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「日曜小説」 マンホールの中で 2 第二章 1

2020.01.18 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 2

第二章 1

 幽霊の作り方。まあ、なんだか変なことに巻き込まれた感じがした。なぜ夜中に、それも善之助の家の居間で、目の見えない老人に「幽霊の作り方」を話さなければならないのか。全く訳が分からない。しかし、行きがかり上仕方がない。

「爺さん、幽霊はそもそも幽霊ではない」

「まあ、小林さんの嫁さんはまだ生きているからな」

「ああそうだ。結局、あの小林さんの財産目当てで、何かしようとしているということになる」

「どうやって」

「そりゃそんなに難しいことではない」

 次郎吉は、そういうと一呼吸置いた。善之助にどうやって様々なことを説明するかが困ったものなのだ。何しろ、善之助は年を取っているであまりデジタルとか機械に詳しくはない。そのうえ、目が見えないから図表を使って説明することもできないのである。ただ、救いは昔警察官であって勘がいいということと、いまだに知識欲が落ちていないということだけである。

「まず小林の嫁さん。これが金を欲しいということになっている。そして小林の婆さんは金を持っている。しかし、あくまでも嫁さんだから婆さんの金を好きに使うことはできない。旦那、つまり息子は、どちらかというと婆さんの方に近いところもあるから、嫁さんも婆さんを騙すこともできない。今はそういった状態だ。」

「なるほど」

「で、嫁さんは都会のホストクラブに行っていて、一晩で百万円くらい使ってしまう豪遊をしているし、ホストクラブの男にかなり貢いでいる。その金額は億単位だ。」

「億?」

「ああ。金額については細かくまではわからないが、大体そんなもんだよ」

 善之助は驚いた。昔から賭け事や女に金をつぎ込んでしまい、その金がもとで、身を持ち崩しているというのは、よくある話である。そしてそのことが原因で犯罪に走るものは少なくない。賭け事が原因で詐欺や窃盗、強盗、場合によっては殺人事件などが起きてしまうことも少なくない。

そのようなことは経験的に善之助にはよくわかっているし、また、報道やドラマなどにおいても、そのようなことが描かれることはあるので、一般の人でも容易に想像がつく。

しかし、善之助にとって意外なのは、小林の家の嫁がそのような状況になっているということである。本来ならば、小林家全体でかなり大きな問題になっているはずである。

当然に老人クラブに来る小林さんもそのことはわかっているはずだし、そのような相談があってもおかしくはない。

しかし、小林さんは今まで全くそのようなそぶりも見せなかった。そして困った様子を見せなかったし声も普通であったのだ。それは、知らなかったからなのか、あるいは、小林さんが上品であるからそのような金銭的なことなどはあまり出さなかったのか、あるいは、善之助が小林さんは裕福な家庭であるというような先入観があって、そのようなことがあっても気が付かなかったのか。いずれにせよ毎週のようにあっているのにその変化を読み取ることができなかったのだ。小林さんのことにもショックであるが、自分がそれをわからなかったということもショックであった。

「そんなに多額を使われて小林さんはわからなかったのかな」

「さあ、そこは何とも言えないなあ。」

 実際に次郎吉にも小林の婆さんの話などは全く分からなかった。小林の嫁の方が、巧妙に使っていたというのもあるし、また旦那の事業の交際費のようなところに混ぜ込んだ部分もある。実際に億単位の金といえども、それは旦那が管理しているのであり、小林の婆さん自身は自分の生活が乱れなければ、全く気付くことはないし、またそのきっかけもないということになる。

「まあ、話を続けるよ爺さん。結局小林の婆さんにばれないように金を使うのができなくなってきた。これ以上やると旦那の仕事にも穴をあけるようになってしまう。とはいえ、ホスト狂いを止められるわけがない。そこで、婆さんの金に手を付けようとした。」

