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空へ……声を届け

2020のはじまりに……

2020.01.05 09:04

まず2019年にわたしを支えてくれた人に感謝します。ありがとう。

今回は短編的にわたしの半生をここで書いていこうと思っています……

自分自身が今まで目を瞑っていた過去や大切と想ってる事柄、本当の想い。葛藤、もがき苦しんで来た証を記すことで冷静に自分のこれからの進むべき道をしっかり両目を開いて一歩一歩歩くように…

この場所を借りて荷物を下ろすのと同時に新しい道をしっかり歩いて行ける背中でいられるように…



2019の後半は私生活でも仕事先でももがき苦しむことになりました。

そうです。メンタル面の病気が顔を全体をわたしの前に現れてきました。

遡ることわたしの誕生日の4ヶ月前から変調はありました。

相手に対してあれ??あれれ?ということが増えてわたしをけなしてでも繋がって置きたかった。意味不明なことをされても言われてもこの人をわたしが「支える」少しでもこの人の理想の女性に近づくのが近道だし、この人も寂しかったんだと思って最後の4ヶ月は何されても言われても繋がっていました。

だってこの人(あの人)がはじめてわたしを想ってくれてたと思ってたから……

だけどわたしが仕事先でもキャパオーバーになり家でも親の顔色声色を伺いながら時に母とぶつかりながら…

あ因みに父にはそりゃあ幼い頃はワガママも言ってたことでしょう。

だけど思春期に入り家の方が身の安全を確保出来てたぶん父がどれだけわたしを母を兄を顧みることをしないとも、わたしの日々の状況を聞かなくともそれが普通だと思っていました。。

学校に行けば行くほどいじめより犯罪スレスレのことをされても集団でリンチをされても家に帰って普通に傷を隠して笑顔を見せて漫才してるように演じていました。

この明るい光が消えることがないように。

いつか家族にもいつか学校でされてる死への恐怖をされるんではないか。

なるべくワガママ言わないように……

自分の意見を言わないように……

笑顔でいること勉強が出来て聞き分けが良い子を演じ続けました。

だってそれをすれば家族以外の隣近所や親族から文句も出させないで済むと思ってた。わたしは父方の親族からまるで宇宙人として扱われてました。

なぜなら脳性麻痺という歩けない障害を抱えているからいつも父方の親族にはわたしの兄やいとこ達と比較され、色々な理想や批判や非難を言葉が汚いくらい罵られ、車椅子に乗っているということだけで意思疎通やわたしの想ってる気持ちもないと、そしてこの世に産まれて来たことでさえ否定され続けていました……

長くなるので今日は一旦この辺で…🙏🏻💗