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宮ハエ53編成

2020.01.07 06:56

▲最後の営業運転を終え入庫時刻を待つ宮ハエ53編成(やっちん様提供・転載禁止


在籍:1989.09.20-2005.10.18

営業運転開始日:1985.XX.XX(資料なし)

営業運転終了日:2005.10.12(77→65運用)


103系3000番台です。川越線の電化開業に関して、以下の72系を改造し組成されました。


・クハ79605(→クハ103-3003)

・モハ72980(→モハ103‐3003)

・クハ76610(→クモハ103-3003)


1991年までに郡山工場にて冷房取付工事が、1996年3月16日付でATS-Pの取付がそれぞれ行われています。

八高線電化開業に合わせ、1996年3月21日に、青梅線車両増結に合わせて1985年8月18日に改造されたサハ103‐3003(種車:モハ72975)を組み込み、4両化されました。

宮ハエ72編成の投入により置き換え対象とされ、2005年5月15日を最後に運用に就かなくなりました。しかし後に離脱した宮ハエ52編成が廃車回送されて以降も車両センターに留置されたままで、同年7月より予備車扱いで再び営業運転に復帰しました。

10月1日の川越車両センターまつりでは展示車両に抜擢。ここで「ありがとう103系」のヘッドマークを掲出し、翌日2日のさよなら運転を以て八高川越線103系の歴史は終わりを告げました。


…となるはずだったのですが、まだ廃車回送が行われていない10月12日、205系3000番台に故障車が発生したためなんと代替として復活を遂げました。川越車両センターを出庫する運用の中で最も遅く出てくるものに充当されたことから、直前まで何とか修理し間に合わせようとしていたことが見受けられます。

この運用はその日に川越車両センターへ戻ってくる行路ではなかったため、営業中に入庫する運用に変更され深夜に入区。

1日限りの復活はこうして終わり、17日に大宮へ廃車回送されました。

当編成の離脱は103系6編成中6編成目。JR東日本からウグイス色の103系が消滅した瞬間でもありました。


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