『同じ夢を見ていた』著者:サクライ
目が覚めると、店で見かけて欲しかった緑色のかわいいワンピースに身を包まれて、会社の中にいた。
高いから買えないなと諦めていたワンピース。
なぜ着ている?
しかも会社に。会社にワンピースなんて着ていったことはない。そんな服を着ても笑われるに決まっているから。いつも部屋の中で一人、こっそりと着るだけだ。
すぐに夢を見ているのだと気づいた。
お気に入りのワンピース。
誰も、いない無音な会社。
非日常な出来事に、わくわくする、なんだこれ、やりたい放題じゃないか。
ひゃっほうー
言いながらデスクを滑り台代わりに滑る。
さすが夢。気持ちいいくらい滑っていく。
課長の机、お局の机、嫌味な同僚の机。
日頃の鬱憤を晴らすかのように滑って、滑って、机の上に置いてある物を全て、蹴散らしていく。
気がついたら彼の机の上にまで来ていた。
そっと机にキスをする。我ながらキモい。
彼は美しい。自分の美しさを自覚していない無自覚な美しさがある。
繊細で触ると壊れそうな不安定さも魅力のひとつだ。
誰の群れにも混ざらず、いつも一人で、その孤高だからこそ放つ硬質な美しさに憧れてもいた。
ああ、どうせ夢なら机だけじゃなく、御本人も現れてくれたらいいのに...
そしたら言うのに。夢の中でなら言えるのに。
ーー好きだってーー
「...何してんの?」
ななななな、、突然の出現に、心臓がひっくり返りそうになるくらい驚いた。ほんとに現れたよ。なんて都合がいいんだ、いくら夢だからって。
「おまえ、人の机の上で、なに座ってるんだよ、降りろ。しかも、なんだ、その格好 」
真っ直ぐに彼に見つめられる。
もっともっと、その目に映っていたい、視界の中にいたい、このお気に入りのワンピースのままで。
ありのままの自分の姿で。
例え気持ち悪がられても。
どうせここは夢なんだし。
夢の中なら何でもできる。
何にでもなれる。
全く微動だにしないこちらを見て、彼は呆れた顔をしながらも
「ま、いっか。似合ってるよ、それ。おまえ、顔立ち綺麗だもんな 」
そんなことを言うものだから、これは夢なんだから、都合のいい夢なんだからと、自分に言い聞かせるけれど、嬉しくなったと同時に、捲ったシャツの袖から見える太い血管にどきっとして、お腹の底からかすかに熱くなる。
黙って引き寄せたら、びっくりした顔をされたけれど、そこは夢。あっという間にネクタイも引っ張って解く。
「...何なの?」
「これは自分が見ている夢だから。夢の中では何でも叶うんだよ 」
「...夢...?」
「そう。だからあなたは逆らえない 」
ネクタイを解いて、シャツのボタンを外して、ほんとだ、逆らわない。さすが夢。
熱い肌にくちづけたら、抑えていた今までの好きな気持ちが爆発した。
すると、突然ワンピースを捲り上げられる。
驚いて声をあげる。
「え...ちょっと...待って...これはこっちの夢だから!」
夢の中での主導権は自分にあるはず。
夢の中の登場人物は勝手には動かないはず。
なのに何故。
この夢は変。変。変。
慌てふためく自分とは相反する落ち着いた声で彼は言った。
「オレからなんかしたらダメなの?
てか、あっちに移動しよう。ここ動きにくいし 」
仮眠用の簡易ベッドを指差して。
え、待って待って。これじゃあまるで。
まるで...恋人みたい。
気持ちが通じあっている恋人みたい。
形成逆転だ。
自分の夢なのに上手く動けない。
相手にされるがまま。
なのに、とろけるように幸せだ。
緑色のワンピースはいつしか脱がされ
キシキシ軋むちっぽけな簡易ベッドで夢はいつまでもいつまでも続く。
***
翌日エレベーターで会った彼はいつも通りだった。当たり前だ。あれは夢だ。
昨日、目覚めたら自宅のベッドの上だった。
緑色のワンピースなんて勿論どこにもなかった。
「おはようございます 」
しょんぼりと挨拶だけする。
彼がちらりとこっちを見る。
いつも通りだったはずの彼の耳がうっすらと赤い。次の瞬間、不自然なくらいに瞳を逸らされながら、恥ずかしそうに告げられる。
「おはよ...なんか...昨日...変な夢見てさ...」
自分だけが勝手に見ている夢だと思っていた。
...またワンピースを着てもいいのだろうか。
好きな人には好きだと、伝えてもいいのだろうか。彼はまた笑わずに、綺麗だと、似合うと、言ってくれるだろうか。
僕は流れそうになる涙を堪えて彼の手を握る、今度はとびっきりの現実の世界で。
(了)