Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

vol.1 Proust 失われた時を求めて  —ヴァントゥイユのソナタと小楽節—

2020.03.06 23:45

マルセルプルースト の 失われた時を求めて と

そこに登場するヴァントゥイユのソナタを中心に

プルーストと音楽との関係をテーマにしたパリでのコンサートの日程が近づいてきました。




ロマンチックで繊細で、、、

準備しながら色々なイマジネーションやインスピレーションが沸き

この素敵な世界観に浸ってしまう日々です。




文学と音楽というこのような芸術作品のコラボレーションに関係するプロジェクトが大好きで

新たな発見やインスピレーションが湧くたびに

とってもワクワクしています!!




マルセルプルースト は19世紀後半からベルエポックの時代にパリで活躍した作家。

半生をこの長篇小説「失われた時を求めて」の執筆に費やしました。



芸術への信仰が深く、とくに音楽が大大大好きで様々な音楽家と交友のあったプルースト 。

この作品はそんな彼の音楽愛に溢れていて

また彼の音楽に対する深い洞察力を

沢山見ることができます。





音楽という存在に対する価値観、考え、

登場人物の心情、状況と音楽の繊細な描写、表現。


またインスピレーションに富んだ

彼のヴァントゥイユソナタとそのフレーズに関する構想や表現....





全てが深くてきめ細かくて哲学的でもあり、

そして捉え方や喩え方が美しく

また作家からみた音楽という

音楽を専門としている私や周りの環境とは違った

新たな視点での音楽の思想は


たくさんの刺激と感動を与えてくれます。




というのも、このヴァントゥユのソナタというのは架空のソナタ、本の中の "登場人物"であり実際には存在しないのです。

なのでこのソナタに関する描写はオリジナル、空想の世界。



存在しない曲に対してこんな細かくてインパクトのある描写ができるなんて、、、、

そのプルースト の感性の豊かさと美しさには

本当に驚愕。




このヴァントィユのソナタの構想にあたって、

どのソナタをモデルにしたのか? という議題が研究されてきて、多くの "ヴァントィユ候補作品 "が挙げられています。



そこで、この失われた時を求めての中の

音楽描写やソナタに関する文章をもとに

私なりの解釈で、

実在のソナタとプルースト の交友関係や証言をもとに比較して

作品の文章や世界観と重ね合わせ紐解いていこうというテーマに沿ったコンサートです。





今回主に取り上げるのは

失われた時を求めて全7巻のうちの1部、

スワン家の方へ、からスワンの恋。

(というのもヴァントゥイユソナタはこの部分に主に登場するので。) 


スワンという青年と

オデットという女性との恋のお話で

このヴァントィユのソナタの小楽節(フレーズ)というのが

この恋のカギ!として物語を導きます。


この小楽節が心にもたらす影響

それらの結びつき、

またプルースト 自身が

音楽が人やその人生に与えるもの

音楽そのものの存在の意味をどう捉えていたか

とうのがこの作品を通して存分に味わえます。



今回はそんな小楽節が物語の中で果たした役割、

また小楽節とはいったい何者なのか?

というその存在そのものについてを中心に


プルースト の美しい視点と感受性に溢れた

作中のステキな文章と共に探っていきたいと思います。






スワンはある夜会で偶然耳にしたヴァントィユのソナタの小楽節(フレーズ)に

一瞬で心を奪われ、

まるで道ですれ違った名前も素性も知らない女性に恋をしたような気分になってしまったのです。


帰宅した後も、またその彼女にすぐに会いたくなってしまう

=そのフレーズを聴きたくなってしまう


のですが、

夜会で一瞬だけ聴いただけで

この曲が誰の何の曲なのか、全く見当もつかず、また探す手段もなく....という状況が描写されています。



ここの部分にも、そして全体にも言えることなのですが、

この作品で目を引くのは、 

音楽や心情を多様なほかのものに喩える、比喩表現の豊かさ 

だとわたしは思います。


小楽節を女の人と喩え

音楽に抱いた感情を表す文章がとっても繊細ですてき。✨





[彼はあたかも通りがかりにちらりと見かけた女によって、生活の中に新しい美のイメージを持ち込まれた男のようだった。


その新しい美のイメージはこの男の感受性にこれまで以上の価値を与えているけれども、


そのくせ男は自分が愛してしまっているこの女、

名前さえ知らないこの女に、はたして再会できるかどうかもわからないのである。]








[たそがれどきのしっとりした空気にただようばらの匂が鼻孔をふくらませるように、


通りすがりに彼の魂を異様に大きくひらいた


あの楽節かハーモニーかを


—それが何であるかを彼自身も知らなかったが—


心のなかでまとめてみようとつとめたのだった]







そしてこのフレーズとの出会い、たったこれだけの小さな経験が、

彼の人生への価値観、生き様さえにも大きく影響を与えるのです。






[音楽だけが一種の特別な影響力を持っているかのように、


彼は再び現実に対して自分の人生を捧げたいという欲望、


ほとんどそうする力といったものを感じた。]







数年後、彼はオデットという女性に出会い

そこで彼女と出席したあるサロンの夜会で

突如偶然にそのヴァントゥイユのソナタが演奏され、

ついに彼はあの心を奪われたフレーズとの再会を果たし、これがどの作曲家の、何の曲か知ることができたのです!


