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のらくらり。

繋いだ手と手、決して離さず

2020.02.24 09:52

221年B組設定パロで、ウィリアムとシャーロックのやりとり。

転生パロっぽい雰囲気とシャロジョン匂わせがある。


英国でも有数の名門校である学園の221年B組に所属するシャーロック・ホームズといえば、この近隣で知らない者はいないだろう。

ロジカルに基づいた的確な推理には誰しもが舌を巻き、迷子の猫探しから不可解極まりない傷害事件に至るまで、相棒であるジョン・H・ワトソンと共に必ず解決してみせるという名探偵だ。

学生にして既に警察の一部からも注目されているという噂もあるほど類稀なる頭脳を持つ彼は、己の好奇心が唆るかどうかでころりとその対応を変えてしまう。

天才と変人は紙一重なのだ。

彼は学園の授業など必要としておらず、毎日登校しているけれど、そのほとんどの時間を屋上でサボタージュに費やしている。

今日も今日とて天才兼変人は悪びれもなく授業をエスケープし、人の少ない廊下を一人のんびりと歩いていた。

そんなシャーロックが不意に足を止めた理由は、視線の先で一人の青年がぽつり佇んでいるのが目に留まったからだ。


「…リアム先生、あんなところで何してやがんだ?」


シャーロックの視線の先には担任であるウィリアム・ジェームズ・モリアーティがいる。

風が入り込む窓の近く、熱心に校庭を見つめているようにも見える年若い天才数学者の表情は至極穏やかだった。


シャーロックにとってウィリアムとは、己に似た匂いを感じさせる同類である。

優れているがゆえに周りから浮いてしまう異端児そのものなのだ。

二人の決定的な違いは、シャーロックが異端であることに我関せずその道を突き進む人間であるのに対し、ウィリアムは異端であることを不自然でない程度に隠して周囲に溶け込もうとしているところだろう。

自分の中の好奇心を満たすことが出来れば浮いていようがどうでも良いと考えるシャーロックと、己の異端を異端だと感じさせずに輪の中心に居座るウィリアムと、本質はとてもよく似ている。

