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風雅和歌集。卷第十五雜哥上。原文。

2020.01.04 23:52


風雅和歌集

風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。



風雅和謌集卷第十五

 雜歌上

  年のはしめに人々おほくあつまりたる所にて

  中納言兼輔

あたらしき年のはしめのうれしきはふるき人とちあへるなりけり

  春生人意中といふ事を

  左京大夫顯輔

春きぬと思ふはかりのしるしには心のうちそ長閑なりける

  題しらす

  大江賴重

かすますは春ともえううあはしら鳥のとは山松に雪はふりつゝ

  山里に住侍ける比よめる

  永福門院内侍

見るまゝに軒端の山そ霞行心にしらぬ春や來ぬらん

  正月一日鶯の聲はきくやと人のおひ侍けれは

  淸原元輔

年ことに春の忘るゝ宿なれは鶯の音もよきて聞えす

  題しらす

  夢窓國師

我宿をとふとはなしに春のきて庭の跡ある雪の村消

  太神宮へ奉りける百首歌の中に殘雪を

  前大納言爲家

をのつからなをゆふかけて神山の玉くしの葉に殘るしら雪

  題しらす

  平重時朝臣

初草は下にもゆれとかた岡のおとろかうへの雪はけなくに

  隆信朝臣從上五位にて年へ侍ける一級ゆるされて侍ける時よみてつかはしける

  淸輔朝臣

位山むすほゝれつる谷水は此春風にとけにけらしな

  返し

  藤原隆信朝臣

位山春待えたるたに水のとくる心はくみてしらなん

  春歌とて

  大中臣直實

雪かゝるそともの梅はをそけれとまつ春つくる鶯の聲

  ある人のもとより在原業平朝臣家の梅をつたへてうへつきて侍とて送て侍けれはよみてつかはしける

  前大僧正範憲

世々へてもあかぬ色香は殘りけり春やむかしの宿の梅か枝

  定家卿はやう住ける家にしはし立入て又ほかへうつり侍けるおりかのみつからうへて侍ける梅の木の枝に結ひつけゝる

  永福門院内侍

忘れしな宿はむかしに跡ふりてかはらぬ軒ににほふ梅かえ

  返し

  前大納言爲世

朽殘るふるき軒端の梅かえも又とはるへき春を待らし

  春の歌とて

  藤原敎兼朝臣

春風の心のまゝにさそへともつきぬは梅の匂ひなりける

  平久時

軒近き梅の匂ひもふかき夜のねやもる月にかほる春風

伏見院かくれさせ給にける時出家し侍て後梅花をみて

  前參議家親

梅花うつるにほひはかはらねとあらぬうき世にすみ染の袖

  春の御歌の中に

  伏見院御歌

哀にもをのれうけてやかすむらんたかなすときの春ならなくに

  遠山霞といふことをよませ給ける

  院御歌

霞にほふ夕日の空は長閑にて雲に色ある山の端の松

  賀茂社に奉りける百首歌の中に霞を

  皇太后宮大夫俊成

立歸りむかしの春の戀しきは霞を分し賀茂の明ほの

  海邊霞

  權中納言長方

與謝の海霞わたれる明かたに沖こく舟の行衞しらすも

  春比天王寺へ參りてよみ侍ける

  寂然法師

心ありて見るとしもなき難波江の春のけしきは惜くも有哉

  春曙を

  九條左大臣女

しらみ行霞のうへの横雲に有明ほそき山のはの空

  源賴春

篠目の霞も深き山の端に殘るともなき有明の月

  從二位爲子

しのゝめのやゝ明過る山のはに霞のこりて雲そわかるゝ

  左大將に侍ける時家に六百番歌合しけるに春曙をよめる

  後京極攝政前太政大臣

見ぬよまて思ひのこさぬなかめより昔にかすむ春の明ほの

