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「日曜小説」 マンホールの中で 2 第三章 1

2020.02.15 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 2

第三章 1

 また一週間経った。

 また次の週に次郎吉が善之助の家に訪ねてきた。毎週ここに来ることが習慣になってしまっている。それはそれで面白い。まあ、善之助のところに泥棒が毎週入ってくるのであるから本来はあり得ない話なのであるが、それが楽しくてたまらないのである。

前回の打ち合わせ通り、この前の、老人会では、次郎吉との打ち合わせ通り、小林さんにカギを渡した。先日落としていましたよ、といって渡した時の小林さんの驚いた顔はなかなか面白かった。そんなはずないんだけどなあ、でもありがとうございます。小林さんの迷ったような言葉がなかなか面白かったのである。

「幽霊はどうなりましたって聞いてみたんだ」

 次郎吉を目の前に、善之助は得意げな表情であった。

「なんて言ってた」

「それが、幽霊が最近は間違いばかり言ってて、というんだ。」

「ほう」

「幽霊が二人いて、片方は間違わないんだけど女の方はなんか変なことばっかり言ってて、っていうんだ」

「ほう、まあ、そうだろうな」

「幽霊の言う通りしていいのかどうか迷っているようだったよ」

「なるほどね」

 まあ、そうだろうな。と次郎吉も思った。

「で、次に何をしたんだ」

「そりゃ、宝石とかを盗んだよ」

「宝石とかを盗んだ」

「ああ、それだけじゃなく、すべて偽物に変えておいた」

「で、どうなった」

「幽霊が出てきて、ああ、嫁さんの方ね。その嫁さんが今度は、とりあえずその宝石が呪われているから、宝石をすべて嫁さんに渡して処分してもらってくださいといっていたよ」

「ということは偽物をすべて嫁さんが持って行ったのか」

「ああ」

 小林さんは、何もわからず嫁さんにすべての宝石を渡した。その宝石をもって嫁さんは宝石を金に換えるために質屋まで行ったらしいのだが、当然にすべて偽物であるといわれてしまった。

「そんなはずはないと、大騒ぎしていたよ。質屋の中であんなに大騒ぎして、ガラス玉持って本物の宝石だといっているような人はほとんどいんじゃないかな」

 次郎吉は笑いながら言った。

「でどうなった」

「もちろん追い出されてたよ。そりゃ仕方ないよね。もちろん本物はここにあるんだが」

 次郎吉は前回と同じように机の上で音を立てた。善之助の満足そうな顔がある。しかし、次郎吉にしてみれば、元警察官で、議員が、泥棒をしてこんなに喜ぶというのもおかしなものである。もちろん、盗んだからといって何かするわけではない。

しかし、本来であれば、嫁さんが売ってしまっているはずであるから、こっちで処分してしまっても、まったくわからないはずである。しかし、この宝石を次郎吉がそのまま自分のものにしないということを二人ともよくわかっている。そのような信用こそ、まさに、この二人の間の最大の面白さなのである。

「それでも、さすがに嫁さんも、偽物とは言えないだろう。そんなことを言ったら、宝石をどうしたとか、売りに行ったということがすべてわかってしまう。」

「そうなんだよね。じいさんもなかなか鋭くなってきたじゃないか」

 次郎吉の言う通り、善之助は徐々に次郎吉と同じような状況になってきた。それにしても、金庫のカギは老人会に落ちているし、またその金庫のかぎで開けた中身の宝石はすべて偽物のガラス玉になてっている。しかし、それでは嫁さんが売りに行ったということがばれてしまうし、また売りに言ったのであれば、金が残っているはずであるから、当然にその金がどこに行ったか嫁さんは小林さんに言わなければならない。

