風雅和歌集。卷第十二戀哥乃三。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第十二
戀哥三
題しらす
後二條院御歌
いかにせん世に僞りのあるまゝに我かねことを人のたのまぬ
後宇多院に奉りける百首歌の中に
後光明照院前關白左大臣
よし今は賴ますとてもことのはのかはるか末におもひあはせは
契戀の心を
徽安門院
かきりなくふかき契りを聞中に人にもさそのなからましかは
百首歌奉し時
前大納言實明女
なをゆかし思ふそといふそのうちのふかきかきりは我はかりかと
戀御歌の中に
院御歌
人よまして心のそこのあはれをは我にてしらぬおくものこるを
永福門院
なるゝま[・まゝ(イ)]の哀につゐにひかれきていとひかたくそ今はなりぬる
從三位親子
かよひけりと思ひしられし人妻にこゝろの色のそひまさるころ
戀うらみ君に心はなりはてゝあらぬ思ひもませぬ比かな
進子内親王
哀さらは忘れて見はやあやにくに我したへはそ人は思はぬ
前大納言實明女
まさるかたの人にいかなることのはの我きかさりしきはをいふらん
院別當
さのみたゝあはれなるしも賴まれすかくては人のはてしと思へは
大江髙廣
恨ても思ひしらねは中々に何かこゝろの色を見えけん
契顯戀と云ことを
從三位爲理
もらすよりあたなる程のしらるれはいひし契の末も賴ます
戀五百首歌合に戀命
院冷泉
一度のあふせにかへし命なれはすてもおしみも君にのみこそ
契戀の心を
藤原爲名朝臣
何かいふ後の世まてのかねことよ人も思はしわれもたのます
戀歌中に
院兵衞督
はしめより賴ましすへて賴むよりつらきうらみはそふと思へは
憂なからさすかにたえぬ契りをはなをもあはれになしこそはせめ
儀子内親王
思ひけつかきりをこそあれうき身そと忍ふかうへもあまるつらさを
恨戀を
今上御歌
つらさをはうき身とかとかこちつゝ哀を猶もさましかねぬる
院冷泉
さはかりも心とゝめておもふかとうらむるにしもそふあはれかな
戀歌とて
前大納言爲兼
思ひけりと賴みなりての後しもそはかなきことも人よりはうき
思ひとりし昨日のうさはよはれはや今日は待そと又いはれぬる
永福門院
ならひあらはけにもしやとも賴まゝし僞りとしも見えぬことのは
寄人戀と云事を
院御歌
さらはとて賴むになれは人心をよはぬきはのおほくも有かな
百首歌奉しに
徽安門院一條
人よされはたれかよかるゝ夜かれとてあはぬたえまをうしといふらん
入道二品親王法守
けに思ふ心のうちはことのはのをよはぬうへもみゆらん物を
宣光門院新右衞門督
かはかりも思ひけるよの哀より我も心をゆるしたちぬる
題しらす
永福門院
思ふ方によしたゝすへてをしこめてさのみは人の心をは見し
憂も契りつらきも契よしさらはみなあはれにや思ふなさまし
院五百首歌合に戀憂喜といふ事を
進子内親王
うきにそふ哀に我もみたされて一からにしもえこそさためね
戀歌の中に
權大納言公宗女
人はしらし今はと思ひとるきはゝうらみのしたによはき哀も
後京極攝政左大將に侍けるに契戀を
大藏卿有家
さきの世を思ふさへこそうれしけれ契るけふの契りのみかは
千首歌中に
前大納言爲家
契りしを賴めはつらし思はねは何を命のなくさめそなき
百首歌奉し時戀歌
權大納言公䕃
をしかへし哀なるかなむくひありてうきも二世の契と思へは
戀契を
院一條
うきにしも哀のそふよこれそこののかれさりける契りと思ふに
戀情といふ事を
左近中將忠季
思ひとけは心つからにかへれともたゝなを人のうきにおほゆる
寄身戀
從一位敎良女
身をしらぬ思ひと人や思ふらんうきをはをけるうへの思ひを
題しらす
從二位爲子
我もいひきつらくは命あらしとはうき人のみやいつはりはする
伏見院新宰相
かきりなくうき物からに哀なるいつれ我身のこゝなるらん
奉恨戀といふ事を
徽安門院一條
いはねともつらしと思ふ色やみゆるなくさめかほに人のうらむる
稀逢戀
大納言公重
佗ぬれはかくこそ物はあはれなれ絕ぬはかりのたま〱の夜を
題しらす
徽安門院
うからぬもましてうきにも哀々よしなかりけるひとの契りを
哀れなるふしもさすかにありけるよ思出なき契りとおもへと
百首歌に
太上天皇
それまては思ひいれすやと思ふ人のうらむるふしそされは嬉しき
戀歌に
儀子内親王
