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一服一銭 売茶翁

2020.01.04 12:35

売茶翁(江戸時代後期 煎茶中庸の祖)は、高僧の身分を辞し、京の鴨川のほとりに小さな茶店「通仙亭」をかまえ、当時庶民にはなじみが薄かった煎茶文化を広めたと言われています。佐賀市蓮池出身。

売茶翁の口上に「茶銭は黄金百鎰(ひゃくいつ)より半文銭までくれ次第、ただ飲みも勝手。ただよりは負けもうさず」とあります。

(お茶の代金は、高価でも良いし、安価でもあなたが決めて良いのです。もちろん、無料でも。

ただし、ただよりはまけることができないので、ご勘弁(笑)。)


人物を描くのは珍しい若冲が描いた売茶翁


江戸時代後期、僧侶の世界では、権威主義が蔓延し、堕落する上流階級の世の中にあって、売茶翁は、高僧としての身分を捨て、士農工商の下位に位置するお茶売りの翁として、路上に立ちました。

多くは茶室ではなく、路上や川べりなど、野外でお茶をいれています。当時活躍した伊藤若冲や池大雅など、文人、書人、画人が反骨精神あふれる売茶翁のもとに集っています。


売茶翁はお茶の喫茶文化を広めるとともに、一茶壺(いっさこ)の精神を説き、格式や権威主義ではない、日常のお茶の時間のたいせつさを伝えています。一茶壺とは、お茶を飲むときには身分や境遇、貧富、年齢、出身などにとらわれることなく、壺の中では誰もがおたがいさま、同じ茶を楽しむ一人の人間である事。お金がすべてではなく、お金の使い方を説く一服一銭お茶売りの翁だったようです。


路上でお茶を喫する場を作る、、、

少しでも、見知らぬ人とでも、お茶を飲みながら会話する、、

ただ共感する、、

日々変らぬ日常がありがたい、、

なんて豊かなひととき、、、。


2016年4月に起きた熊本地震。

そのとき、自分ができることは、何か考えました。

お茶道具を担いで、温かいお茶を一服入れてさしあげること、だと直観しました。

急須に茶葉をいれ、お湯をそそぎ、湯飲み茶碗でお茶の時間。

当たり前の日常が当たり前のように取り戻せるまで、時間がかかりました。

まだ安定した自宅住まいではない方も多く、不安が時々よぎる日もあると聞きます。


お茶の時間を必要としていたことに気づかせてくれた、熊本地震。

まだまだ暮らしを楽しむために、お茶の時間を続けていきます🍵。


夢でもいいから、売茶翁といっしょにお茶してみたい、、。