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「第二の家」ブログ|藤沢市の個別指導塾のお話

ブラック先生の個別指導塾日記001「ニュートン」

2020.03.03 12:30


「さぁ、ちゃんとやるのか、今すぐ帰るのか、どっちか覚悟を決めろ」


巨漢で長髪で全身黒づくめの家庭教師だという男は僕にそう凄んで見せた。確かに、こっそりサボってばかりの僕がいけないのはわかる。ただ、大切なことは、ここが僕の部屋だということだ。


「帰るってどこに帰るんですか?」


僕としては当たり前の疑問だったのだが、彼にとっては違ったらしい。見える血管が2つは増えた。


「さぁて、どこへだろうなぁ」そう言いながら男はポキポキと指を鳴らす。


もう爆発寸前だった。もうちょっとだ。ここで爆発してくれれば、いつもみたいに家庭教師交代のお願いをママにして、しばらくこの無駄な時間が消える。家庭教師なんていなくても勉強はできる。大人は邪魔なだけだ。


「いい加減にしないと…」


お、これはいい感じ。怒鳴るか、怒鳴るか。


「ハトが出るぞ」


ポン、という音とともに、先生の胸から突然ハトが飛び出した。手品だ。え、でも、なんでこのタイミングで?マジック?混乱しながらも、あまりにも予想外すぎて僕は「ふっ」と笑ってしまった。


「…先生、面白いね…」思わず僕はそう呟いていた。


「だろ?」と先生はニカっと笑った。それが僕らの初対面だった。




「どんな行動にも、必ずそれと等しい反対の反応があるものである」


それからどれくらいの月日が経っただろう。中学受験を一緒に闘ったわけだからもう出会ってから約7年か。珍しく僕が進路に悩んでいると言うと、先生は突然先程の名言を紹介してくれた。「これはな、リンゴは落ちるのに月が落ちてこない理由を発見した人の名言」と先生は言った。「ニュートン?」と僕が答えると、先生は「さすが」と笑った。僕はそんな風にして始まる先生の雑談が好きだった。


「進みたい進路があるけど、親にも友達にも反対される」


僕のそんな相談から、話はなぜかニュートンの生い立ちに及んでいた。


「ニュートンはな、意外や意外、めちゃくちゃ壮絶な人生を送っている。未熟児で生まれ、学校ではいじめられ、その学校も親の都合で農園を手伝うために辞めさせられて、もちろん全然お金も持っていなかった。でもね、彼は勉強が好きだったから、とにかく自分を貫いて、バイトもしながら大学に入学。そして、驚くべきことにそこから僅か5年の間に、『万有引力(重力)の法則の発見』『微分積分の発明』『光のスペクトル分析』等、多くの偉業を成し遂げたんだ」


「やばいやつじゃん」


「そう。結構やばいやつ。そんな彼が言ったのが、さっき紹介した名言だ」


「どんな行動にも、必ずそれと等しい反対の反応があるものである?」


「そう。難しく言えば、作用反作用ってやつ。聞いたことあるでしょ」


「うん。壁を殴ると自分の手も痛いみたいな」


「そう。いいかい、君が動けば、至る所で色んな反応があるものだよ。でも、忘れちゃいけないのは、これが君の人生ってことだ。色んな反応を集めながらさ、考える材料にしながら、最後は君が決めるといい。いつだってそれが正解になる」


先生はいつものようにニカっと笑った。見た目黒鬼のような先生が笑うから、その分インパクトもでかい。先生はその奇天烈な行動とは裏腹に、底抜けの優しさと確かな指導力を持つ人気家庭教師だった。愛称はブラック先生。理由は見ればわかる。


「あと、ニュートンにはこんな名言もあるぞ。私が遠くを見ることができたのは、巨人たちの肩の上に乗っていたからである」 


「巨人?」僕の頭の中に現れた黒い巨人。それは先生の姿をしている。縦だけじゃなく横もでかい。見た目、完全なる悪役だが、それが割といい奴なのを僕は知っている。


「そう、巨人だ。数々の偉業を成し遂げたニュートンは、それが先人たちからもたらされた学びのおかげだということを比喩を使ってそう表現したわけだ」


「巨人の肩の上か…なんなら本当に乗れそうだしなぁ」


「ん?なんか言ったか?とにかく、今の時代は彼が生きていた頃よりもずっと巨人の肩の上に乗りやすい時代だ。例えば、ネットの世界に踏み込めば、良くも悪くも情報は沢山ある。そこから本や論文も探せるしな。君が、たとえ誰からも反対されて孤独だと思ったとしても、それは間違いだ。いつかの誰かが、きっと君の味方になってくれるに違いない」


「そして、ここにも」と先生が言うか言わないかぐらいで、僕は「ありがとう、先生!」とお礼を言って、「おい、折角のいいところで」と先生に突っ込まれた。


でも、おかげで腹は決まったんだ。僕が将来なりたいのは、先生みたいな先生。だから、国公立の教育学部を受けることにする。「今時先生なんて大変な仕事を目指さなくても」とみんなに言われたけど、「俺もこんなんだけど昔は学校で教師やってたんだぞ」と語る先生はいつも楽しそうだったから。





あれから。


僕は希望の大学に入学後、みっちり勉強して教員になり、その後色々あって、今は塾の先生として日々日々楽しく働いている。


僕が働いているのは、海の見える街にできたブラック先生の塾。名前は「第二の家学習塾」。なんだかダサい。でも、それも先生らしくて悪くないかなとは思う。


あの頃おっさんだった先生は、さらに見事なおっさんになっていたけれど、元々老けていたから生徒たちに言われる年齢は今も昔も「55歳?」で変わりないらしい。


今日さ、中学受験の子に「ニュートン算」を教えていて、久々に先生のあの言葉を思い出したよ。思い出しながら、一つ胸を張って誇れることを見つけたよ。


これが僕の人生ってこと、僕はちゃんと忘れてない。ここまで、いろんな道を通ってきたけど、後悔はひとつもない。全部自分で決めてきた。そして、これからも。


ちなみに、近くに居る巨人はデカくなりすぎて、体調が少し心配だ。



ニュートン

1642〜1727年。英国の哲学者・物理学者・数学者・天文学者。22歳の時、万有引力を発見。微分積分を発明し、光のスペクトル分析や運動の法則発見など数々の業績を打ち立てる。ちなみに、運動の法則とは「慣性の法則」(物体は力が加わらない限りそのままの状態を維持し続ける。あの電車とか車が止まると前にぐわっと動いちゃうのが慣性)、「力と加速度の法則」「作用反作用の法則」のこと。なお、未熟児だったが84歳まで生きた。



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この物語はフィクションです。