  前大僧正慈鎭

思ひ出はおなしなかめにかへるまて心に殘れ春の明ほの

  題しらす

  前大納言爲兼

暮ぬとてなかめすつへき名殘かはかすめる末の春の山のは

  伏見にて人々題をさくりて歌うかうまつりけるついてに水鄕

  伏見院御歌

伏見山あらやのおもの末晴てかすまぬしもそ春の夕暮

  文保三年後宇多院にめされける百首歌の中に

  民部卿爲藤

ふみわくる雪まに色は見えそめてもえこそやらね道の芝草

  百首歌よみ侍ける中に早蕨を

  安嘉門院四條

今は世にありて物うき身の程を野への蕨のおり〱そしる

  題しらす

  前中納言定家

霞たつ峯のさわらひこれはかり折しりかほの宿もはかなし

  從二位家隆

たらちねの跡や昔にあれなましおとろの道の春にあはすは

  權律師慈成

春草はまたうらわかき岡のへの小篠かくれにきゝす鳴なり

  百首歌の中に

  前中納言定家

思ひたつ道のしるへかよふこ鳥ふかき山邊に人さそふなり

  近衞太皇太后宮に紅梅を奉りて侍けるに次のとしの春花の咲たる見よとておりて給はせけるにむすひつけ侍ける

  讀人しらす

うつしうへし色香もしるき梅花君にそわきてみすへかりける

  かへし

  前參議經盛

うつしうへし宿の梅とも見えぬかなあるしからにそ花も咲ける

  大江擧周つさめしにもれて歎き侍ける比梅花を見て

  赤染衞門

思ふ事はるとも身には思はぬに時しりかほにさける花かな

  徐目の比梅花につけて奉りける

  大藏院御歌

かくこそは春まつ梅は咲にけれたとへん方もなき我身かな

  御返事

  崇德院御歌

八重櫻ひらくる程を賴まなん老木も春にあはむ物かは

  後山本前左大臣左大將に轉任して侍ける次の朝申つかはしける

  前大納言爲兼

時わかぬ君か春とやたち花のかけもさくらに猶うつるらん

  返し

  後山本前左大臣

思ひやれ君かめくみの時にあひて身にあまりぬる花の光を

  法勝寺にて人々花十首の歌よみ侍けるに

  皇太后宮大夫俊成

花にあかてつゐに消なは山櫻あたりをさらぬ霞とならん

  題しらす

  僧正公朝

尋ねつる花はかきりもなかりけり猶山ふかくかゝるしら雲

  百首歌奉りし時春歌

  覺譽法親王

芳野山花のためにも尋はやまた分そめぬすゝの下道

  春述懷の心を

  伏見院御歌

花鳥の情はうへのすさひにて心のうちの春そ物うき

  前中納言爲相

花鳥に猶あくかるゝ心かな老の春とも身をは思はて

  山家春と云ことを

  權僧正憲淳

時しあれは花鶯のなさけをも外にたつねぬ春の山里

  はやう住侍ける家に人のうつりゐて後花を折にやるとてよめる

  伊勢

花の色の昔なからに見えつれは人の宿ともおもほえぬかな

  上達部殿上人白川わたりにてまりなともてあそひけるに女のさまにかきて花のもとにおとさせける

  藤原惟規

花ゆへにみゆきふりにしわたりとは思ひやいつる白河の水

  式子内親王齊院に侍ける比御かきの花を折て建禮門院右京大夫もとにつかはし侍とて

  中將

しめのうちは身をもくたかす櫻花惜む心を神にまかせて

  返し

  建禮門院左京大夫

しめの外も花としいはん花はみな神に任せてちらさすものかな

  春歌の中に

  祭主定忠

春風のいはねの櫻吹たひに浪の花ちるあさくまの宮

  二條院御時いまた殿上ゆるされぬことを歎き侍ける比彌生の十日比大内に行幸なりて南殿の櫻盛なるを一枝おらせてこそとことしといかゝあると仰られけるに枝にむすひつけて奉りける