結局どちらも孤高で孤独、仕方がないと受け入れながらも心の奥底では己の理解者を求めている。

シャーロックの目には人当たりの良いウィリアムが自分の居場所を作ろうと仲間を増やしているようにしか見えない。

しかしそれも表面上だけ、偽りなき真の内面は本当に気を許した人間にしか晒さないのだろう。

対するシャーロックは自分の考えなど誰に理解されずとも結構だと、ただひたすらに好奇心と興味を唆るものにばかり目を向けて、湧いて溢れる孤独を忘れて生きてきた。

自分のことを理解できるのは自分だけなのだと信じていた。

けれどそんなシャーロックはこの学園に入り、初めて己の理解者たるジョンと出会うことが出来たのだ。

ジョンと出会うことで知らず知らずのうちに溢れてしまっていた孤独を拾い集め、欠けていた人格はとても穏やかなものになった。

天才であるシャーロックの一番の理解者はジョンだ。

彼がいたから名探偵シャーロック・ホームズは誕生した。


「…なるほどな」


ならば、ウィリアムは誰をきっかけに天才数学者になったのだろうか。

答えは推理するまでもなく、今ウィリアムの視線の先にいる彼の弟に他ならない。

甘さすら感じさせる穏やかな表情の先には、体育の授業で外に出ている221年B組の面々が揃っている。

だがウィリアムの緋色が映しているのはその内のたった一人だろう。


「覗き見とは悪趣味ですね、ホームズ君」

「対象にバレてる時点で覗き見とは言わねーよ。そうだろ、リアム先生」

「堂々と授業をサボっておきながら口だけは随分と達者なようだ」

「ハッ、今更だろ」


大分距離があったというのに振り返ることもなく、ウィリアムは先にいるシャーロックへと語りかける。

咎めるでもなく淡々と受け入れるその声色は、感情を秘めていないがゆえに聞く人が聞けば恐怖なのだろう。

だが生憎とシャーロックには一片の恐怖も与えることなく、そしてウィリアムもそれを承知の上だった。

異端同士、気の抜けない状況である。


「誰を見てんだよ」

「僕の可愛い生徒達ですよ」

「嘘つけ」

「心外ですね。221年B組の全員、僕の可愛い生徒達ですよ。勿論ホームズ君、あなたもね」

「そうじゃなくて…分かってんだろ、先生」

「ふふ」


隣立ったシャーロックには目を向けず、ウィリアムは変わらず微笑みながら窓の外を見つめている。

視線の先にはいつの時代も愛しさしかない、自慢の弟であるルイス・ジェームズ・モリアーティがいた。

そのことに気付いていながら言葉をぼかすシャーロックと、煙に巻こうと敢えて的外れな返答をするウィリアム。

駆け引きの手本にもならないような、異端同士のちょっとした戯れである。


「委員長、ガリ勉かと思わせて運動神経ピカイチだよな」

「ありがとうございます」

「何だよ、それ」

「弟を褒められたのだから、兄である僕が礼を言うのは当然でしょう」


上背ばかり高くて華奢と言っていいほどに細身の体と、知的さを誘導するノンフレームの眼鏡は、一見すればさぞ頭の良い学生なのだろうという印象を与えるに違いない。

そしてその印象を裏切らず当然のように頭は良いのだが、実際は陸上部顔負けの俊敏さを誇る身体能力も宿しているというのだから世の中は不公平だ。

だがその不公平のトップとも言えるシャーロックとウィリアムにしてみれば珍しいことでもない。

ましてルイスがウィリアムの弟だと考えれば、頭の良さも身体能力の高さも納得こそすれ違和感を覚える方が間違っている。


「家でも一緒だろうに、わざわざ別の授業の様子まで見てんのか?ブラコン兄貴は忙しいことだな」

「えぇ忙しいですよ、とても」


シャーロックの嫌味を嫌味とは受け取らず、ウィリアムはさも簡単に受け流した。

視線は変わらず己の弟、ルイスに向いている。


「一瞬一秒だって、私の知らないルイス君がいるだなんて耐えられませんから」


羞恥を感じるでもなく当然のように言い切ったウィリアムを見て、シャーロックは自ずと片眉をピクリと上げる。

ウィリアムが誰を見ているのかという問いかけに対し明確な答えを得たというのに、その返答は予想よりもずっと遥かに重苦しい。

担当するクラスに弟が在籍すること自体が異例中の異例で、その異例を認めさせるほど有能な教師と優秀な生徒なのだから、二人が世間一般の兄弟でないことは明白だ。

事実、ルイスがウィリアムに向ける執着は誰の目から見ても過激なほどに苛烈なのだから。

兄離れ出来ていないと言えば聞こえは良いのだろうが、実際は兄離れしようともしていないのだろう。

癪に障る兄を持つシャーロックとしては理解しがたいけれど、世の中様々な関係性があるのだから否定するつもりも首を突っ込むつもりもない。

ウィリアムだって満更でもない様子だし、贔屓はしていないにしろ甘やかな雰囲気を醸し出しているのだから結局似たもの兄弟である。

シャーロックは入学してからの数ヶ月間、彼ら兄弟のことをそう評価していたけれど、今のウィリアムの言葉はどこか頭に引っかかる。

大事にしている弟とはいえ、これほど過剰なまでの独占欲は一体どこからくるものなのだろうか。


「…なぁリアム先生。あんたにとって委員長は何なんだ?」

「何なんだ、とは?ルイス君は私の弟ですよ。ホームズ君も知っているでしょう」

「…ちっ」


感じた違和感を問い掛ければ、案の定微笑みに紛れてそのまま終わる。

それでもようやくウィリアムの視線はルイスからシャーロックへと移されており、優雅に首を振って髪を靡かせたかと思えば、さぞかしこの状況を楽しんでいるであろう声が耳に響いた。


