人生:人生の悲劇
人生:人生の悲劇
2020年1月
これは知り合いの老人から聞いた話です。
彼の職業はアクセサリーの彫金の仕事でした。仕事は東京の浅草橋にある業者の請負業でした。
彼は全国のお客さんの注文を受けて、彫金の仕事をしていたのです。
若い時からこれが儲かって、多い時には年に1000万円から1500万円になる売り上げのときもありました。
それをやりながら、夏にはアルバイトで、海の家の仕事をやっていたといいます。
毎年7月から8月にかけて、砂浜に臨時の店を出して、手広くやっていたのでした。
ラーメンや焼きそばが定番で、その他にアイスキャンデー、アイスクリームなどの販売をしていました。 それで、2ヶ月で数百万円の売り上げを上げていたといいます。
砂浜での日光浴のための簡易ベッドは台湾から1000個くらいの仕入れをしていました。
しかしながら、「安かろう、悪かろう」のたとえの通り、そのうち、10個くらいのサビが出て、使えなくなってしまったとのことです。
そんな、忙しい中、彼は結婚したのでした。
ところが、結婚生活の中で、奥さんが内緒でもうけ話に手を出してしまったというのです。
彼はそのことに気が付いていませんでした。
彼は結婚したのに、気が付いた時にはその多額の借金を背負って、その支払いにとても困ったといいます。
なぜなら、彼の職業はサラリーマンンと違って、景気がいい時もあれば、不景気の時もあり、収入が安定しなかったからです。
ところが、話はそれで終わりませんでした。
彼が言うには「うまい話には落とし穴」があるというのです。
あるひ、信用しているお兄さんから、手形の裏書の保証人を依頼され、それに署名、捺印したのでした。
お兄さんは手形割引を商売にしていて、手形を安く買って、それを期日が来たら、取引先から取り立てて、その差益を儲けることをやっていたのでした。
ところが、その多額の手形の取引先が倒産してしまったのです。
彼は借金して、その現金で手形を購入していましたので、取り立てらずに多額の借金が残ることになったのです。 その金額は3000万円でした。
その手形はやくざの手に渡り、やくざが手形の裏書人である彼に支払いの取り立てに来たのでした。
彼は手元にある300万円をとりあえず渡し、残りは分割払いにして下さいと頼んだのでした。
その後、彼は本業で儲かっていたお金で、残りを3年で支払ったといいます。
一方、お兄さんの方はその後、行方知らずになり、いまだに生きているか、死んでいるかわからない状況という。
それだけで、話は終わりません。
お兄さんは高利貸し、のみならず、ある社長の奥さんからも、もうけ話があると誘って、手形割引の資金借りていたというのです。
その奥さんは他のもうけ話にも、のって、高利貸から借金し、結局、資金繰りに困ってしまいました その結果、元金も利息も払えず、元金は増えるばかりになり、ちちう、数億円になってしまいました。
夫はそのことに全く、知りませんでした。 奥さんはもうどうにもならずに、借金を苦に自殺してしまいました。 これは非常に悲しい話です。
一方、本人の彼はその後、阪神淡路の大震災、福島の大震災、津波、さらに、長引くデフレの影響もあって、ぜいたく品の彫金の仕事が激減し、廃業しました。
彼の取引先のみならず、浅草橋周辺の同業者も廃業に追い込まれたといいます。
彼は奥さんとも離婚し、資金も底をつき、とうとう無一文の独り身となりました。
かれはその後、植木職人に転じて、ほそぼそと生計をたてていましたが、老人になって身体がいうことをきかなくなり、とうとう、生活保護を受ける身になったのでした。
かれは善良でよい人なのですが、彼の周りで悲劇が続き、運命のなせる業か、彼もまた、悲劇の主人公になってしまったのでした。
このような悲劇をどのように防いだら良いのでしょうか。
この課題を乗り越え、誰でもが成功と幸福をかなえることが必要とされるのです。