我と人哀こゝろのかはるとてなとかはつらき何か戀しき
恨戀の心を
後光明照院前關白左大臣
かねてより恨みをかはやうきにならん心の後はかひもあらしを
山本入道前太政大臣女
つらけれとなを戀しきよ身の程のうきをはしらぬ人のならひに
戀歌とて
權大納言公宗女
哀しらし常のうらみにおもなれてこれをまことのかきりなりとも
戀五百首歌合に戀夢を
徽安門院一條
人のかよふ哀になしてあはれなるよ夢は我見る思ひねなれと
院一條
さめかたみしはしうつゝになしかねぬ哀なりつる夢のなこりを
戀歌の中に
前中納言公雄
面影は殘るかたみのうつゝにてまたみぬ夢のさむるまもなし
藤原懷世朝臣
をのつから夢路ははかりの逢事をかよふ心とたのむはかなさ
從二位爲子
思ひつくす心よゆきて夢にみゆなそをたに人のいとひもそする
つらきをは世々のむくひと思ふにも人はうからて猶そ戀しき
百首歌の中に
太上天皇
世々の契りいかゝ結ひしと思ふ度にはしめて更に人のかなしき
題しらす
永福門院
大かたは賴むへくしもなき人のうからぬにこそ思ひわひぬれ
院兵衞督
それしもやうき身は人にいとはれんふかき思ひのきはをみすとて
伏見院御歌
かはり行昨日の哀今日のうらみ人に心のさためなの世や
戀淚といふことを
徽安門院
落けりな我たにしらぬ淚かな枕ぬれ行夜半のひとりね
永福門院右衞門督
その行衞きけは淚そまつおつるうさ戀しさも思ひわかねと
院百首歌合に寄心戀を
兵衞督
思はぬになす心しもいかなれや常はなかめてなみたのみうく
題しらす
今出川入道前右大臣
あはれにもうさにもおつるわかなみたさものこりある物にそ有ける
前參議家親
つらけれと思ひしらぬになす物を何となみたのさのみおつらん
藤原公眞[・直(イ)]朝臣母
うきふしも思ひいれしと思ふ身に何ゆへさのみおつるなみたそ
戀御歌の中に
伏見院御歌
淚たに思ふか程はこほれぬるよあまりくたる今の心に
思ひ〱淚とまてになりぬるをあさくも人のなくさむる哉
從二位爲子
せめてたゝ思ふあたりのことをたにおなし心にいふ人もかな
百首歌奉しに
徽安門院小宰相
渡るせのさもさためなき中川よ鹽のみちひる浦ならなくに
文保三年後宇多院へめされける百首歌に
二品法親王覺助
人心思ひみたるゝかくなはのとにもかくにもむすほゝれつゝ
六帖題にて歌讀ける中にあやを
前左兵衞督爲成
夕暮は思ひみたれて雲とりのあやに戀しき人の面影
題しらす
貫之
くれなゐに袖にうつろふ戀しきや淚の川の色には有らん
よみ人しらす
うらふれて物な思ひそあま雲のたゆたふ心我思はなくに
戀歌の中に
權大納言實家
戀しさのあまつみ空にみちぬれは涙の雨はふるにそ有ける
院に三十首歌めされし時戀月を
權大納言公䕃
雨雲の絕ま〱を行月のみらくすくなきいもに戀つゝ
百首歌奉し時
正二位隆敎
そのまゝに思ひあはする方そなきあたに見し夜のうたゝねの夢
後京極攝政左大將に侍ける時家に六百番歌合し侍けるに寄風戀
前中納言定家
しらさりし夜深き風の音もせす手枕うとき秋のこなたは
戀海といふことを
權大納言公䕃
君ゆへに思ふおもひは大海の波をは袖にかけぬまもなし
伏見院御歌
いせの海なきさにひろふたま〱も袖ほすまなき物をこそ思へ
戀歌あまたよませ給けるに
戀しさになりたつ中のなかめには面影ならぬ草も木もなし
寄書戀を
權大納言公宗女
何となくうちもをかれぬ玉章よあはれなるへきふしはなけれと
儀子内親王
思ふ程はかゝしと思ふ玉章になをともすれはすゝむことのは
宣光門院新右衞門督
なをさりに人は見るらん玉章におもふ心のおくはのこさぬ
通書戀と云事を
法印實性
かよふとていかゝ賴まんいたつらに末もとをらぬみつくきの跡
人の文をあた〱しくちらすとて聞て恨み侍れは
讀人しらす
常盤山露ももらさぬ言のはの色なるさまにいかてちりけん
返し
相摸
色かへぬときはなりせはことのはの風につけてもちらさらましやは
實方朝臣みちのくにより人のもとへ弓をつかはして戀しくはこれをいたきてふせと申たりける返し人にかはりて
三條院女藏人左近
是やさはあたちのまゆみ今こそは思ひためたる事もかたらめ
寶治百首歌に寄玉戀
花山院前内大臣
かさしけんぬしは白玉しらねとも手にとるからに哀とそ思ふ
冷泉前太政大臣
白玉か何そとたとる人もあらは淚の露をいかにこたへん