動物にまつわること3
【ペットロス】
動物には未練や執着がありません。ですので先代のペットが亡くなり、その後すぐに次のペットを飼育しても、先代がやきもちを焼いたり、恨むことはありません。
むしろ、もう自分の代ではないこと、代替わりしたのだということを理解しています。人間と違って、未練や執着を残すことはありません。
動物は、とても潔い旅立ち方をします。「もう十分自分の役目は果たした」と分かった上で天寿を全うして、スッと亡くなることもあるくらい。
人間が思っているほど、動物たちは現世に執着していないのです。
因みに、ペットが亡くなった際は、心の切り替えのためにも、ケージやフードボウルなど使っていたものは片付けるようにしましょう。それによって、飼い主側の未練を断つことができますし、動物たちも「ここにもう居場所はないのだ」と悟ります。
【霊性】
人間がペットを飼うのは動物の霊性を上げるためのボランティア。というのは、スピリチュアリズムでは有名です。
では、野生動物の霊性はどうなるのか。
まず、野生動物は野生動物の世界で子供を育てるなどして、霊性を磨いています。そして何代か生まれ変わっていくうちに、人間と関わるようになっていきます。
たとえば、人間とたわむれるゴリラなどもいますが、そういうふうな触れ合いを通して人と接することで、霊性をさらに高めているのです。そしてライオンになったり、サルになったり…と種を変えながら、さらに向上させていきます。
同じライオンやサルでも、その群れのリーダーとなっている野生動物は、より霊性が高いでしょう。
【実験動物】
動物実験は人間のエゴによるもの。霊的真理に反していますし、大反対です。本当に人間は愚かで虫唾が走ります。
ただ、スピリチュアルな観点から言うと、実験で亡くなったモルモットなどの動物たちは、だからと言って人間を恨んだりはしていません。
結果的に人間の役に立ったことを理解していますし、その定めを受け入れてはいます。
もちろん、受け入れているから「実験をしていいんだ」ということではありません。
霊的真理を学んでいない人には理解が難しいかもしれませんが、人のためにその命を捧げる動物は、ある意味で人間よりもずっと利他愛の精神、奉仕の精神を持っているとも言えるのです。
そして、たとえどのような亡くなり方であっても、動物たちは、死後の世界においては”安らぎ”のなかにいます。その点は心配いりません。
【義足】
犬にとっては義足でも車椅子でも、散歩ができるのは喜び。
犬種にもよるとは思いますが、基本的に犬にとっての喜びは「食べることと散歩」。
外に出て用を足すだけではなく、他の犬や人間、他の生き物の匂いを嗅ぐことが楽しいのでしょう。
散歩が犬にとっての喜びである以上、道具を用いて補助してあげるのは良いことです。