「それで」

「まずは隣町の電気屋に行って、電波発信機と、この前持ってきた盗聴器、そして盗撮カメラを買ってきた」

「次郎吉さんは、隣町の電気屋まで調べに言ったのかい」

「いや、嫁さんのへそくりを置いている押し入れの中の袋の中に入ってたレシートをちょっと拝見しただけだよ」

「そんなことをして、盗聴や盗撮で取られていないだろうね」

「まさか。だいたい、自分がへそくりをしているような場所の証拠が残るようなところにカメラや盗聴器を仕掛ける馬鹿はいないよ。自分が何をやっているか、あとで万が一見られたときにすべて証拠が残ってしまうからね。」

「ああそうか。誰も読まないはずの日記に敬語やですます調でかいていて、誰かに見られてもいいように書いているのと同じだな」

「そうそう。まあ、それ以上に中身は限りなくゼロ円に近いから監視する必要もないということかな。」

 人間とはそういうものである。絶対に誰にも見られないと思っているのに、会議までご丁寧に突いた日記に秘密のことを書いていなかったりあるいは、敬語やですます調、または人名などをイニシャルで書いていたりする。なぜか見られたときを前提にしているのだ。それは、第三者に見られるということもあるが、将来の「正気に戻った」自分に見られるというのも恥ずかしいのかもしれない。

いずれにせよ、「ぞの時」「その精神状態」の自分自身は、自分でも異常であるということを、小林さんの嫁も自覚しているということであろう。そのためにそのへそくりをしているところの映像などは残さないということになる。もしかしたら、そもそもそのへそくりの中身がないので盗まれる心配もないのかもしれない。

「金はなかったのか」

「それでも、ホストクラブの領収書やカードの明細書などもあったから、まあ、あの嫁さんは正気を失っていないのかもしれない。もちろん金融機関の借り入れもなかったよ」

「要するにカードの支払いだけか」

「まあ、そんなとこかな」

「というのは」

「ホストクラブの請求書や、聡とかいうホストの金の無心の手紙も入っていたよ」

「貢いでいるということか」

「だから、推測ではなく、ちゃんと調べて言っているんだよ」

 次郎吉は少し強い口調で言った。

「ごめん。それでどうなった」

「まあ、それで、盗聴器だけではなく電波発信機を設置した後、駅前の眼鏡屋に言っているんだ」

「あそこは補聴器を売っているからな」

「補聴器が、混線する周波数を調べ、それに合わせて電波発信機を設置した。そして、携帯電話とか何かで幽霊の音声を流した」

「何か決まったものではないのか」

「つまり、盗撮カメラで見ながら、小林の婆さんの行動に合わせて補聴器に声が入るようにしたということだ」

「なるほど」

 善之助はやっとわかった。普通に混線しているだけならば、小林さんが幽霊というわけがない。しかし、自分の行動に合わせて声が来たら何かおかしいと思うに違いない。例えば、段差から落ちたときに、補聴器から「大丈夫」とか「危ない」とか聞こえたら、誰かに見られていると思うし、また、その時に周囲を見回すであろう。そして誰もいなくていぶかしい表情になるのが普通だ。しかし、それが何度も続けば、当然に何か見えない存在がいるというようになり、そして、いつの間にか幽霊がいて自分を見ているというようになるのだ。

「で、初めのうちは優しい言葉をかけ、信用させてから最後に脅し文句を言うんだ」

「どんな」

「つまり『幽霊に供え物をするように』『百万円を神棚に置いておけ』とかね」

「信用させてから金を置かせるのか」

「そう、そしていつの間にかそれがなくなっている。まあ、嫁が懐に入れているんだが、しかし小林の婆さんの方は、幽霊化神様が持って行ったと信じるようになるということだ」

 善之助は感心するしかなかった。次郎吉の調べはほぼほぼ完ぺきだ。しかし、それ以上に、そこまで念の入ったやり方をする小林の嫁があまりにもおかしい。そして感心する。資産家の小林家に嫁に来なければ、かなり凄腕の犯罪者になっていたに違いない。

「で、爺さん。どうする」

「どうするって言っても」

「小林さんに言うか」

「小林さんが信じるかな」

「そうだな。証拠もないし」

「でも証拠をなぜ爺さんが持っているということになるだろ」

「そうか」

 善之助は考えた。しかし、すぐに答えは出てくるはずがない。そういう時はこの方法しかないのである

「次郎吉、何かいい方法はないか」