「月寒小学校旧門」。
2015.08.02 12:00
(あしあと その239・豊平区の37・月寒の8)
月寒小学校のグラウンド側に沿って進むと、丁字路交差点の突き当りにレンガ造りの古い門が建っています。これが「月寒小学校旧門」として保存されている、小学校のかつての正門です。
敷地内に伸びた通路の左右に建つ門柱の向かって右側にはめ込まれている説明板には、
「月寒小学校旧門
大正14年に大久保清太郎氏と松本久二氏が寄贈。月寒にあった大久保レンガ工場で焼いたレンガを使用している。現校舎が新築される昭和47年12月まで正門として使われた。」
と記されています。
月寒小学校は、明治15年に公立月寒小学校として開校し、昭和36年に現在の札幌市立月寒小学校と改称されました。同校のHPには、レンガ造りの正門前で撮影された児童の写真が掲載されています。急速な都市化による児童数の増加を受け、昭和30年代から50年代にかけて、美園、豊園、月寒東、羊丘、南月寒の各小学校が新設されたことに伴い、月寒小学校から児童が移籍していきました。これを見ても、いかに同校の校区の範囲が広かったかがわかります。大久保レンガ工場は、明治15年に月寒村に建てられた大久保煉火場のことで、札幌で2番目に古いレンガ工場であったと言われています。
'18年9月6日に発生した北海道胆振東部地震の被害を受け、校門の向かって左側の門柱が倒壊してしまい、地震の発生から1年近く経った現在でも倒壊したままの状態ですが、歴史的建造物として再建される計画があるそうです。