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短編 「うつくしい店」

2020.01.18 14:34



 どしゃぶりの雨のなか、さらりとかわいた晴れのなか、ともだちとケンカした雪のなか

いろんなことがらに関係なく 向かってしまうのはうつくしいこの店だった。


 からんころんと馴染みの音に迎えられ、天気雨にみまわれたわたしを犬がきづかう。

「ワン」

やわらかいタオルをうけとって、おひさまのかおりをしずかにすう。

「ありがとう」

そっと ぬれないようにそでをまくって、栗色の体温を 肌さわりの上品さとともにかんじた。


 すべての物が完璧に、そしてそれぞれにきまった住所があたえられている空間と、目にやさしいオレンジのあかりのこの店。

心地よいコーヒーの香りにつつまれながらわたしが何より愛したのは、この清潔な静寂だった。


ふつう、喫茶店というのはおだやかなBGMがつきものだけれど、この店はちがって

どこにでもありそうなものなのに、何かひとつ、他と(とても微妙な点で)決定的に違っていた。


店員さんからもらったメニュー表に軽く目を通していると、次のページで本日のおすすめに目がとまる。

ぬれたガラケーを拭おうと 目はそのままでナフキンに手をのばせば、ちいさいきりんの角にぶつかった。


「あっ……ごめんね」

「モ」


このきりんはなき声がどくとくで、すごく牛みたいにきこえる。

育ちざかりなのでよく草をはみ、草はかわいらしいボトルに入れられて店のあらゆる所に置かれているので わたしの腕とぶつかってしまったらしい。


近くにいたねこが暇つぶしがわりにきりんに乗って、きりんは なにって顔でねこを見た。

 

さて、あたらめてメニューをみると迷いどころである。

本日限定!と太字でかかれるとやはりわたしは弱く、無難にいつものホットミルク(はちみつをいれた)にするか 冒険して限定の「みなみのしまうま」にするか考えてしまう。


となりに描かれたイラストから南の島としまうまがかけられてると想像すると余計に気になって、明日ここにきて「みなみのしまうま」を頼まなかったことを後悔するくらいなら頼んでみようと思いきる。届いたのはしまうま型に切りとられ、チーズがしまもようにちりばめられたチキンライスと、南の島にあるようなヤシの木が 野菜とナッツで彩られるというファンシーなランチだった。


これわたし以外の人も頼むのかな、と思うと

なんとなく笑う。

家のガス料金がまた値上がりしてたこととか、終電逃してベンチで寝たこととか、元彼からしつこいメールが入っているだとか、そんなくだらないことをくだらないものでぶち壊したかんじがした。


視界の端で きりんの上に犬が、犬の上にねこがのっている。

外は、あいかわらず色のない雨だった。


 すくって、ひとくち。瞬間、静寂にわたしもとけこんだ気がした。

この店にわたしがまいにち足を運んでしまう理由が これだった。

他愛のない店。ほんとに、どこにでもあるような店(へんな動物はいるけど)。

だけど、これだけ、このふんいきだけが、わたしを色んなことからゆるしてくれた。


せわしない生活のなか

この店にいる時だけ、この安心で安全な場所にいるときだけ とけこんで、なじんで


素朴なサマータイムのなかで 肌着いちまいで 草原に足をのばしているような 安らかでさっぱりとしたきもちになれた。

 

特別なことはない、なにも解決するわけじゃないけれど、都会のどこにもない、忘れさられたことをわかろうとする、うつくしい店。


わたしが勝手につけた名前もすぐに

発音すれば、まどろみのなかにあたりまえにとけていった気がした。





「うつくしい店」