  從三位賴政

よそにのみ思ふ雲井の花なれは面影ならて見えはこそあらめ

  おなし御時藤原隆信朝臣殿上のそかれて侍けるつきの年の春臨時祭舞人にて參り侍けるに南殿の櫻のさかりなりける枝につけて忘るなよなれし雲井の櫻花うき身は春のよそになるともと女房の中に申侍ける返し

  讀人しらす

思はさりし身こそ雲井のよそならめ馴にし花は忘れしもせし

  おなし院かくれさせ給て後南殿の櫻を見て

  參川内侍

思ひいつやなれし雲ゐの櫻花見し人數に我もありきと

  文保三年後宇多院に奉りける百首歌の中に

  權通納言公雄

忘れめや昔見はしのさくら花今は雲井のよそのおもかけ

  永仁二年三月大江貞秀藏人になりて慶を奏しけるを見て宗秀かもとに申つかはしける

  前大納言爲兼

めつらしきみとりの袖も雲のうへの花に色そふ春の一しほ

  花歌の中に

  皇太后宮大夫俊成

埋木となりはてぬれと山櫻おしむ心はくちすもあるかな

  出家の後寄花衣といふ事を

  從二位兼行

袖ふれし音はむかしに隔きて花にそうとき苔の衣手

  寶治百首歌中に見花といふことを

  皇太后宮大夫俊成女

尋ぬとも思はていりしおく山の庵もる花をひとりこそみれ

  春歌に

  法印長舜

世のうさはいつくも花になくさめはよしや芳野の奧も尋ねし

  なちの山に花山院の御庵室の有けるうへに櫻の木の侍を見てすみかとすれはとよませ給けんこと思ひいてられて讀ける

  西行法師

木の本に住ける跡をみつるかななちの髙ねの花を尋ねて

  花歌の中に

  從三位氏成

こゝのそちあまり老ぬる身にも猶花にあかぬは心なりけり

  都の外に住侍ける比宣光院新右衞門督もとへ申つかはしける

  永福門院内侍

またはよも身は七十の春ふりて花も今年や限りとそみる

  是を御覧して御返し

  院御歌

人も身も又こん春もしらぬ世にかすむ雲路を隔すもかな

  寄花述懷の心を

  伏見院御歌

時すきしふる木の櫻今は世に待へき花のはるも賴ます

  曆應二年の春花につけて奉らせ給ける

  永福門院

時しらぬ宿の軒端の花さかり君たにとへな又たれをかは

  御返し

  院御歌

春うとき深山かくれのなかめゆへとふへき花の比も忘れて

  花のいとおもしろきを見て

  和泉式部

あちきなく春は命のおしきかな花そ此世のほたし成りける

  題しらす

  如淨法師

風ふけはまさらぬ水も岩こえて瀧津川瀨は花のしら波

  源貞行

山深く猶分入てたつぬれは風にしられぬ花もありけり

  源貞世

散花をせめて袂に吹とめよそをたに風の情と思はん

  平親淸女

ちるまてに人もとひこぬ木の本はうらみやつもる花の白雪

  歸雁をよめる

  源和義

玉章もことつてゝまし春の雁我故鄕にかへると思はゝ

  春雨

  源貞泰

さひしきは昔より猶まさりけり我身ふりぬる宿の春雨

  春歌に

  源髙國

春といへは昔たにこそかすみしか老の袂にやちる月影

  百首歌の中に春月

  從二位家隆

おほろにも昔の影はなかりけりとしたけてみる春のよの月

  おなし心を

  土御門院御歌

時わかぬ淚に袖はおもなれてかすむもしらす春の夜の月

  後京極攝政左大將に侍ける時家に六百番歌合し侍ける遲日をよめる

  藤原隆信朝臣

かくしつゝつもれはおしき春の日をのとけき物と何思ふらん

  春歌とて

  徽安門院

心うつすなさけよこれも夢なれや花うくひすの一時の春

  山階入道左大臣家十首歌に松藤を

  山本入道前太政大臣

影うつす松も木髙き春の池にみなそこかけて匂ふ藤浪

  おなし心を

  前大僧正實超

底きよき池のみきはの松かえにかけてまてなひく春の藤浪

  春歌の中に

  前太政大臣女

山吹の花のしからみかくれとも春はとまらぬ井手の玉川

  此春はかならすともなひて花見るへきよしなと申侍ける人彌生の末まてとはす侍けれは

  永陽門院左京大夫

なをさりのことはの花のあらましを待とせしまに春も暮ぬる

  雜歌中に

  前大僧正慈鎭

さらぬたに心ほそきをさゝかにの軒にいとひく夕くれの空

  百首歌讀侍けるに

  深心院關白前左大臣

四阿屋のまやの軒端に雨過て露ぬきとむるさゝかにの糸

  題しらす

  從三位氏久

みあれ木にゆふしてかけし神山のすそのゝの葵いつか忘れん

  郭公を

  髙階重成

都にはまたしき程のことゝきす深き山路を尋てそきく

  三善爲連

たかためもつれなかりける郭公きゝつろかたる人しなけれは

  菅原朝元

時鳥鳴へき比とおもふより雲[・空(イ)]になかめぬ夕くれそなき

  前大僧正忠源

待えても老はかひなしほとゝきすおなし初音もかすかにそきく

  藤原行信朝臣

さこそけに忍ひねならめ時鳥くらきあま夜の空に鳴らん

  藤原景綱

あま雲の夕ゐる峯のほとゝきすよそに鳴音はきくかひもなし

  權中納言宗經

尋ね入深山かくれのほとゝきすうき世の外のことかたらなん

  右大將兼長むまはにてまゆみいさせ侍けるにとねりとものまとかくることをあらそひて夜更るまて侍けれは物見車ともみな追追に歸けるにある女車よりかくかきて大將の随身にとらせて侍ける

