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13th hour garden

後日譚 (三)

2016.05.05 14:12

どうにか雪也と貴子姫を納得させ、ようやくの思いで教室へ戻ると、狭霧は校内放送の呼び出しを受けた。外線がかかっているので事務局まで来るようにという内容だった。

学校に外線なんて、まさか、おっさんに何かあったのだろうか。少々心配しながら狭霧が事務局へ訪れると、事務の女性がにっこりと笑いかけて、狭霧あての電話を指さした。示された電話の受話器を取り上げると、狭霧は「もしもし」と言って耳に当てた。

「・・・ケンモチか?」

「ハ、ハーディさま?!」

思ってもみない相手からの電話に、狭霧の声は高くなった。

「一体どうされたんですか?学校まで電話されるなんて・・・」

「そんなことはどうでもいい。それより君は一体どういうつもりなんだ?」

いつものハーディらしからぬ性急な口調に狭霧は戸惑った。

「な、何のことですか?」

「隠さなくてもいい。どこのどいつか知らないが、君にプロポーズした身の程知らずがいることは先刻承知だ。しかも君はそのことで真剣に悩んでいるという話じゃないか。大体君はまだ17歳になったばかりだろう。こんな人生の重大事を決定するには若すぎると思わないか。今からでも遅くはない。是非考え直したまえ」

ハーディから一気に捲し立てられ、狭霧はその日何度目かの絶句をした。

アメリカにいるハーディさまの耳にまで届いているのか・・・でも、一体どうやって・・・

狭霧の沈黙をハーディは誤解して受け止めたようだった。

「どうした。何故黙っている?勿論、その申し出を断るつもりだろうね。それとも、付きまとわれて困っているのか?もし断りにくい相手だというのなら、僕が代わりに話を付けてやってもいい。今すぐは無理だが、今月末なら何とか身体が空く。その際にでも日本へ行って・・・」

「ハ、ハーディさま、あの、誤解です・・・」

狭霧が言いにくそうに言うのに、

「何が誤解だ。僕はダニエルから信頼できる相手からの情報だと言って聞かされたんだ。君が薔薇の花束を渡されてプロポーズされたと・・・え、何?本当に誤解なのか?」

狭霧に口を挿しはさませない勢いで話していたハーディだが、ようやく狭霧の言葉が耳に入ったようだった。狭霧はすかさず、

「は、はい。全くの事実無根です・・・」

「何だって・・・」

ハーディは急に気が抜けたようだった。が、すぐに立ち直ると、

「ダニエルめ、僕を揶揄ったのか。僕に一杯食わすとはいい度胸だ。これは是非お礼をせねばならないな」

ハーディの言葉に狭霧は慌てた。このままでは、本当にハーディは真吾に仕返しをしかねない。

「ハ、ハーディさま。多分、真吾さんはハーディさまを騙すつもりじゃなかったんです。恐らく真吾さんも誤解してたのかと・・・」

「そうなのか?」

狭霧はハーディに誤解の原因となった一乃介との電話のことを話した。が、そもそもの発端となった小鉄との件については伏せておいた。

「全く人騒がせな・・・だが、君がプロポーズされているわけじゃないと聞いて安心したよ。つまり、僕にも大いにチャンスがあるということだな。ふふふふ・・・」

完全に余裕を取り戻したハーディの不気味な笑い声に、狭霧は悪寒を感じた。今度の一件で、ハーディはしばらく忘れていた自分の中の何かを目覚めさせてしまったらしい。

「あ、あの、ハーディさま・・・?」

「どうやら最近の僕はアメリカで仕事にかまけ過ぎていたようだ。これからは、もっと日本にいる君達の動向にも気を配ることにするよ。・・・じゃあ、今日はこれで。また、近いうちに必ず会おう」

ハーディはそう言うと、狭霧の返事を待たずに電話を切った。狭霧は受話器を戻すと溜息を吐いた。

ハーディさまのことは好きだし、恩も感じている。でも、ハーディさまの思考には時々ついていけなくなる・・・

「狭霧・・・」

狭霧が電話台の前で考え込んでいると、後ろから名前を呼ぶ者があった。狭霧が振り向くと、小鉄がすぐ後ろに立っていた。狭霧に降りかかった災難も知らず、いつも通り落ち着きはらっている小鉄の顔を見ると、狭霧の中にむらむらと怒りが湧いてきた。

― そうだ。そもそも、皆こいつのせいで・・・

自分に向けられる狭霧の険悪な視線に気が付かず、小鉄は躊躇いがちに口を開いた。

「あの・・・実は妙な話を聞いたんだが・・・お前が誰かから夫問いされてるって・・・」

だが、小鉄は完全に言い終わることができなかった。

「お前が元凶だろっ」

その一言のもと、小鉄を拳で思いっきり殴ると、狭霧は足音荒く立ち去った。

小鉄は、殴られた頬を押さえて、去っていく狭霧の姿を呆然と見送った。

― 俺は、今度は何をしくじったんだろう・・・

狭霧に殴られた頬を撫でさすりながら、小鉄は深い溜息を洩らした。


散々な一日を終え、精神的に疲れ果てて狭霧が家に辿り着くと、何故か坂口が玄関の前に立っていた。よく見ると、玄関の戸が開け放たれ、その中を何かの色彩が埋め尽くしているのが見えた。

「三太、こいつは一体・・・」

狭霧の顔を見て困り果てたように言う坂口の視線の先には、白を中心に赤やピンクといった色とりどりの薔薇が玄関の床一面ばかりか下駄箱の上にまで所狭しと置かれていた。いずれも一重咲きの薔薇ばかりで、玄関の中に入りきらず、外にまで溢れていた。

狭霧は唖然として可憐な薔薇の花に占拠された玄関を眺めた。

「すごいねえ。これ、みんな三太のプロポーズの相手からかい?」

今日も来ていたらしい常連客の男が半ば感心したように言った。いつの間にか、ここでも狭霧へのプロポーズが既成事実と化しているらしい。

「ち、違うって。これは何かの間違い・・・」

慌てて狭霧が否定しようとしたところ、

「三太。こいつを運んできた連中がこれをお前にだとよ」

そう言って坂口が狭霧に1枚のカードを渡した。

そのカードには、タイプした日本語でこんなメッセージが書かれていた。

“清風花茨、初夏の風に吹かれる野薔薇の如き君を想う。再会を祈って―H.R.”

「ハーディさま・・・」

白地に爽やかな薄緑で野茨の飾り罫をあしらったカードのメッセージを読むと、狭霧はがっくりと肩を落とした。

― もう、2、3発余分に殴っとくんだった。

何もかも小鉄が悪い。理不尽と思いつつ、何故か全てを小鉄のせいにしたくなる狭霧だった。

                                     (了)