いつもいっしょだよ
ともちゃんは、千葉県の芝山町でのんびり暮らす女の子。
大晦日の日、ともちゃんは色々なところに出かけて汚れた車を、ガレージできれいに洗っていました。
車は、トヨタのヴィッツ。初心者も運転しやすく、どこでもよく見かける車種です。中古で、走行距離が少なく状態もとても良いのに、そんなに高くなく買うことができたのです。色は、ぱっと見た感じはグレー。
「でも、ほんとはピンクなのよね」
「知ってるから」
ともちゃんは、ヴィッツの窓をブラシでこすりながら言いました。
「何よ~そっけないなあ。夕日に輝く私のピンクのボディ、よく見てるでしょ」
「私がこうしてきれいにしてるから輝いてんのよ」
「それにしても、もうちょっと頻繁に洗車してほしいのよね~。あんたが農道ぶっ飛ばして水たまり突っ込むから、すぐどろんこになるのよ。どろんこで走ってるのも、気持ち良くないもんだよ」
「洗車だって意外と大変なんだよ」
ともちゃんは、そう言いながらブラシにせっけんをつけました。
「大体、日頃から飛ばしすぎっ。カーブでの減速は足りないし、バック駐車はここでさえ何度もやり直すし」
「うるさいな…」
「運転“されてる”立場のこととか、考えたことある?壁やら縁石やらにぶつかる度に、車はこわい思いするのよ。運転するのはあなただから、避けようがないのよね」
「私だって一生懸命運転がんばってんだよ」
運転がうまくなくて失敗してしまうのは自分の責任だと分かっていても、ともちゃんはだんだん悔しさがこみ上げてきました。
「まだまだ未熟よ。せっかくいい状態であなたの手に渡ったのに、もういくつか傷ついちゃったな~。そんなわけで、せめて今日はピカピカにしてよねっ」
「お前のためじゃないからな、自分が乗るために洗ってんだからな!」
ともちゃんはバケツを持ち、くるっと背を向けて水道に水を汲みに向かいました。
「あっはっはっはっは」
ヴィッツが声高らかに笑いました。ともちゃんは地面に崩れ落ちました。そして、水風船が割れたように、わあっと泣き出しました。
泣き声を聞いて、しばっこくんとタバスキーが駆けつけてきました。
「ともちゃん、どうしたッコ?」
「ヴィッツ、女の子を泣かせるなんて!」
タバスキーが腰に手を当てて、ヴィッツの前に立ちはだかりました。
「女が女を泣かせて何が悪いのよぉ」
タバスキーは、ヴィッツを無視してともちゃんのところに駆け寄りました。
「ともちゃん、大丈夫?」
ともちゃんは涙をぬぐって、顔を上げました。
「二人とも、洗うの手伝ってくれる?」
「うん!」
タバスキーとしばっこくんは、元気よくうなづきました。
ともちゃんが側面をブラシでこすり、タバスキーが細かいところをぬれ雑巾で拭きます。しばっこくんは、ともちゃんの手の届きにくい天井にのぼってきれいにします。
「車の寿命ってさ、短いんだよね。私は22年間親元にいたけど、その間に車が3回か4回くらい変わってるんだ。親が買い換えすぎだったのかもしれないけど、車を変える理由って、故障や劣化以外にも、世帯の人数が変わったり介護が必要な人が出てきたり、色々あるんだよね。いずれにしても、この子との付き合いも何年になるか分からない。そんなに大きくないし、初心者向けの車だしね…」
ともちゃんは、側面の下の方の泥をこすり落としながら話しました。
ヴイッツは黙っていました。
「趣味で50年前とか100年前の車を改装しながら乗ってる人はいるけど、そこまではできないし…私は100歳まで生きたいし、タバスキーやしばっこくんは、丹波山村や芝山町と、この先もっと永く生きていくわけだ。この寿命の短い人間である私は、きみたちとどのくらい一緒に頑張れるか分からないけど、命が与えられている限りは、村や町やきみたちのためにできる限りのことはしていきたい。同じように、ヴィッツのことも一緒にいられる限り幸せにしてあげたいんだ」
「ともちゃん…」
タバスキーは、一瞬手を止めてともちゃんを見つめました。
「この子はうちに来る前、お金持ちの家のセカンドカーだった。もっと大きくて豪華なメインの車がいて、そっちばかりちやほやされて、この子はあまり相手にされなかったらしい。その車にもいじめられていたんだって。ずっと辛くてさみしい思いをして、耐えてきたんだ。多少口がきつくてもおかしくないよ」
「そうだったんだね…」
しばっこくんは天井に乗ったまま、ヴィッツを見つめました。
「それが今、独立して新生活を始めた私の手に渡った。確かに初心者向けの車で、車種も色もどこにでもあるかもしれない。実際、同じグレーのヴイッツとよくすれ違うよ」
「ピンクね」
「分かってる。…いずれにしても、初めてのマイカーだし、できるだけ長く大切に乗りたいんだ。運転がまだまだ下手で、何回かぶつけてきた…どんな車でも、安全に運転されて大切にされることが何よりの願いだと思うんだ。頭では分かってても、実践するのはなかなか難しい。それだって、定期的にきれいにしてあげて、この子と一緒に運転を上達させていきたいんだ」
ともちゃんがホースでヴィッツに水をかけ、タバスキーとしばっこくんは水がかかるところをブラシでこすりました。
3人で力を合わせて、ヴイッツはピカピカになりました。
「ふぅ。タバスキー、しばっこくん、手伝ってくれてありがとう。おかげで、すっごいきれいになったよ」
「そう言ってくれて、うれしいッコ!」
「僕もうれしいよ。ふう~…今日はあったかいなあ」
タバスキーは、空を見上げました。4時半の鐘がなって、夕日がやさしく照らしています。
「3人とも、ありがとう。ともちゃん、私のことすごく愛してくれているのが、いつも伝わってくるわ。ともちゃんは、私のオンリーワンの持ち主よ」
ヴイッツは、そう言ってウィンクしました。
「私にも、あんたはオンリーワンの車だよ」
ともちゃんは、にっこりして言いました。
あとがき
こんにちは。最後までお読みいただき、ありがとうございます。
昨年3月9日の納車から一年を記念し、昨年の大晦日にはじめて手で車を洗った時のことをお話にしてみました。
よくある車種でよくある色で中古の車だけど、通勤も買い物も旅行も、いつも一緒であり、私にはかけがえのない存在です。
車は、持ち主の心を写し出す存在だと思っています。おおざっぱな人の車には傷がいっぱいついてしまうし、丁寧にお手入れをして大切にしている人の車は、とても輝いていると思います。
私は田舎暮らしで比較的安全な地域にいますが、それでもひやっとしたことや、失敗してしまったことが、この一年でもたくさんありました。
どこかに行くにしても、誰かに会うにしても、車はなくてはならない存在です。
失敗してきたこと、傷つけてしまってきたことは本当に申し訳ないです…が、ヴイッツと一緒にいる限り、これからも大切に乗り続けて、運転を上達させていきたいと思います。