  讀人しらす

梓弓ためらふ程に月影のいるをのみ見てかへるぬるかな

  世をそむきて後あやめを見てよめる

  從三位客子

けふとてもあやめわくへき身ならぬに何にかけてかねのなかるらん

  題しらす

  從二位兼行女

橘のかほりすゝしく風たちて軒端に晴る夕くれの雨

  早苗を

  祝部成實

夕かけてけふこそいそけさなへとるみとしろ小田の神の宮人

  安倍宗長朝臣

松陰の水せき入て住よしの岸のうへ田に早苗とるなり

  五月雨を

  藤原敎兼朝臣

晴まなき心のうちのたくひとや空もかきくらす五月雨の比

  津守國夏

みかくれてしけみは見えぬ五月雨にうきて殘れる淀のかりこも

  髙階重茂

ほさてけふいくかになりぬあま衣田蓑の嶋の五月雨の比

  夏歌に

  源顯氏

今もかも夕立すらし足引の山の端かくす雲の一村

  野夕立

  惟宗光吉朝臣

ふしのねは晴行空にあらはれてすそ野にくたる夕立の雲

  五十首御歌中に夏草

  伏見院御歌

夏草のことしけき世にみたされて心の末は道もとをてらす

  山家晩凉といふ事を

  前參議雅有

雨そゝく外面の眞柴風過て夏をわするゝ山の下かけ

  夏歌中に

  讀人不知

村雨は晴行跡の山かけに露吹おとす風のすゝしさ

  源貞賴

山本に日影をよはぬ木かくれの水のあたりそ夏にしられぬ

  題しらす

  儀子内親王

更にけりまたうたゝねに見る月の影も簾に遠く成行

  述懷百首歌の中にともしを

  皇太后宮大夫俊成

ますらおは鹿まつことのあれはこそしけき歎きもたへ忍ふらめ

  北野社に奉りける百首歌に

  前大納言爲家

五月やみともしにむかふしかはかりあふもあはぬも哀世中

  題しらす

  從三位基輔

秋近き草のしけみに風立て夕日すゝしき杜の下かけ

  大江貞懷

木陰行岩根の淸水そこきよみうつる綠の色そ凉しき

  藤原秀治

一むらの雲吹をくる山風にはれてもすゝし夕たちの跡

  惟宗光吉朝臣

心あらは窓の螢も身をてらせあつむる人の數ならすとも

  貞空上人

岩間つたふ泉の聲もさ夜更て心をあらふ床の凉しさ

  河原院にて法橋顯昭歌合し侍けるに故鄕のなてしこといふことを

  藤原隆信朝臣

うへて見し籬は野へと荒はてゝ淺茅にましる床夏の花

  七月七日龜山院より七夕歌めされける時よみ侍ける

  後西園寺入道前太政大臣

苔衣袖のしつくを置きなからことしもとりつ草のうへの露

  おなし心を

  藤原秀行

天の川とわたる舟のみなれ棹さして一夜となと契り劔

  髙階師冬

初秋はまた長からぬ夜半なれはあくるやおしき星合の空

  寧世間安穩一身乎と云事を

  慶政上人

もちわふる身をも心の秋風にをき所なき袖の白露

  題しらす

  只皈法師

しられすも夕の露の置やそふ庭の小萩の末そかたふく

  式部卿久明親王

大方の秋のなかめもわきてなを山と水とのゆふくれの色[・そら(イ)]

