約1300万人いますから、読書会に参加したい人が1300人はいることになります。読書会の開催には十分な人数ですね。これがたとえば、私shikadaが小学生時代を過ごした人口3万人程度の街ですと、読書会参加者は3人しかいない計算になり、開催が厳しくなります。これは非常に雑な推論ですけれど、人口が多く密集している地域のほうが、同好の士を見つけやすいということは間違いないと考えます。


読書会に人が集まるのは、都市が多様かつ多数の人間を抱えているから、と主張することができます。


ここで「人数が多いことでニッチなジャンルのイベントが開けるのならば、多種多様な人が多数集まるネット上でイベントを開けばよいではないか」という反論があるかもしれません。


この反論に対して、②のメリットについて言及していきます。


読書会で語る内容は、非常に多様です。

著者の人物像、本が書かれた経緯、自分が本に出会ったきっかけ、本のストーリー、登場人物、本の感想、メディア化などの周辺情報、などなど、あげていけばきりがありません。


読書会ではそうした多様なテーマについて、個人の人生観などを踏まえた、感情的な部分が絡まった複雑な話をしていきます。


このときに、②で紹介した、フェイス・トゥ・フェイスの会話のメリットが活きてきます。人間は直接会って話すことで、複雑な内容を、正確に伝えることが可能になります。


本を掲げて、表紙や帯を指差し、ストーリーを示してその魅力を語る。「それってこういうことなんですか」と質問があり、それに答える。何度か会話が行ったり来たり脱線したりするうちに、思いもしなかった発見をする。「そのテーマについては、こんな本もありますよ」と教わる。「あの作家さんの本は全部読んでます」というドヤ顔。「あの作家、新刊出すの遅すぎ。ファンの身にもなってほしい」と文句を垂れつつ、待たされるのを楽しんでいる顔。


こうした対話は、直接会って話をすることで、情報や感情が特に良く伝わります。もちろん、電話やネット上での対話も非常に便利なツールで、普通に生活していたら一生会わないであろう遠方の人と交流できるなどのメリットがあります。ただ現状、多人数で複雑な感情や情報を共有するという点に限っては、直接会って対話するのが最も有効な方法なのではないかと思っています。


多数の人間が近接して住む都市は、「文化の厚みが出る」「フェイス・トゥ・フェイスの対話ができる」というふたつの理由から、読書会を開催するのに最適な場所であると考えます。もちろん都市でやればうまくいくという単純な話ではなく、宣伝や運営の問題もあるでしょうが、少なくとも「読書好きを集めて、感情や情報を共有する」という点においては、都市に一日の長があるのではないでしょうか。


…以上、都市のメリットと読書会を絡めた文章でした。斬新な内容はほとんどありませんが、ビジネス書の内容を、自分の身近な生活に当てはめて考えることができると読書が一層楽しくなります。本に書いてあることは、研究者や専門家の方だけのものではなくて、普通の人の、ごく身近な日常生活に繋がっているんだと思います。


ここまでお読みいただきありがとうございました。