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デフレーション - “日本の慢性病”の全貌を解明する

2020.02.29 14:51

   著者は、以前、本ブログでも紹介した「人口と日本経済 長寿、イノベーション、経済成長」の吉川 洋氏 です。最近でも消費税が10%になったり、新型肺炎のニュースが話題になったりで、最近の今年(2020年)日本経済の予測をみてもわずかな経済成長(月によってはマイナス成長傾向)になっていますが、この日本経済における1990年代後半から現在までの経済の主役はまさに「デフレーション」だったと思います。(でも「デフレ」っていう言葉は昔はあまり聞かれませんでしたね。高校なんかの教科書で、景気後退期のインフレ「スタグフレーション」というのがあったことは記憶していますが。)

  ネットで検索するとデフレーションとは、「モノが売れず不景気になり、企業の業績が悪化すると、従業員の給与が減り、リストラで失業者が増加する。所得が減るため、消費者は消費を控え、貨幣価値が上がるため、借金をしている人は負担が重くなる。さらに企業は抱えた在庫の処分売りを行うためモノの価格を下げるなど悪循環が発生しやすい状態となる。」とあります。

  吉川氏は、「戦後、先進国が経験したことのないデフレーションに、なぜ日本は陥ったのか。他の国々では低インフレとはいえデフレではないのに、なぜ日本だけがデフレなのか。デフレは日本経済にどのような悪影響を与えるのか。デフレを止めるには何をするべきなのか、するべきだったのか。ゼロ金利の下でも、貨幣数量を増やせば、デフレは止まるのか。これが本書でわれわれが考える問題である。」と本書の出だしで語っています。

  確かに、世間では、以前よりもブランド品が売れなかったり、逆に100円ショップが繁盛したりしてますし、日銀は金融政策でマネー・サプライを増やし、穏やかなインフルを誘導する、とかいろいろ言われていますよね。また、近年よく言われる人口減少もこのデフレに関係ありそうな感じもします。

  本書ではまず、2000年前後あたりからの日本における「デフレ論争」やデフレの歴史を「デフレ 20年の記録」として解説しています。今となっては少し驚きなのですが、2012年頃の新聞(の投書)には「(デフレによって)物価が下がれば生活は楽になる。」とか「(経営者の中には)企業が苦労してコストダウンを図り、低価格の商品を顧客に提供したときに『デフレは経済の問題』といわれるのは心外だ。」とか言った意見もあったようです。吉川氏は「デフレ」の問題点として次の2つを指摘します。まず、名目金利を一定とすればデフレにより実質金利が上昇すること。次は、デフレと不良債権の悪循環です。これは、好況期に企業が過大な債務を負い、その後不況期が訪れる、という悪循環で、デフレにより負債の実質的負担が大きくなると、企業は倒産・破綻に追いやられてしまいます。その結果、失業率が上昇、投資の減少等を通して実体経済の悪化が深まり、物価の下落がひどくなる、という不況に陥ってしまうのです。 「日常感覚はともかくとして、デフレはやはり経済 - とりわけ深刻な不況に陥っている経済にとって大きな問題なのである。」(P9)

  デフレーションへの対策というと以前から経済学では「貨幣数量説」という説を挙げ、マネー・サプライを増やすことを政策として主張する学者が多いようですが、吉川氏はそれには批判的です。吉川氏は本書 P199において「貨幣数量説(マネー・サプライ)」についてはあまり効果はない(なかった)として次のように説明しています。「少々奇妙なたとえだが、100点満点で80点以上が合格なのに、現在60点で20点足りないとしよう。X(政策)をすると、確実に2点上がるという。このとき X は目的達成のために有効だというのだろうか。確実に2点上がるのだから、効果がある、という人もいるかもしれない。しかし、ほとんど効果はない、というのが日本語の普通の表現なのではないだろうか。こうした意味で、貨幣数量の増加は物価の上昇に効果はなかったのである。」

  では、「人口減少」についてはどうでしょうか。吉川氏は「労働力人口の減少が経済成長にマイナスの影響を与えるのは事実だ。ただし、その影響は、「数量的」には一部(あるいは多く?)の人が想像するよりはるかに小さい。先進国の経済成長は、働き手の頭数で決まるのではなく、『一人当たりの所得』の上昇を通して成長してきたのである。」(としてP203 に『日本の人口とGDP』の相関図を示しています。下の図参照)

  「(この図は)1870 - 1994年にかけて120年間の人口と実質GDPの推移をみたものだ。実質GDPの動きが人口によって決まるものでないことは一目瞭然だろう。」 そして、生産年齢人口についても「『生産年齢人口』もまた、『人口』と同じく経済成長にとって主役とはいえない。たとえば、戦後の高度経済成長期(1955 - 70年)には、実質GDPは、平均年率10% 成長した。しかし、この時期の労働力人口の増加率は年 1 % だった。両者の差 9% が一人当たりの所得上昇率であり、それは設備投資など投資を通した資本ストックの増加と技術進歩によってもたらされたものだ。」(P204) として「人口の減少がそれ自体として経済・社会問題であることは、そのとおりだ。しかしそれは、1990年代から始まった日本経済の長期停滞の原因ではない。ましてや、デフレの『正体』ではない。」としています。

  実は吉川氏は、「人口と日本経済 - 長寿、イノベーション、経済成長」において、「経済成長にとって一番必要なものは『需要制出型のプロダクト・イノベーション』である。」と主張しているのですが、本書においても、「この『需要創出型のプロダクト・イノベーション』の欠如こそが長期間に及ぶデフレの原因」としています。「デフレの中での消費者の『低価格指向』ー 『相対価格』が安いモノへの需要のシフト - がどんどん強まっていった。これに加えて、グローバル経済における国際競争、円高の下、日本企業は一貫して『1円でも安く』コストダウンを図るべく『プロセス・イノベーション』に専心してきた。その結果、日本経済の将来にとって大きな役割を果たす『プロダクト・イノベーション』が、いつしかおろそかになってしまったのではないだろうか。たとえば、流通業にとって真に重要なのは、高齢化社会にふさわしい新しい流通を確立するべく、『第二次流通革命』を行うことだ。しかし、デフレは、ゼロ・サムの下での『1円競争』に企業を追い込んでしまった。経済の成長にとって最も重要なのは、新しいモノやサービスを生み出す需要創出型のイノベーションである。(中略)デフレは、日本企業のイノベーションに対して、そうした『プロダクト・イノベーション』からコストカットのための『プロセス・イノベーション』へと仕向けるバイアスを生み出した。これこそが、15年のデフレが日本経済に及ぼした最大の害悪ではないだろうか。」(P211)

  そして次に、「どうして日本だけがデフレになったのか?」ですが、著者は「日本の賃金決定に生じた大きな変化」がその理由だとして「1990年代後半、大企業を中心に、高度経済成長期に確立された旧来の雇用システムが崩壊したことにより、名目賃金は下がり始めた。そして名目賃金の低下がデフレを定着させた。」(P212) として、バブル崩壊後、経済が長期的に停滞する中でかつて「終身雇用」といわれた日本の大企業における「雇用」の変化を挙げています。貨幣数量説がデフレの有効対策になりえない理由を説明することろでは、経済の数式や、経済学者の論争などが登場し専門家でないとわかりにくい説明もありますが、日本での1990年代からの民間や政府の間で言われたデフレ論争の歴史など簡潔に紹介されていて、興味深く読めます。