「最先端の地震科学シミュレーション」✖️「コミュニティ防災」愛知県東浦町の大学連携防災ワークショップ
台風、地震による津波、火山の噴火……日本は世界でもトップクラスの自然災害大国です。特に大地震は死者・行方不明者数が圧倒的に多く、その被害は深刻なものです。2011年の東日本大震災から一気に防災への意識は高まったように感じられますが、「いざ自分たちの暮らす地域に大きな災害が起こったとき、どうすればよいのか」を即答するのは難しいのではないでしょうか。
災害の被害を予測するツールの一つとして、現在はどの地域にもハザードマップが存在しています。ハザードマップでは、たとえば近辺を震源地とする地震が発生した際、津波がどれくらいの範囲に及ぶのか、避難場所はどこかなどの情報を確認することができます。
しかし、そもそも自然災害の被害をすべて予測することはできません。どのくらい余震があるのか、スーパーに物品は補給されるのか、どこの道が通行困難になるのか。このように先が読めないことを、不確実性といいます。また、緊急事態には、様々なことが複雑なドミノ倒しのように発生します。たった一本の木が倒れたことで、電線が倒れ、火災になることもあるかもしれません。このようなことを複雑性と言います。
そんな不確実かつ複雑な状況下で、私たちはどのように命を守ればいいのでしょうか。避難ルートをどうするか、水や食料はどこで確保するのか、そもそも家から出るべきか、出ないべきか。めまぐるしく状況が変化する中で、私たちは多くの難しさに直面することになります。
コミュニティで助け合う「共助」という考え方
災害の被害を抑えるための実践のフレームとして、「自助」「共助」「公助」の3つがあります。
- 自助……自分の大切なものを自分自身が守ること
- 共助……地域や学校などのコミュニティ内で助け合うこと
- 公助……公的機関によるサポート(ハザードマップ、自衛隊など)
これらはもちろん全て大切なものですが、自ら命を守ること、災害対策基本法や防災計画にのっとって住民がサポートを受けることには限界があるため、「共助」の考え方がキーワードになります。
自分ひとりよりも、コミュニティであるほうが「乗り切れること」が増えます。公的機関のサポートが回りきらない複雑な状況で、自分たちの大切なものを守れる可能性が大きくなります。
しかし、共助を行うには、前提として「共助できるコミュニティ」が必要です。同じ学校に通っていても、同じ町に暮らしていても、お互いに助け合うつもりでいなければ共助できません。
明日、大地震が発生したらどうなる?
愛知県知多郡、東浦町。知多半島の付け根に位置するこの町で、共助をキーワードにしたワークショップ「みんなで考える防災まちづくりワークショップ」が開催されました。
東浦町が東京大学および政策研究大学院大学と連携して実現したもので、参加するのは、東浦町藤江地区に暮らす住民です。
まずは研究代表の森川想さんによる概要解説ののち、参加者の住民が日常的に使うスポットやルートを地図上に書き出します。これを行うことで、通勤、子供の送迎、買い物など、自分たちが町の中でどのように行動しているのかが可視化されてゆきます。
続いて、「まさに明日地震が起こった」と仮定したときに知っておくべき道や施設、情報を書き出します。避難に使えそうな道、避難所となりそうな施設、食料が確保できそうなお店など。
これらの情報を研究員がソフトウェアに入力し、コンピュータ上に東浦町をつくります。これによって、「ただのマップ」ではなく、生活者が暮らしの中で、実際に使っているルートやスポットが記憶されることとなります。また、地元の電気・水道のインフラ業者も参加して、「こんなところに大きな水道管があったのか」と初めて知る方々もいらっしゃいました。
そして、マップを完成させたのち、そこに何種類かの地震を発生させていきます。すると、地震動の規模や予測される被害範囲が視覚的に表示されていきます。「ああここもダメだ」「ここが通れなくなるのね」。
参加者は、自分の暮らしで使っている場所が被害にあっていく様子に直面していきます。中には、その被害の甚大さにやや圧倒されて、何をしてよいかわからなくなってしまっているように見えた方々もいました。
1人では動かせない障害物でも、コミュニティがあれば立ち向かえる
ふだん暮らしている町が地震の影響を受けたそのときに、町はどうなっているでしょうか。何ができなくなって、何をしなければならないのでしょうか。「この断層帯シナリオでは、ここが揺れる」といった情報を提供するは科学の役割ですが、「そのときの、具体的な町の状況」は住民だけが知っています。
となれば、まさに共助が役立ちます。たとえば「自分ひとりでは動かせない、重い障害物をどかさなければならない」という課題に直面したときに、コミュニティによる共助で声を掛け合って解決せざるをえないかもしれません。一人ではそれは動かせないし、行政はそこまで小回りが効かないかもしれません。
なお、今回は、「そもそもなぜ共助が必要であるか」ということも皆で議論しました。ファシリテーターから「なぜ自助と公助だけでは、だめなのですか」という、少しいじわるな問いかけがあり、それに対して考えたことで、共助の重要性を再認識する機会となりました。
そこで、ワークショップの最後に、東浦町・藤江地区というコミュニティはどうしていくべきかを考えました。万が一の時にこそ共助ができるように、普段からあって欲しい力、関係、仕組みはなにか。これらを自分たちで考えて目標に掲げていきました。
「万が一の時に備えた計画策定をして終わり」ではなく、「普段のコミュニケーションを活性化させる土台としての計画づくり」の試みが始まりました。
これからも地震に限らず、たくさんの災害が日本を襲うことでしょう。
いざという時に自分たちの大切な人や財産を守るにはどうしたらよいでしょうか。その不確実性と複雑性と向き合うことは、たしかに難しいことです。
しかし、「科学:最先端の地震シミュレーション」と「暮らし:地域コミュニティ」という、もしかしたらわざわざこのような機会を持たなければ、混ざることのない2つの力を合わせることで、私たちはより防災力の高い地域を作ることができるのかもしれません。
改めて、分野を超えた人々が参加型で学びあうことの価値が見えてきた取り組みと言えるでしょう。