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秒針はカスタネット 第四夜

2020.01.30 01:12

ある夜の、ある瞬間に発せられる、自嘲とも自賛ともとれる飾り気のない言葉。

アロマを焚いてみたり、ペディキュアを塗ったり、SNS の四角い窓をひたすら追う。

それは、ある種の儀式のようでもあり。


私はリラックスを装いつつ、嵐のような明日に備えるように、また布団に入る。




最近は、とあるニートが書いてるブログが面白くって、毎日寝る前にそれを読んでる。読んでいて何の学びもないけど、ただただ面白いんだよね。



ミホ。29歳。メーカー営業。


人間って何でこんな働かなきゃいけないんだろう、と思う。スーツを着た仏頂面のサラリーマンが街を行き来してて、何で?って。私もそのうちの一人だけど。


今の仕事は、誰のために何をやってるのかよくわからないんだよね。自分は消費社会の一員で、大きな社会の、その中の組織の、歯車の一部だとしか思えない。何のために私は、楽しくもないのに笑顔で愛想を振りまかなきゃいけないのか。上司のため?取引先のため?給料も悪くないし、休みも取りやすいし、人もいいし、このまま今の会社でぬくぬく働いてもいいんだろうけどね。ずっとはいないだろうな。いつって決めてるわけじゃないけど、いつかは辞めると思いながら働いてる。


仕事のことで悩んだり、仕事以外の時間に仕事のこと考えたり、もう懲り懲り。もっと他のことに人生を費やしたい。仕事なんて、生きていくために最低限だけ稼げればいい。やりたいと思えない仕事で、悩んで、落ち込んで、何やってるんだろう、って。悲しくなる。



高校生のとき、大学受験した。第一志望の大学に受かったんだけど、お母さんに「お金がないから通わせてあげられない」って言われて。それで大学には行かなかった。卒業後はそのままフリーター。高校の時から同じところでアルバイトしてたし、居場所があったから、フリーターであることを悲観的に思ったことはなかったな。4年間アルバイトしながらお金を貯めて、英語を学べる専門学校に行った。もし時大学に行ってたら、全く違う人生があったんだろうなあ。


英語を勉強しようと思ったきっかけは、20歳の時イギリスへ行ったこと。ツアーに参加して海外へ行ったことはそれまでにもあったけど、個人で手配していくのは初めてだった。当時はスマートフォンなんてなかったから、紙の地図片手に街を歩いて。特に観光らしい観光をするわけでもなく、おいしいもの食べて、青い芝生の上でごろごろして。旅行はすごく楽しかった。でも、もどかしさも強かった。もっと英語を話せたら、全然違う旅になったのかもしれない、もっといろんな人に出会えたのかもしれないって。



それ以来、海外旅行はずっと好きで、そのあと何カ国も旅した。どこへ行くときも必ず、「こんにちは」と「ありがとう」だけは行く先々の言葉を覚えるようにしてる。


専門学校で3年間英語を勉強して、卒業と同時に一人でアメリカに渡った。向こうで働いていたのは1年半くらいかな。レストランのサーバーだったから、アルバイトみたいな仕事ではあったけど、お客さんの笑顔が見えた。お客さんに「日本が好き」って言ってもらえたり、「素敵な思い出になった」って言ってもらえたり、本当に嬉しかったな。別に大それたことじゃなくていい。誰かに「ありがとう」って言ってもらえる生き方がしたい。



人ともっと話したい。単純な、事務的なコミュニケーションじゃなくて、心から。今の仕事を続けるのかとか、これからどうするかなんて全然わからないけど、きっとそこに私の原点があるんだろうな。たぶんね。




実在の人物への取材に基づいて作成されていますが、文中に登場する人物の名前・職業はプライバシー保護のため架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係がありません。


(取材・文/撮影 道端 真美)