南留別志178
2020.02.13 08:51
荻生徂徠著『南留別志』178
一 秋風のふくにつけてもあなめあなめおのとはいはじすゝきおひたり。猥褻なる歌なり。
[解説]この歌は小野小町伝説の一つで、奥州のある土地で古びた髑髏が転がっており、目の穴を貫いて生えている薄(すすき)が風に揺れるたび、「秋風の吹くにつけてもあな(穴)めあなめ」と髑髏が歌っている。これを通りがかった旅の途中の在原業平が目撃し、小町の変わり果てた姿と察して薄を抜いてやると声は止み、業平は「小野とは言はじ薄生ひたり」と詠んで、その場を立ち去った、というもの。人気者だった小町は次第に零落し、諸国を巡って、とうとうみちのくの果てで行き倒れになってしまった、という伝説がある。
絶世の美女だった小野小町の死体が醜く変化して、最後は無に帰る様子を描いた『九相図』(くそうず、九想図)というものがある。昔の人は現代人と違って死体を目にすることも多く、この変化もさほど驚くものではなかったようだが、美しいものも決して永遠ではない、無常であるということを小町を通して痛感したようだ。
九相図とは、屋外にうち捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画。死体の変遷を九の場面にわけて描くもので、死後まもないものに始まり、次第に腐っていき血や肉と化し、獣や鳥に食い荒らされ、九つ目にはばらばらの白骨ないし埋葬された様子が描かれる。地獄の絵などとともに、庶民向けの視覚に訴えた説話物、教訓の教材といったもので、いつしか『九相図』の死体が小町として描かれることが多くなった。