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傷彦薔薇園

ワンマンまであと6日!〜病気について語ろう その2〜

2020.02.08 15:09

病気について、もう少し話そう。


2010年、傷彦はツアー中に倒れた。


ライブ中の失神のパフォーマンスじゃなくて、

実際に気を失った。


あれは名古屋、夜だった。

お昼ご飯に味噌カツを食べたのを覚えてる。

あれ以来、味噌カツを食べるたびに緊張する(けど好きだから食べる)


いつのまにか

病院に搬送されていて

目覚めた僕は

何が何だか分からないままに

医師の説明を聞いた。


気を失ってる間に検査したのだろう、

脳内の写真を見せられ(この時、自分の脳を初めて見た)、

医師はこう告げた。

「脳に、おできが出来てるみたい」


おでき…?

じゃ、じゃあ些細なものですよね。

盛大にぶっ倒れたわりには。


「名前はグリオーマ、っていうんだけど」


えっ、急に魔王みたいな怖い名前になった!


脳の悪性腫瘍のことらしい。

調べれば調べるほど怖いデータが出て来る。


とにかく検査が必要だということで

その時のツアーはすべてキャンセル。


地元、山形県の病院に

1ヶ月入院して検査を受けた。

さすが山形、病院食が、特にお米が美味しかった。


ちゃんと調べたら実はグリオーマじゃなかった!良性のおできをちょちょいとカットして終わり!みたいな淡い期待をしてたんだけど、

結果はやはりグリオーマ確定。

幸い程度はそこまでひどいものでは無かった。


色々とリサーチしたことや、知人からの助言を鑑みて、手術をする病院は

より設備が整っている、東京の病院に決めた。

山形でお世話になったドクターに

「手術は他で受けたいんです」と伝えるのは

なんだか心苦しかったけれど、

セカンドオピニオンが一般化した現在では珍しいことではないらしく、快諾して下さった。


そして冬。

東京で手術。

手術の前後2週間、なので都合1ヶ月入院した。

手術直前は岐阜にある、高性能PET検査機材がある施設に行ったりもしたよ。


長時間にわたった手術は無事成功。

その後の検査も特別異常なく、(脳波を見る他に、簡単な言葉を記憶したり計算したり、なんて検査も)退院。


退院するはずの日の一日前に

東日本大震災があって、

退院が少しだけ延期された。


アーティスト活動に復帰して

あれから9年。


もう一度、手術を受ける。


早期発見のために脳神経外科に通っていたし、10年内に再発するパターンが多い、とのことでドクターとしては想定内だったらしい。手術室の手配、日程決めも早かった。

「今回は早期発見ですし、前よりずっと色んな対策、治療が出来ますよ」との頼もしい言葉。


今回はドクターが

「入院直前までライブもやっていいですよ」と言って下さったので

決まっていたライブもキャンセルせず、

むしろワンマンライブをあらたに決めて、

悔いの残らないようにスケジューリング出来たのが嬉しい。


そして、重病の手術を発表したにも関わらず体調がよくて、

身体も頭の回転も快調!(だと自分では思ってる)

なんだか心配してもらうのが申し訳ないぐらい(笑)


だし、ギリギリまでライブ出来るのが嬉しくて(前回はいきなり倒れて、以降のライブは禁止←当然)、

ついついステージではしゃいでしまってるので、あんまり悲愴感がなくて、なんだかそれも違和感を与えてしまってるんじゃないかなあ、という気がしてる。

「みんなを心配させないように無理して装って、はしゃいだフリしてるんじゃないの、傷様?」ってさ。

素です🌹


しかし、

手術にはいろんなリスクがある。

インタビューや動画番組で語ったことがあるけど、

可能性としては

・麻痺

・記憶障害

・性格の変化

なんてことがあるらしい。


前回の手術のあと、


手足の麻痺もないし(ギター弾けてる!…よね?むしろ上手くなってる!…よね?)


記憶障害もないし(よね?誰かの名前忘れたまま接してないよね?…手術直後お見舞いに来たテッドには「どうも、矢沢永吉です」って言ったらしいけど…覚えてない…)


性格の変化もないし(ない…よね?手術前より面白くなりましたね!って言われること多いけど、おおむね変わってない…よね?)


ただ、

性格については

よりサービス精神が強くなった、ような気がする。

というか、より感謝を強く表すようになった、と思う。


そして、いつ倒れても悔いのないように

目標に最短距離で向かうようになった、と思う。


そう、すべては愛ゆえに!