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「日曜小説」 マンホールの中で 2 第三章 3

2020.02.29 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 2

第三章 3

 まだコンクリートの部屋の中での会話が続いていた。

「昨日、幽霊で遊んでみたんだ」

「幽霊で、つまり、次郎吉が幽霊になったのか」

「ああ、だから今朝慌てて小林の婆さんはじいさんに電話したんだと思うよ」

 なるほど、単純に警察から落とし物の連絡が入っただけでは、役員の呼び出しにはならないっであろう。そもそも、小林の婆さんの相談事は「最近家に幽霊が出る」というものであって、嫁さんのホスト狂いや、貯金が減っているというような犯罪がらみの話ではなかったはずだ。

というか、そもそも資産が減っていることなどは、本人が全く気付いていないし、また、現在も通帳などはチェックしていないのであるから、そんなことを気づくはずがないのである。

 つまり、「幽霊が何らかのアクションを起こした」から、老人会に相談に来るということになったわけである。つまり、小林の婆さんの頭の中では、当然に「宝石がホストのところに行った」ことと「幽霊」の関連があるということになっているのである。

 つまり、「幽霊が宝石を持っていった」または「幽霊がホストが持っている宝石を見つけてくれた」というように婆さんの中では解釈されているということになるのである。

しかし、嫁さんの方ではそうはなっていない。もともと、幽霊に金庫を開けさせて中身を見てみたらガラス玉ばかりであったはずだ。しかし、自分がホストのところに遊びに行ったら、その金庫の中のガラス玉が、誰も明けていないはずなのに金庫から飛び出し、そして、だらかがホストクラブまで運び、そして、落とし物として「本物の」宝石を届けたのである。

換金するまたはホストにプレゼントする予定であったはずの宝石が、なぜかそのようにしてホストの手に渡り、そしてホストの手から返されてしまったのである。これもすべて幽霊のせいなのである。

「嫁さんはパニックになっていたよ。ついでに、婆さんもね」

「何をしたんだ」

「よく考えてみなよ、爺さん。そもそも嫁さんはカメラもマイクもつけて、あの部屋を24時間監視しているんだ。そして、何の異常もない。もちろん、泥棒が盗んだこともなければ、自分が見ていない時に婆さんが勝手に金庫を開けて、宝石を入れ替えたり、ガラス玉にすり替えたりと異様なことはしていないのは確認しているということになる。つまり、もっとも幽霊の存在を信じなきゃならない状態になったのは、婆さんではなく、嫁さんの方なんだよ」

「そうか」

 善之助はやっと気づいた。今回の件は、実は全て嫁さんが金庫を監視している中で、その間隙を縫って次郎吉が神業を示したということなのである。そして、それは本当に「幽霊」以外にはできない芸当を次郎吉が成し遂げたということでもあるのだ。

「そこで、今回もう一つ、せっかく金をかけてやったんだから、その内容をやってみたんだ」

「何を」

「電波発信機だよ」

「電波発信機」

 そうだ、そういえば数日前に電波発信機をも追う一つ仕掛け、そして、その電波発信機で小林さんの補聴器にこちらからもメッセージを入れることができるようになったということを言っていた。そのうえ、こちらからのメッセージは嫁さんには聞こえないということまで実験したのである。

「嫁さんが、ホストクラブに行っている間に、幽霊が婆さんに話しかけたんだよ」

「そういえば、そんなことを言っていたな。小林さんは夜寝る前に『明日、隣町の警察署に宝石が届くはずだから、その宝石を取りに行くように。その宝石はすでに除霊ができているから金庫ではなく、庭に埋めろ』といわれたといっていた」

「ああ、そうだ。正確には、庭にあるお稲荷さんの祠の下にある引き出しに入れろと、幽霊からのお告げがあったはずだ」

「そうだ。で、なんで次郎吉が知っているんだ」

「そりゃ、俺が婆さんにそういったからだろう」

 次郎吉は、さも当然のことのように言ったのである。

 つまり、次郎吉は宝石がホストクラブで見つかりなおかつそれが警察に届け出られることまですべて小林さんに告げていたということになるのである。

「まあ、宝石を盗んだ首謀者が誰かは何も言っていないがね」

「なんで、嫁さんがホストクラブにくるっていて、そこに宝石を貢ごうとしたといわなかったんだ」

「そりゃ、あの嫁さんが次は、金庫に宝石を取りに来るからさ」

「なんで」

「そうだろう、ガラス玉ではない、それも警察署が本物であると証明してくれた高価な宝石が、金庫の中にあるはずだ。まさか庭の御稲荷さんの下にあるなんてことは思わないだろう。そうすれば、婆さんがいるのに、または婆さんがいない間に、金庫を開けるはずだ。その金庫に仕掛けをして置いたら、焦るのは嫁さんだろう」

