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Ar18-37:墓標アルカディア

2019.02.10 15:00

墓碑銘の中で死が言っている。

ET IN ARCADIA EGO.

われもまたアルカディアにありき。


南国思想には程遠く、翡翠の玉座も花もないが、ここは正しく墓碑銘の底の理想郷《アルカディア》。


これは、貴方の死を取り戻すための旅。


▲▼▲▼


ふと気がつくと、貴方は見知らぬ館の扉の前に立っていた。


ここがどこなのか、どうしてここにいるのか?

想起を試みるたび頭に響く鈍痛から、諦めて目を背ける。


振り返ると、黄昏の斜陽にきらきらとする芝生を、ぐるりと囲む塀は高く鋭利。外へ繋がる門には頑丈な鎖が絡まり、錠がかけられ、庭から出る事は叶いそうにない。

門のアーチには共同墓地《coemeterium》の看板が、鏡文字に揺れている。


ーー知らない事は他にもあるような?

それにしても、思い出すという行為すら忘れてしまったのだろうか。

不安を払い、惹かれるように目の前の扉を押し開く。


「おはようございます。気分は如何」

斜陽の頃にしてはずれた挨拶だ。驚きよりも先にそう思った。


扉の前には、小さな少女が立っていた。

シンクブルーの髪。灰青の瞳。黒のワンピース、赤い靴。奇妙な世界で、いやに現実味を帯びた色彩が、貴方を待っていた。

「わたしはシサン。貴方はどなた」


促されるまま、貴方は名前を告げる。

「ええ、それは正しく貴方の名前。待っていましたよ」


ーーここはどこなんだ?自分は、どうしてここに?


「死神は貴方を捌くことができませんでした。ここは、腑分けされなかった魂が辿り着く場所」


ーー魂?死神?


「貴方はおそらく死んだのですが、貴方からは、その死の事実が失われているのです。そうでしょう?」


その通りだ。死んだと言われても実感がない。

最期の記憶はすっかり抜け落ち、それ以外にも、記憶の欠落を自覚する程度には、自分に残されたものは少ないのだと思い知る。

そういえば、思い出すことに先程のような痛みはなかった。

怪訝な貴方をよそに、少女は言葉を続ける。


「しかしこれは僥倖でもあります。シュレーディンガーの貴方よ」


死んだという証明がされないのなら。

例えパンドラの箱がもう開いていて、その中で猫はすでに死んでいたとしても。

その毛皮の下に隠れた貴方は今はまだ、死んだ生きネズミであり、生きた死にネズミでもある。


「だからまだ間に合います」と少女シサンは、言う。


自分自身の死の事実を見つけることができれば。

猫がどけられて、ネズミの生死が暴かれてしまう前に、箱の底から這い出す事は可能だ。と。


「ですから、貴方は取り戻さねばなりません。ーー貴方自身の死を」