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短編 「アーメン電卓」

2020.02.02 13:51


 変化しないものが妙にうつくしく、南京錠のように安心だった。


玄関の右手前の階段をのぼり、その途中、ひ

みつの小部屋がある。

携帯したハシゴをつかって 鍵もない穴にしのびこむ。向かって、ひだり。

決められた住所に配置されたそれは、いとも簡単にすくいだされて


「アーメン どうか 今日のあたしに必要なことを」


日付を打ってEnterをおせば、もうおちゃのこさいさいだった。赤子の手をひねるように簡単だった。

「“105366”」

番号をパネルにあてはめて、解読すれば「白パン」だった。きょうのあたしは白パンである。


 こんなふうに、今日のあるべき姿を教えてくれたのが電卓だった。

というのも 私のもつこの電卓は少し変わっていて、日付を入れて結果をまてばあたりまえに今日の運命がわかった。

運勢ではなく、運命。わたしはこの電卓と一心同体である。


 なので今日は白パンになる。

一日中、あたしは白パンのことしか考えない。

白パンの文字をひともじずつ、分解して。そのまっすぐで無垢な線や、なだらかな曲線や、はねあがったかわいらしいラインのことまで丁寧に じっくりと、思い浮かべる。

それが生まれてからの使命のようにまで 思えてくるほど。

そんなふうにして一日は終わる。完璧で充実した、なんの欠陥もない日々。

このゆるやかで静謐な時間だけが、あたしの生活だった。


 次の日、階段をのぼる。ハシゴでひみつの小部屋にあがって、しのびこむ。

向かって ひだり。決められた住所に配置されたそれを、手にとって、そっと 日付を押す。

突然だった。


パネルにふれた、ゆびのひんやりとした感覚

離れて、また、触れて、ふれて

どうしたことだろう、画面にはなんの反応もない。電池切れかと思う。そうではない。すっと血の気が引く。膝から落ちる。「あっ」と声がでる。


「こわれた……」


口に出した瞬間、いっきにそれは現実味をおびて、こわすぎて泣いた。

この電卓をなくして、あたしは、どうやって正しい運命をわかればいいのだろう。

あたりまえのルーティンを失ってしまって、あたしに、なにが残るというの


こきざみに、揺れるのがとまらない左手を、右手でおさえて、機械を そうっと裏返す。

“製造年:2546年”

絶句。

「存在、してないじゃん……」


なにもかもおしまいだというきもちになり、あきらめてハシゴから外に出る。アーメン、とつぶやいてみる。


別に、なにがおきるわけでもなかった。

空は、ごくふつうに、みんなそうするように、鳥があそび、さんかくのUFOは浮いて、風にとばされた誰かのラヴレターと、道ばたにポストにかわったやぎの郵便屋。草を、はんでいた。


まばたきをしてやっと、自分が泣いていることにきづいた。

ヤギはこちらをみて、やっとか という顔をした。

変化しないものは妙にうつくしく、南京錠のように安心だった。