  大江貞廣

物にふれてなせる哀は數ならすたゝそのまゝの秋の夕暮

  和氣全成朝臣

日影殘る籬の草に鳴そめてくるゝをいそくきり〱すかな

  前權僧正圓伊

なれてきく老の枕のきり〱すなからん跡のあはれをもとへ

  賀茂重保

夕間暮すかる鳴野の風の音にことそともなく物そかなしき

  秋述懷と云ことを

  前中納言爲相

春日野に秋なく鹿もしるへせよをしへし道のうつもるゝ身を

  秋歌あまたよませ給けるに

  順德院御歌

鹿のねを入相の鐘に吹ませてをのれ聲なき峯の松風

  田家の心を

  伏見院御歌

遙なる門田の末は山たえて稻葉にかゝる入日をそ見る

  瀧をよめる

  貫之

松の音をことにしらふる秋風は瀧の糸をやすけて引らん

  秋歌の中に

  後京極攝政前太政大臣

水靑き麓の入江霧晴て山路秋なる雲のかけはし

  權少僧都潤爲

入日さす浦よりをちの松原に霧吹かくる秋の鹽風

  百首歌奉し時

  前大納言尊氏

秋風にうきたつ雲はまとへとも長閑にわたる雁の一つら

  題しらす

  藤原賴淸朝臣

晴そむる峯の朝霧ひま見えて山の端わたる雁の一行

  藤原宗行

ほにいつる秋の稻葉の雲間より山本みえてわたる雁かね

  秋雨を

  中臣祐夏

嵐ふくたかねの空は雲はれて麓をめくる秋の村雨

  題しらす

  平英時

さひしさは軒端の萩のをとよりも桐の葉おつる庭の秋風

  明通法師

空はまた殘る日影のうす霧に露見えそめて庭そ暮行

  藤原宗泰

須まの浦や波路の末は霧晴て夕日に殘る淡路嶋山

  前大納言尊氏

松風に月の尾上は空はれて霧のふもとに[・の(イ)]棹鹿の聲

  後宇多院七夕七百首歌に駒迎を

  權中納言公雄

今もかも絕せぬ物か年ことの秋のなかはの望月の駒

  おなし七百首歌に湖月を

  從三位爲親

さゝ波やにほてる浦の秋風にうき雲晴て月そさやけき

  月の歌の中に

  前大納言尊氏

初瀨山檜原に月はかたふきてとよらの鐘の聲そ更行

  津守國實

いねかてになかめよとてや秋の月更ては影のさえまさるらん

  賀茂經久

故鄕は軒はふつたの末たれてさし入月の影たにもなし

  藤原爲守女

此比は月にも猶そなれまさるねられぬまゝの老のすさひに

  藤原懷通朝臣

雲の上になれ見し月そ忍はるゝ我よ更行萩のなみたに

  和氣種成朝臣

思ひ出るむかしにゝたる月影そふるきをうつす鏡なりける

  丹波長典朝臣

身のうれへなくさむかとて見る月や秋をかさねて老と成らん

  法印源全

としことにあひみる事は命にて老のかすそふ秋の夜の月

  貞永元年八月十日比中宮女房いさなひて東山へまかり侍けるに水に月のうつりてくまなかりけれは

  光明峯寺入道前攝政左大臣

せきいるゝ石間の水のあかてのみやとかる月を袖に見るかな

  返し

  後堀川院民部卿典侍

立歸る袖には月のしたふとも石間の水はあかぬたひかな

  護持に侍ぇる比月を見て

  二品法親王尊胤

祈りきてつかふるよひの秋もはやなれてみとせの雲の上の月

  百首歌奉し時

  入道二品親王尊圓

