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さいたま自死遺族の集い*星のしずく

知ること

2020.03.04 11:28

先日、NHKクロ現(クローズアップ現代)で、『見過ごされてきた災害時の性被害』という番組をオンエアしていました。

ご覧になった方も多いかと思います。


私にとって、まるで知らないことでしたので、本当に愕然としました。


◆番組詳細はこちら◆


被災者、そして更にそこから派生した問題(二次被害)。

その当事者、被害に遭われた方々が声を出さないと知り得ないことがあるのだと、しみじみ考えさせられたのです。


被災した困難な生活状況の中で、セクハラ、性的虐待、暴行に遭われた方々の苦悩や悲痛は、経験のない私にとって、あくまで想像の域でしかない。

だとしても、被害者の上げた声をピックアップした番組をきっかけに、その実態を“知ること”は、やっと出来たのです。


それを考えると、大切な人に自死で先立たれた『自死遺族』の苦悩や悲嘆も、経験してしまった者にしかわかるわけないのですし、もし何か具体的な偏見に晒されたのであれば、当事者が声を上げない限り、まわりの人々は知り得ないことなのですね。


亡き子の弔問に三年間いらしてくださっている(当時の)校長先生は、たまたまウェブ上で私のブログを目にしてしまったらしく、今年1月にお会いした時に、

お母さんが、これほどまでに悲しみ苦しんでこられたのは、想像以上のことでした』というようなことを申し訳なさそうにお話しされていました。


けれどそれを責めたり、気を悪くしたりするようなことは私はありません。

むしろ、(こんなどうにもできないほどの)悲嘆を書き綴ったものを読んでくださり、少しでも知っていただいた上で正直な気持ちを話してくださったので、誠心誠意のようなものを感じましたし、有り難い気持ちにもなりました。


私だって当事者でなければわからない心情、なにかのきっかけでもなければ知り得ない事件や問題もあるのだなと、此処Amebaにアップされている数多くのブログを読ませていただいて思うことがありますから。


経験をした者でなければわからない苦悩、悲嘆、不安、はたまた絶望的な心境。

あって当然です。

けれど、だからといって“知らぬ存ぜぬ”でいるよりは、知る機会があったときには“せめて知ること”は、ためらわず積極的にしていきたいなと思わされました。


同じような苦悩を共有して寄り添うことができないとしても、声をあげた人々の問題を陰ながら一緒に考えることはできる。

“必要とされるなら”、微力でも手をさしのべたり、さりげなく寄り添える場面もあるかもしれません。

(そこには慎重な配慮が必要でしょうけれど)


非常にデリケートな問題であればあるほどです。



私は、我が子の自死(自殺)に遭い、絶望的な心境に陥るということを初めて体験しました。

知らなくてよいと言い切れるほどの底知れぬ悲しみや苦しみ、後悔、自責があることを経験してしまいました。

言葉では十分に説明がつかない、独特な心的ストレスを伴う酷い状態の時もありますが、今、小出しにでも心の内を文章にできるようにはなってきたので、こうしてアップしています。

自分の悲嘆に、ある程度向き合うことはできるようになっているんだと思います。


………しんどいときもありますが、休み休み無理せずに、なんとか、ヨチヨチであろうと、この先を歩いて行けるようにと。


📷2月下旬に、埼玉県秩父長瀞駅近くの、宝登山に登り、満開の蠟梅を観てきました。

気のおけない天使遺族さんたちと、それぞれの亡き子を心の中に引き連れての散策は、今の私にとって心身ともに解放できる大切な時間の一つになっています。


📷地元名物の味噌豚丼(これでも小盛り)。

逝ってしまうその日の朝まで食欲旺盛だった亡き子に食べさせたかったな~。

よだれを垂らして私の横で見ていたかな? 見ていてほしいなぁ。


📷そして、亡き子とおばあさん(実母)の仏壇土産は『蠟梅お線香』です。

お土産品として、お線香に目がいくようになったのも、我が子に先立たれてからだっけ………。


もうすぐ来るお彼岸に、このお線香をあげようかなと思っています(^^)。

星のしずく*管理人



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