「ホームズ君はどんな答えが欲しいのですか?」

「…」

「あなたの欲しい答えをあげますよ。さぁ、言ってごらんなさい」


好奇心の肴にしてあげましょう。

まるで誘惑するようなその視線はただひたすらに挑発されているように感じられて、他よりも優位に立っている者特有の余裕が滲んでいる。

美しさゆえに圧倒的な迫力を持つ彼が放つそれは、しかしさほど畏怖するものでもない。

所詮シャーロックもウィリアムの可愛い生徒の一人、本気で相手にするまでもないということなのだろう。

嬉しくもない評価に苛立ち、シャーロックはほとんど無意識に鮮やかな緋色から深海を模した己の瞳を逸らしてしまった。

これが野生の世界ならばシャーロックの負けは確定だ。

だが今は人間同士、それも本質がよく似た孤高で孤独を抱えた異端同士の戯れである。

恐れることなど何もないし、手本にもならない駆け引きなどぶち壊すに限るのだ。


「リアム先生、あんたが委員長に向ける感情は随分と重苦しいな」

「そんなつもりはありませんが、観察力に長けたあなたがそう評価するならそれが正しいのでしょう」

「そうかよ」

「重苦しい、ですか。言い得て妙ですね」


元より他人の関係に首を突っ込むほど興味があるわけでもない。

ウィリアムとルイスがただの兄弟であろうとなかろうと、当人達が納得しているのならばシャーロックがとやかく言う謂れはないのだから。

飽きた、と言わんばかりにシャーロックは肩を竦め、窓の外にいるルイスを見る。

ウィリアムとよく似た顔立ちは誰から見ても血の繋がりは明らかだ。

自分の兄を思い返して遺伝子という途方もないほどに強固な情報を思い浮かべ、改めて隣にいる彼を見た。

崩れない微笑みが何を意味しているのかは分からない。


「ホームズ君がワトソン君に向ける想いは、さぞ純粋で淡く綺麗なものなんでしょうね」

「なっ…何だよ、いきなり!俺とジョンは関係ないだろ!」

「私がルイス君に向ける想いとは比べ物にならないほど儚く、そして脆い。しっかり繋ぎ止めておかないと、輝かしい青春の一ページで終わってしまいますよ」

「うるせーよ!」


戯れめいた駆け引きから一点、からかうようなその声かけは的確にシャーロックの図星を突いた。

ジョンとの関係が相棒以上になりきれずに足踏みしているシャーロックのことを、ウィリアムは生温く見守っているのだ。

余計なお世話この上ないが、それを言ったところでこの状況が変わることもない。

舌打ちしてまたも視線を逸らせば、その先にいたのは今話題に上がったばかりの相棒である。

そもそも意識して他の誰かを見ようとしない限り、シャーロックの目は自然とジョンを追ってしまう。

今が正にその時だった。


「…平和な時代に生まれ、大切な人と平穏な学生生活を送るということは、誰にでも出来ることではないんですよ。それこそが幸福の象徴と呼べるものです。あなたもいつまでも二の足を踏んでいないで、より満足のいく結果を求めて行動を起こすべきだ」