かくてこそ見るへかりけれ奧山の室のとほそにすめる月影

  雜歌の中に

  儀子内親王

空きよく有明の月は影すみて木髙き杉にましら鳴なり

  丹波忠守朝臣

秋さむき有明の空の一時雨くもるも月の[・つらき(イ)]情なりけり

  山家月を

  惠助法親王

いとひこし憂世の外の山里に月はいつよりすみ馴れにけん

  世をのかれて後あつまに住侍ける比よめる

  藤原爲守

住わひて出しかたとはおもへとも月に戀しきふるさとの秋

  題しらす

  法印隆淵

なれてみる月そしいるらん年をへてなくさめかたき秋のこゝろは

  承平五年内裏の御屏風月夜に女の家に男いたりてすのこにゐて物いはせたる所

  貫之

山の端に入なんと思ふ月見つゝ我はとなからあらんとやする

  女かへし

久方の月のたよりにくる人はいたらぬ所あらしとそ思ふ

  思ふことありける比

  寂然法師

つく〱とことそともなきなかめして今夜の月もかたふきにけり

  こもり居て侍ける比月を見て

  太宰大貮重家

月影のくまなしとてもわひ人の心のやみのはれはこそあらめ

  月前述懷を

  俊惠法師

なかむれは身のうき事のおほゆをうれへかほにや月もみるらん

  月御歌の中に

  土御門院御歌

歎くとて袖の露をはたれかとふ思へはうれし秋の夜の月

  從二位家隆

昔にはありしにもあらぬ袖の上にたれとて月の淚とふらん

  月十五首歌人々によませさせ給けるに雜月を

  伏見院御歌

哀さても何のすさひのなかめして我世の月の影たけぬらん

  寄月雜といふことをよませ給ける

  院御歌

雲ふかきみとりの洞にすむ月の憂世の中に影はたえにき

  題しらす

  四條太皇太后宮主殿

殘りなく思ひすてゝし世中にまたおしまるゝ山の端の月

  賀茂雅久

遠近のきぬたの音にいく里もおなし夜さむの哀をそしる

  雜歌の中に

  前大僧正慈勝

荒にける庭のかきほの苔のうへに蔦はひかるゝ故鄕の秋

  紅葉を

  祝部成國

一しほは手折て後も[・に(イ)]染てけり時雨にかさす山のもみち葉

  秋歌に

  兼空上人

うらかるゝ尾花か末の夕附日うつるもよはき秋の暮かた

  暮秋の心を

  大江千里

山さむし秋もくれぬとつくるかも槇の葉ことにをける朝露

秋の末つかたより雨うちつゝきふるに十月一日によめる

  和泉式部

今日は猶ひまこそなけれかきくもる時雨心ちはいつもせしかと

  題しらす

  藤原冬賴

夕附日雲一むらにけろひて時雨にかすむ岡の松はら

  祝部成國

音はかり板屋の軒の時雨にてくもらぬ月にふる木のはかな

  落葉交雨といふ事を

  前大僧正賢俊

神無月時雨にましる紅葉々はちりかふ程も色やそふらん

  冬歌の中に

  二品法親王尊胤

落葉にも秋の名殘をとめしとや又さそひ行木からしの風

  閑居冬夕を

  從二位爲子

さひしさよ桐の落葉は風になりて人は音せぬ宿の夕暮

  風前落葉といふことをよませ給ける

  後伏見院御歌

山風にもろく落行紅葉々のとゝまらぬ世はかくこそ有けれ

  神無月の比岡屋入道前關白もとより山中何事か侍ると申つかはして侍ける返事によみてつかはしける