 確かにそうだ。稲荷の下に宝石があるということを知らなければ、当然に金庫の中にあると思うに違いない。その金庫の中の宝石を、今度こそ金に換えるに違いないのである。

「まあ、安全のために宝石はまたここにあるけどね」

 爺さんの手の上に、固い質の重たいものが乗った。まさにこれが宝石なのであろう。

「今度は稲荷の下だから、盗みやすかったよ」

「お前は」

「泥棒の極意として、相手に自分自身で盗みやすいところに持ってきてもらうということがあるんだ。ある意味で陰謀というような言い方をした方が良いかもしれないし、また嘘やはったりで、そのようなことをさせるということもある。まあ、警戒が厳重なところにそのようなお宝があるよりも、どこか簡単な場所に移動しておいてもらった方がいいという感じかな。例えば、ずっと金庫の中においておくのではなく、わざわざ盗むと予告をして移動させ、その移動の最中に盗むというような感じだ。何か動きがある方が、固定の場所にあるよりも盗みやすい。予告は、そのように相手を動揺させ、そして相手にお宝を動かせるときに使うんだ」

「そういうものか」

「ああ、そうだ。だいたい警備が厳重で何重にもロックされた金庫よりも、人が持って歩いている方が盗みやすいに決まっているではないか。そのように移動させるには、予告が一番なんだ。予告をすることによって、人間というものは、必ず何かアクションをする。泥棒が現在の環境で盗む計画をしているに違いないと思い込み、そして、その環境を変えようとする。まあ、人間というのは、それだけではなく、予告された場合に何もしないで、盗まれるよりも、何か自分の思いつくことをして、自分で自分を納得させたいと思うのが普通なんだな。泥棒はその心理をうまくついて、わざわざ動かすため、もっと言えば最も自分たちが盗みにくい環境を避けるために、予告を出すんだよ」

「ほう」

 なかなか、泥棒の心理や、泥棒がなぜ予告を出すのかなどは聞けるものではない。しかし、善之助にとっては、自分は大きな金や宝を持ってはいないが、しかし、もしも自分の大事なものを盗むと言われた場合、やはりそれを自分なりに何か隠そうと考えるに違いない。その「隠そうとして外に出す行為」こそ、泥棒の思うつぼなのであろう。

「では、嫁さんはそのようなことは知らずに金庫を開けるということだな」

「ああ、そして金庫を開けると、自動的に金庫が開いたという警報音が鳴るようになり、そして、幽霊が嫁さんが金庫を勝手に開けたというようなアナウンスを、婆さんにしてくれることになっている。それだけではなく、宝石の袋を開けると、中に発煙装置があって、突然大量の煙が出ることになっているんだ」

「なんで」

「そりゃそうだろう、お稲荷さんのところに置いた入れ物と同じ入れ物を金庫の中においておけば、嫁さんは必ずそれを盗みに来る。あとはその入れ物の中に、混ざると煙が出る装置を仕掛けておけばよい。ゆらせば中の化学薬品が混ざって煙が出る。もちろん化学反応だから入れ物は熱くなるしね。」

「通報は」

「金庫にそのような仕掛けをしておけばよい。それで電波発信機が、いや、嫁さんの携帯電話が勝手に動いてその時の慌てぶりを生中継してくれるはずだ」

 ちょうどその時、次郎吉の持っているスマホがいきなり大きな警告音をならした。そして不気味な機械質の声で「金庫が何者かによって開けられました」と音声が鳴った。

「何これ、何なのよ」

 嫁さんのかなり慌てたヒステリックな声が流れた。

「なんだ」

「ああ、爺さん、このスマホに、婆さんの耳の中で聞こえている音と同じものが流れるようになっているんだ。これで何時何分に、嫁さんが何をしたかわかるだろう」

 スマホの中では、嫁さんが宝石入れと格闘しているようだ。

「なんで開かないの。それに何この煙、火事になっちゃうじゃないの」

 嫁さんはどうも宝石箱を庭に投げ捨てようとして、窓を明けたようだ」

「ダメだよ、化学薬品なんだから水なんか付けたら爆発するよ」

 次郎吉は他人事のように言った。善之助はそのことの成り行きが異常に面白い。まさか数百メートル離れているはずの小林さんの家の中で起きている嫁さんによる犯行がすべてここで聞くことができるとは思っていなかったのである。

「もう、宝石だから水につけても問題ないでしょ」

 池に向けて投げ、宝石入れが池に落ちてポチャンという音が聞こえた。

「ボン」

「何爆発してんのよ」

 ヒステリックな嫁さんの声である。まあ、普通宝石入れを取り出していきなり煙が出たら、そして、それが熱くなって水の中に入れたら爆発するなんて全く思っていない。

「あいつ、何してんの」

 あいつというのは、ホストのことなのか、あるいは小林さんのことなのかよくわからない。

 ぼっちゃん

「池の中に宝石を拾いに入ったんだろうな」

「そういうことか」

「化学薬品だから、服の色が落ちちゃうんだけどねえ」

 次郎吉は楽しそうに言ったのである。