● 「空白の8分」
もしかしたら彼女は妊娠しているのかもしれない。 そんなことを考えながらピアノのレッスンへ。 ピンポーン 阿部先生宅のインターホンを鳴らします。 「はいどうぞ」と阿部先生の声。 私は「はぁい」と返事をしながら何気なくバックの中を覗いたら財布しか入っていませんでした。 ちょっとちょっと、ピアノのレッスンですがな。 暗譜してるわけじゃあるまいし、財布より大事なものあるでしょ。 あー、余計なこと考えていたからだ。 とりあえずレッスン室へ。 阿部先生は今、居間。誰もいないレッスン室で一回りして(意味不明)、黙って自宅に楽譜を取りに戻りました。 阿部先生、どうぞずっと居間にいてください。私の不存在に気がつきませんように…。 そう祈りながら自転車を走らせること約8分。往復。 そして再びレッスン室へ。 思いっきり気付かれていた模様。 「あら!どこへ行ってたの?さっき、インターホンで返事したわよね?心配したのよ。今、電話をしようと思って…」 そう言った阿部先生の手には携帯電話が握られていました。 本当にすみません。心配かけてごめんなさい。 インターホンに出て一度家に上がりこんでおきながら黙って姿を隠すなんてピンポンダッシュよりタチが悪いです。 この日に限って携帯電話も所持していませんでした。 でも、レッスン室にメモ書きでも残しておくべきだったと、後からものすごーく反省しました。 ご心配、ご迷惑をかけたのに、むしろ私の無事を安心してくれた阿部先生。恐縮です。…寛大。温かい。 阿部先生の魅力をまたひとつ見つけちゃいました。 今後は、人のことを考えるより、自分の持ち物の確認をしてからレッスンに向かいます。 みやしろ