「は…?何言ってんだよ、先生」

「せっかく出会えた一番の理解者なのだから、その手は離さず掴んでおきなさい」

「…」

「一瞬の迷いで離してしまうと、後悔しても仕切れない遺恨が残ってしまう」


窓の外で活潑に体を動かすルイスを見て、ウィリアムは眩しそうに瞳を細めている。

強い日差しが眩しいのではなく、まるでルイス自身が眩しくて視界に収めきれないというような印象を抱く。

唐突な語りは違和感どころではないはずなのに、それでも耳を傾けざるを得ない空気を感じた。


「僕はもう二度と迷わない。もう絶対にルイスの手を離すことはしない」


今は平和な時代で、ここは平穏な学生生活を送るための学園で、この場所は幸福な日々を過ごすために存在している。

決してウィリアムが見せているような、痛ましくも物哀しい表情が似合うところではない。

場違いな彼が見つめるのは弟であるルイスのはずなのに、シャーロックにはそのルイスを通して他の誰かを見ているように感じられた。

だがそれはウィリアムにルイス以外の誰かがいるという訳ではない。

彼はその緋色にルイスを映しておきながら、不思議とルイスを見ていないのだ。

けれどもウィリアムが見ているのは間違いなく彼の弟に他ならない。

何故そんな矛盾を感じたのかは分からないが、シャーロックはこの矛盾こそがウィリアムにとっての正解なのだと確信する。

重苦しい、と表現したそのフレーズはやはり的確だったのだ。

ウィリアムがルイスに向ける感情はただ弟に向けるものにしては重苦しく、いびつで、正しく歪んでいる。

その理由が今の言葉に裏付けされているのだろう。

かつてのウィリアムは迷ってしまったのだ。

そしてその結果、ウィリアムは自らルイスの手を離してしまった。

重苦しい愛情の原因は過去の遺恨からくるものだと、シャーロックは今唐突に理解した。


「…リアム先生も迷うことがあったんだな」

「えぇ。一度決めたことなのに、何度も決意が揺らいで心に隙を作りました」

「へぇ…」

「だから過去の経験を活かして、一瞬一秒もルイス君から目を離したくないんですよ。体育の授業をサボるのは結構ですが、私の授業はちゃんと出席してくださいね」

「ま、気が向いたらな」


ルイスを見るのに邪魔だからどこかへ行けと、暗にどころかはっきりと言われてしまった。

これ以上の言及は無意味だと解釈し、シャーロックはもう一度ウィリアムの横顔を見てからその視線の先にいるルイスを見る。

手を離してしまった兄と手を離されてしまった弟。

昔話でも聞いているような心地さえする非日常を振り払い、シャーロックは顔を上げて自分の相棒を見た。

手を離すつもりは毛頭ない。

きっと自分は迷わない、迷うことなど決してない。

そう自信を持って確信するシャーロックは戸惑うことなくその場から足を動かした。

歩きながら考えるのは何とも不可思議な愛を持つ兄弟二人のことだ。

ウィリアムは己の行動ばかりを悔いているようだが、過去は過去として、今の二人を見れば例えウィリアムが迷おうと手を離してしまおうと、何の心配もいらないだろう。


「先生。あんたが手を離したとしても大丈夫だよ」

「え?」

「委員長があんたの手を離すわけねーだろ。安心しな」

「…!」


巷で有名は名探偵は己の言葉がどれだけの発言力を持つか理解している。

シャーロックは論理に基づいた事実しか述べることはなく、そしてそれが間違っていることなどあり得ない。

だからウィリアムに向けた言葉も事実でしかない。

手を繋ぐのであれば片方だけが気を配っていても意味がないのだ。

双方しかと握りしめあってこそ、手を繋ぐに至るのだから。

そんな当たり前のことに気付いていないウィリアムに優越感を覚えたシャーロックは、ひとまず与えられたアドバイスを実行するため、相棒である彼のことを思い浮かべて今後について頭を働かせるのだった。




(ウィリアム兄さん先生、プリントを準備室まで運んでおきますね)

(ありがとう、ルイス君。じゃあ一緒に来てくれるかな)

(はい!)


(相変わらずルイス君はウィリアム先生がだいすきだね。何だか微笑ましいな)

(…アホか、ジョン)

(え?何でだい?)

(委員長が先生をすきなんじゃねぇ、先生が委員長を離そうとしてないんだよ)

(どういう意味だい、シャーロック。先生は弟だからってルイス君を特別贔屓してるようには見えないけど…)

(そう見えるように振る舞ってるだけだ。今だって日直のおまえがいるのに、わざわざ委員長の列にプリントが集まるように誘導してたじゃねーか)

(た、確かに!)

(委員長からのベクトルが大きいように見えてその実、先生からのベクトルの方がよっぽど重くて厄介そのものだぜ。巧妙で性質の悪い様子が伺えるな)

(おい、シャーロック!なんてことを言うんだ、全く)


(ワトソン君、今日日直でしたよね?宿題のノートを集めておいてもらえるかな。あぁホームズ君は着いて来なくていいですよ、私の授業も終わりましたし、どうぞお一人でどこへでも行ってください)


(げ…今の聞いてたな、あいつ)

(こら!先生に向かってあいつとは何だ、シャーロック!)

(構いませんよ。それよりワトソン君、急いでもらえますか)

(あ、分かりました!シャーロック、先に帰っておいてくれ!)

(え、おい!今日の放課後、依頼人のところに行く約束だったじゃねーか!)

(時間があれば行くからお前一人で行っておいてくれ!じゃあな!)

(お、おいジョン!)

(ふふ。さようなら、ホームズ君)

(リアムてめぇ!)