「朝三暮四」と法令の施行
中学校でも習う有名な故事成語だが、国会で「朝三暮四(ちょうさんぼし)」の意味を問われた(こんな質問をするのもどうかと思う。)鳩山由紀夫総理が自信満々に「朝令暮改(ちょうれいぼかい)」と混同する答弁を行なって失笑を買ったことがあるから、簡単におさらいしておく。
長いので、現代語訳をご覧いただきたい。ポイントは、列子(れっし。生没年不詳。古代支那の戦国時代の思想家で、老子の弟子とも言われている。)が意見を述べている下線部分だ。
列子[黄帝]
<原文>
宋有狙公者。
愛狙、養之成群。
能解狙之意、狙亦得公之心。
損其家口、充狙之欲。
俄而匱焉。
将限其食。
恐衆狙之不馴於己也、先誑之曰、
与若芧、朝三而暮四、足乎。
衆狙皆起而怒。
俄而曰、
与若芧、朝四而暮三、足乎。
衆狙皆伏而喜。
物之以能鄙相籠、皆猶此也。聖人以智籠群愚、亦猶狙公之以智籠衆狙也。名実不虧、使其喜怒哉。
<読み下し文>
宋(そう)に狙公(そこう)なる者(もの)有(あ)り。 狙(そ)を愛し、之(これ)を養(やしな)ひて群(むれ)を成(な)す。 能(よ)く狙(そ)の意(い)を解(かい)し、狙(そ)も亦(ま)た公(こう)の心(こころ)を得(え)たり。
其(そ)の家口(かこう)を損(そん)じて、狙(そ)の欲(よく)を充(み)たせり。
俄(にはか)にして匱(とぼ)し。
将(まさ)に其(そ)の食(しょく)を限(かぎ)らんとす。
衆狙(しゅうそ)の己(おのれ)に馴(な)れざるを恐(おそ)るるや、先(ま)ず之(これ)を誑(あざむ)きて曰(い)はく、
若(なんぢ)に芧(とち)を与(あた)ふるに、朝(あした)に三にして暮(く)れに四にせん、足(た)るか。と。
衆狙(しゅうそ)皆(みな)起(た)ちて怒(いか)る。
俄(にわ)かにして曰(い)はく、
若(なんじ)に芧(しょ)を与(あた)ふるに、朝(あした)に四にして暮(く)れに三にせん、足(た)るか。と。
衆狙(しゅうそ)皆(みな)伏(ふ)して喜(よろこ)ぶ。
物(もの)の能鄙(のうひ)を以(もっ)て相籠(あいろう)すること、皆(みな)猶(な)おかくのごときなり。聖人の智(ち)を以(もっ)て群愚(ぐんぐ)を籠(ろう)する、亦(ま)た猶(な)お狙公(そこう)の智(ち)を以(もっ)て衆狙(しゅうそ)を籠(ろう)するがごとし。名実(めいじつ)虧(か)けずして、それをして喜怒(きど)せしむるかな。
<現代語訳>
宋に狙公(そこう。「えてこう」というあだ名。)と呼ばれている者がいた。狙(そ。テナガザルのこと。)をかわいがって、たくさん飼っていた。狙公は狙の気持ちをよく理解し、狙もまた狙公の心をわかっていた。
狙公は家族の人数を減らしてまで、狙の欲しがるものを与えていた。そのために急に貧乏になった。そこで、狙の食べ物を減らそうと思った。
狙たちが自分になつかなくなるのではないかと恐れて、まず狙たちをだましてこう言った。
「おまえらにとちの実をやろうと思うが、朝三つ、夕方四つやろうと思うがそれでいいか。」と。
すると、狙たちはみな立ち上がって怒り出した。
そこで、直ぐに次のように言った。
「ではおまえたちにやるとちの実を、朝四つにし、夕方三つにしよう。それでどうか。」と。
すると、狙たちはみなひれ伏して喜んだ。
知恵のある者は、知恵のない者をこの手で丸め込む。聖人が知恵で多くの愚人を丸め込むのも、狙公が知恵で狙たちを丸め込むのと同じだ。実質は同じなのに喜ばせたり怒らせたりする。
この話から、「朝三暮四」という故事成語が生まれた。実質は同じなのに、目先の違いにとらわれて騙されること、又は言葉巧みに騙すことという意味だ。
楽天の三木谷社長が、令和2年3月18日から、消費者が3980円以上を購入した場合(沖縄や離島などを除く)、サイトの表示を一律で「送料無料」に変更する方針を示したが、楽天出店者が「送料を負担すると赤字になる」と怒って方針の撤回を強く求め、公正取引委員会が独占禁止法違反の容疑で調査に入ったことから、三木谷社長は、出店者が現在の商品価格に送料を上乗せしやすい「送料込み」に表現を変えるそうだ。