探し求めた最愛のフレーズとの再会の場に

最愛の人と立ち会える。



タイミングと心情が重なり合い、

このヴァントィユのソナタのフレーズは

2人の愛のモチーフとして捉えられていきます。




[まるで彼らの恋の国歌のようなヴァントィユの小楽節.....] 




[自分の恋愛のしるしのように、

その記念のように見なしていた。]







物語は進み、時が経ち、オデットの心がスワンから離れてしまって苦悩の時期を送っているスワン。

そんな時にたまたまある夜会で

あのソナタのフレーズが演奏されたのです。





[突如として、

まるで当の彼女が入ってきたかのような感じがして、

しかもこの出現が心を裂くような苦痛だったので

彼は心臓のあたりに手をやらずにはいられなかった。


それはヴァイオリンの音が高く上がっていき、

まるで何かを待ち受けるように

そこにとどまっていたからで、

すでに期待の対象が

近づいてくるのを認めた興奮にかられ

しかもそれが着くまでなんとか持ちこたえよう、息を引き取る前にそれを迎え放せば

閉じてしまう扉を手で押さえているように、

しばらくの間最後の力を振り絞って、

それが通れるように道を開けていようと、

絶望的な努力で

高音を維持しつづけているのだった。



そしてスワンははっと気がついて


[これはヴァントィユのソナタの小楽節だ、

聴いてはダメだ!]


と自らに言い聞かせるより早く、

オデットが彼に夢中だった頃の全ての思い出、

その日まで彼が自分の存在の奥深く、

目に見えないところになんとか押し込めてきた

全ての思い出は、

愛し合っていた頃の光が突然
またさしてきたのだと思い込み、
その光にだまされて目の覚ますと、
はばたいて一気に空にかけあがり、
現在の彼の不幸などお構いなしに、
狂ったように
忘れていた幸福のリフレインを歌い始めた。]







[今や彼には、
この失われた
幸福独特の蒸発しやすいエッセンスを
永遠に定着したすべてのものが
再び見出されたのだった。]





この小楽節がスワンの心にもたらすなんとも大きな衝撃と存在感。。。

耳にすると一気に時代や現実を超えて、

心の奥底に閉ざしたはずの感情、思い出を

前面に引っ張り出されてしまうような、

このパワーってすごい。




音楽が人の心に瞬時に浸透し

それによって心が身体が、

意識とは逆の反応を咄嗟にしてしまう


無意識にでてくる涙を必死に抑えようとするも

涙がどんどんでてきて鼓動が高まるみたいな...




頭でわかるよりも早く、

ダイレクトに心の中に浸透してきてぎゅっと掴み

一瞬のできごとなのに、

それに触れられた心には

その感覚がずーっと居座る

音。




そんな音色に出会った時の衝撃と喜びと言葉にならない感情が混ざったときのような感覚かな。

なんて。😊






[(ヴァイオリンの音色に託されたこの小楽節に対して)


人をあざむくセイレン(人魚)の声にまだ惑わされることがある。


時にはまた精巧な箱の中に何かの精霊がとらえられていて、
聖水盤の中の悪魔のように
魔法のかかった小さく震えるこの箱の底で
じたばたしているのが聞こえるような気がする。


さらにまたときおり、この世のものとは思われないなにか純粋な存在が
目に見えない伝言を述べながら、
空中を過ぎていくようにも思える。]



ヴァイオリンの音色に乗せられたこの小楽節が

どれほどスワンの心を惑わし、蝕み、揺さぶるのか


音の中にまるで邪悪な妖精が存在しているかのようなこの独特の表現。🌟







[小楽節が彼の恋を守護し、
その一部始終を聞いてくれている女神で、


しかも人々のいる前で彼のそばにまでやってきて、
彼を脇に連れて行って話しかけるために


この音楽に身をやつしたかのようにその存在を眼前に感じていた。]






[小楽節が軽やかに、慰めるように、ほんのりと香水の囁くように、彼に言うべきことを告げながら通り過ぎるあいだ.....


(中略)
逃げるように過ぎてゆくその美しい身体に、無意識のうちにくちづける動作をしていた]






[彼はもう追放の身であるとも
孤独だとも感じなかった。


なぜなら小楽節が彼に語りかけながら
オデットのことを小声でささやいてくれたからだ。


この小楽節はしばしば彼の喜びの証人だったではないか。


なるほど、これはまたしばしばその喜びのもろいことを彼に警告してもいた。]





心の奥底にしまいこんでいた思い出を

小楽節との不意の再会によって露わにされてしまい

苦悩のなか小楽節を拒絶しようとさえもしたかと思えば、


その音楽の流れに身を任せてついてったことにより

諦めの優美を見出し


最後にはこの小楽節が傷んだ心に入り込んで癒してくれる女神ような


まるで心に寄り添ってくれる唯一の味方なような存在になっていきます。



そんな魔法や希望を音楽にみて

このように言葉で表現したプルースト の感性に

心を打たれます。❤️


そしてそのような音楽と人の心のつながり

エッセンシャルといえるこれこそが


私が音楽をする理由でもあります。




どんな時も、

心に一瞬でスーーっと入り込んで

辛い心を支えてくれる一筋の光、

女神様のような音楽の存在、



そんな自分の心や、

大切な人との間に寄り添ってくれる

特別なフレーズの存在、


それだけで人生観がまるでかわってしまうような 

希望の光となる

人と音楽、または芸術との関係って

ほんとうに素敵だなぁと。



またそれをヴァイオリンで表現するチャンスのある自分は幸せだなぁと


つくづく実感するのです。



岡村亜衣子