「「恵」開拓記念」碑と副碑。
2015.11.09 06:40
(あしあと その286・南区の92・駒岡の1)
真駒内から滝野に向かう市道に沿って広がるのが駒岡地区です。地下鉄真駒内駅から中央バスの駒岡線に乗ると、その終点が「恵開拓記念碑前」という停留所です。
バスの停留所付近に民家はなく、記念碑のような石碑も見当たりません。付近を探してみると、停留所の裏の小高くなった敷地の奥に、特異な形をした碑があるのがわかりました。これが「「恵」開拓記念」碑です。
碑は、曲線状の3本の脊柱の上に「恵」と刻まれた球状の石が載ったデザインで、さっぽろ文庫の「札幌の碑」によると、「この支脚は開拓をあらわし、球は開拓の成果を「恵」として表している」とされています。碑の脇には副碑が置かれており、碑面には「開拓記念 戦後開拓二十週年 豊平開拓農業協同組合」と刻まれ、その下には14名の氏名が並んで刻まれてます。
副碑の左側面には15名、右側面には14名の計29名の氏名が、背面には「昭和四十二年九月二十八日 建立」の下に28人の氏名が刻まれています。
駒岡地区の入植は、戦後間もない昭和22年に始まり、戦地からの引揚者や戦災者たちが中心となって開拓が行われました。未開の土地を切り拓くのは困難を極めましたが、入植者たちの努力が実り、2年という短期間で小学校の開校や自家発電所の建設などが進められました。この碑が建っている場所には、かつて開拓婦人ホームの建物がありましたが、昭和61年に放火によって焼失し、現在は更地となった空き地にこの碑だけが残されています。