  慶政上人

なかめやるまさきのかつら散はてゝ目にかゝるへき物たにもなし

  題しらす

  守子内親王

影よはき夕日うつろふかた岡に殘るもすこきむら薄かな

  藤原髙範

風かよふ籬の荻の冬かれも色こそかはれ音はかはらす

  百首歌よみ侍ける中に野を

  安嘉門院四條

武藏野はみな冬草のしほれはに霜はをくともねさへかれめや

  江寒蘆

  讀人しらす

湊江の氷にたてるあしの葉に夕霜さやき浦風そふく

  冬月をよめる

  前權僧正尊什

さえとをる霜夜の空の更るまゝにこほりしつまる月の色かな

  題しらす

  法印宰承

かきくらししくるとみれは風寒てみそれになりぬ浮雲の空

  冬歌の中に

  贈從三位淸子

空にのみちるはかりにてふけいくか日をふる雪の積らさるらん

  浦雪を

  惟宗忠良

難波かたみきはの雪は跡もなしたまれはかてに浪やかくらん

  文保三年後宇多院に奉りける百首歌の中に

  權中納言公雄

庵結ふ山路の雪も年ふりてうつもるゝ身は間人もなし

  後伏見院北山亭に御幸ありて人々歌つかうまつりける時雪を

  今出川入道前右大臣

かそふれはまちもまたれも君かためつかへふりぬる雪の山里

  おなし心を

  法印覺懷

玉鉾の道ある御代にふる雪はむかしの跡そ猶のこりける

  藤原爲量朝臣

春きても花を待へき梢かは雪たにのこれ谷の埋木

  後照念院前關白太政大臣

ふりにける跡をしよゝに尋ぬれは道こそたえね關の白雪

  冬歌の中に

  太上天皇

降うつむ雪の日數は杉の庵たるひそしけき山陰の軒

  順德院御歌

千とり鳴さほの山風聲さえて河霧しろく明ぬ此夜は

  前權僧正隆勝

さゆる夜の入海かけて友千鳥月にとわたるあまの橋立

  後宇多院七夕七百首歌に浦千鳥を

  前中納言有忠

つかへこし跡に殘りて浦千鳥あるかひもなき音をのみそ鳴

  おなし心を

  紀行春

跡つけんかたそしられぬ濱千鳥和歌の浦はの友なしにして

  冬歌に

  藤原成藤

氷りても音は殘れるみなせ川したにや水のありて行らん

  藤原基雄

山川の岩まに殘る紅葉々のしたにはすける薄氷かな

  堀川院百首歌に炭竈を

  俊賴朝臣

炭かまの煙ならぬと世中を心ほそくもおもひたつかな

  爐火

いかにせんはいのしたなる埋火のうつもれてのみ消ぬへき身を

  歳暮を

  前權僧正靜伊

老となる數は我身にとゝまりてはやくも過る年の暮かな

  おなし心を

  前權僧正雲雅

身のうへにつもる月日もいたつらに老の數そふ年の暮かな

  冬歌の中に

  兵部卿熈明親王

行末を思ふにつけて老らくの身には今更おしき年かな

  歳暮歌とてよめる

  前中納言爲相

今はたゝしたふはかりのとしのくれ哀いつまて春をまちけん

  世をそむきて後山里に住侍けるに年のくれていほりのまへの道を樵夫とものいそかしけに過侍けれは

  藤原爲基朝臣

山人の軒端の道にいそかすはしらてや年の暮を過まし

  百首歌奉りし時冬歌

  永福門院内侍

去年もさそまたはかけしの老の波こゆへきあすの春もつれなし