これほど露骨な「朝三暮四」は珍しいが、露骨すぎて丸め込まれる出店者はおるまい。
国会は、もっと巧妙に「朝三暮四」を行う。
平成21年(2009年)9月、いずれ消費税率を上げなければならないと言っていたのに、「消費税率は任期中の4年間上げない」とするマニフェストを掲げて、民主党が総選挙で勝利し、政権交代を実現して、鳩山由紀夫総理が誕生した。
平成22年(2010年)6月、菅直人総理が参院選直前に「消費税10%」を打ち出し、選挙に惨敗した。
平成24年(2012年)6月、野田佳彦総理が消費税率を平成26年(2014年)に8%、平成27年(2015年)に10%に引き上げる法案を提出し、8月10日、参院本会議で可決成立した。
消費税率を上げたいけれども、それを選挙公約にすると選挙で負けるから、とりあえず「消費税率は任期中の4年間上げない」とするマニフェストを掲げて選挙に勝ち、任期中の4年間は消費税率自体を上げはしなかったが、任期中に消費税率を上げる法律を成立させて、その施行を任期が終わった2年後にするやり方で「朝三暮四」を行ったわけだ。
市販されている法制執務の教科書には載っていないが、このように法令の施行は、「朝三暮四」の手段として悪用されることがあるということを理解しておこう。
<追記>
第174回国会 衆議院 予算委員会 第3号 平成22年1月22日
○茂木委員 総理、朝三暮四という言葉を御存じでしょうか。もし御存じでしたら、お答えください。朝三暮四です。
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/117405261X00320100122/14
○鳩山内閣総理大臣 朝三暮四ですか、それはよく知っています。朝三暮四という言葉は知っております。朝三つ、夜四つという話で、朝決めたことと夜決めたことがすぐ変わるという意味で、すぐに物事が変わっていく、あっさり変えてしまうということだと理解をしています。
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/117405261X00320100122/15
○茂木委員 今総理がおっしゃったのは、多分、朝令暮改だと思うんですが、別に四文字熟語の知識を試しているわけじゃないので、私の方から申し上げます。
これは、中国の宋の狙公が飼っている猿にトチの実を与える、それで、朝に三つ、そして夜に四つ与える、こういうふうに言いましたら、猿が少ないと怒りましたので、朝に四つ、そして夕に、暮れに三つ、こういうふうに申し上げたら大いに喜んだ、こういう話でありまして、一日の数は七つで一緒なんですね。ところが、朝と夕方の数を変える、こういうことでごまかすということなんです。
今、政府がやっていることは、まさにこの朝三暮四。昨年の十月に一次補正を凍結しておきながら、来年度の予算を見てみますと、事業で七十六の事業、そして三千七百六十八億円を堂々と復活しているわけであります。それだけではなくて、くくりを変えた事業の内数として入っているもの、また、再検証中となっているもの、これが三千五百億ぐらいございます。トータルをしますと、とめた、執行停止になった二兆九千億の四分の一が来年度の予算で復活をする、こういうことになるわけであります。
それならば、なぜ執行停止をしたのか。この二次補正には、一次補正の執行停止分の減額も入っているんですね。本当に必要な事業だったらとめなければよかったじゃないですか。そして、必要のない事業だったら来年度の予算に計上しなければよかったじゃないですか。いかがでしょうか、総理。
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/117405261X00320100122/16