 しかし、それよりも不思議に感じた嫁さんはどうするであろうか。そのまま何かおかしいと思わない方が変である。

「当然に、爺さんがわかるように、嫁さんは金庫の前にカメラをつけ始めたよ」

「カメラを」

「もちろん金庫用ではない。それが小林さんが家の中で事故があるとよくないからといって、各部屋に防犯カメラをつけたということだ。」

「部屋の中にカメラね」

「婆さんは嫌がっていたよ」

「そりゃそうだろう」

「でもな、爺さん、カメラってのは、逆にこっちが仕事がやりやすくなるんだ」

「なんで」

「そりゃそうだろう、俺たちはプロだよ。カメラの中でわからないように盗むのなんかはお手の物だよ」

「どうやってやるんだ」

「手口を教えるわけにはいかない、といっても爺さんは信用するわけないよな。まあ、昔の使い古されたやりかたを教えておくが、まあ、カメラの中に別な継投で映像をつける。まあ、普段のカメラが写している何もない映像をそのままカメラが記録するように、機械に仕掛けをするとかカメラをいじっておくということだな。昔の泥棒のドラマでは、カメラの前に、そこの写真をかけておくとか、そんな感じだ。そうやって、カメラの中で映像を見ていると、結局人間というのはカメラを信用してしまうんだ。カメラが間違うはずがない。機械に対する過剰な信用ってものがあって、その過剰な信用がそのまま間違いを生み出す。まさか仕掛けたてのカメラが間違った真実ではない映像を流すなんてことはだれも考えないからね」

「そうだな」

「そこで、そのカメラの写した映像をうまく使い、その中で堂々と盗むってわけだ」

「ほう、カメラが嘘を写しているということか」

 次郎吉は、大きくうなづいた。

「カメラってのは本物ばかりを映すわけではない。そもそも心霊写真なんて、それを信じるかどうかは別にして、少なくとも、そこになかったものが写っている。あるいはあるはずの手や足が映っていないということになるんだ。これを人は心霊写真という。しかし、カメラが何らかの光の加減とか、あるいはレンズの欠損とかで映らなかったというようなことは全く考えないんだな。つまり、カメラは常に100%正しいという前提で物事を話している。その信頼というものが、カメラを使ったとき、やりやすくなるんだよ」

 全くその通りである。その場合、カメラにハッキングの後があったり、あるいは、カメラそのものに何らかの記録の変化があれば、それで気付くのであるが、しかし、そのようなことがなければ基本的には誰もカメラそのものの改ざんに気づくことはないのである。そのカメラに対する信用という心理が盲点となる。

「では、今回も何かを仕掛けたということだな」

「だから、盗聴器や電波発信機もすべて二つある。つまり、今回のカメラも二つあるということになる。そのカメラをうまく付け替えて、違う方のカメラの映像だけが、もっといえば、作り物のカメラの映像がそのまま映るようになっているということになるんだ」

「なるほど、なんだかわからないがそういうことになっているんだな」

 細かいことはわからないし、そのことを理解しても仕方がない。まあ、目の見えない善之助には聞いても一生使うことはないのではないか。それでも、次郎吉がなんと関してくれるということだけは確かなようだ。

「それでどうしたんだ」

「今回はここまで」

「なるほど、で、この宝石はどうする。実際、この宝石は売ってしまっても、何の問題もないということになる」

 善之助は一応聞いた。

「ああ、それはわかっているよ。何しろ現金に換えて俺の懐に収めても、実際のところ、嫁さんが売ったことになるからそのまま報酬にしてもばれないが」

「おい、爺さん、俺に犯罪をさせるつもりか」

「次郎吉さん、君はもともと泥棒だろう」

「ああ、犯罪者だが、しかし、小林の婆さんみたいな人から盗むような泥棒じゃないんだ」

「ではこれをどうする」

「庭に埋める」

「小林さんの家の」

「ああ」

 次郎吉は、手紙を書き、そのうえでその手紙を金庫の中に貼っておいて、そして、庭の中に埋めるという。

「庭じゃなくて、天井裏に隠してみたらどうかな」

「ほう、なぜ」

「そうすれば、カメラた電波発信機の存在が小林さんにもわかるだろう」

「なるほどね。爺さんもなかなか面白いことを言うが、でも、小林の婆さんの性格上、そんなことをしたら本人ではなく、他の人つまり嫁さんに頼むことになるから、それならばすべて終わってからにしないとね」

「そうだね」

 さて、この後どうするか。ホストなどを巻き込んで面白いことをして小林の嫁さんの犯罪を暴いてやる、まさにそのようなことを次郎吉は考えていたのである。