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一号館一○一教室

ポー著『赤死病の仮面』

2020.03.12 08:33

新型コロナウイルスの足音を
聞き取ることができるのかもしれない


163時限目◎本



堀間ロクなな


 どういう風の吹き回しだったか忘れてしまったけれど、高校の英語の授業でコワモテの教師がふいに告げたのだ。ポーの『赤死病の仮面』(1842年)を原文で読むと怖いぞ、と……。その口ぶりがいやに真に迫っていたので、ズボラなわたしもさっそく書店でEdgar Allan Poeの短篇集を買い求めて、辞書の助けを借りながらThe Masque of the Red Deathにトライしてみたところ、確かにぞくぞくと下半身から戦慄が這いあがってきた。



 こうした昔日の記憶がよみがえったのは他でもない、昨今の新型コロナウイルスをめぐる阿鼻叫喚に刺激されてのことだ。あまつさえ、現在の自分ならどうだろうと思い立ち、ふたたび試してみることにした。アメリカのポー博物館がネットに公開しているテキストをプリントして、創元推理文庫版の『ポオ小説全集』第3巻に所収の翻訳と見比べながら読んでいく。まあ、10代のころのデリケートな感受性なんぞとっくに消え失せたいま、英語とにらめっこしての戦慄もないだろうと高をくくっていたところ、その予想はあっさり覆されて、月並みな表現ながら、冷たい手で心臓をつかまれるような気分を味わったのにはわれながらびっくりした。



 いつの時代のどこの国のこととも知れぬ物語――。



 恐るべき「赤死病」が跳梁してすでに住民の半数が死に絶えた。そこで、領主は宮廷の貴族たち千人ほどを伴って堅牢な城に閉じこもり、たっぷり用意された美酒美食の逸楽に耽りながら月日をやり過ごしていた。半年ほどが過ぎて、悪疫がさらに猛威をふるいつつあるころ、城内では盛大な仮装舞踏会が催され、貴顕の男女がそれぞれに贅を凝らした装いで乱痴気騒ぎを繰り広げるうち、次第に夜は更けていく……。わたしが震撼したのは、このあとに続く個所だ。先に日本語訳を掲げる。



 「しかし今度は、時計の鐘は十二だけ時を報ぜねばならない。そこで、時間が長びくだけそれだけ、踊り狂う人たちのなかでも思慮深い者たちは、これまでよりもいっそう深く考え込んでしまうようなことにもなったのであろう。そしてまた、これもやはり同じようなわけからであろうが、時を報ずる最後の鐘がすっかりひびきおわるまでに、この群衆のなかの多くの者たちにもある時間的なゆとりが生じて、これまで誰の目にもとまらなかった一人の仮装人物の姿に気づくようなことになったのであろう。そしてこの新しい人物のうわさが人々の耳から耳へささやくように語りつたえられてしまうと、ついに一座の者たちの中からは、何かぶつぶつがやがやと呟く声がおこってきた。それははじめ非難と驚愕の気持をこめた呟きであったが――やがてついに、恐怖を、戦慄を、そして厭悪を示すようになった」(松村達雄訳)



 新たな仮装人物の正体は明らかだろう。かれはごった返す舞踏会場へきたのか、それとも、われわれのひそやかな内面にやってきたのか。ポーの原文を辿ってみよう。



 But now there were twelve strokes to be sounded by the bell of the clock; and thus it happened, perhaps that more of thought crept, with more of time into the meditations of the thoughtful among those who revelled. And thus too, it happened, that before the last echoes of the last chime had utterly sunk into silence, there were many individuals in the crowd who had found leisure to become aware of the presence of a masked figure which had arrested the attention of no single individual before. And the rumor of this new presence having spread itself whisperingly around, there arose at length from the whole company a buzz, or murmur, of horror, and of disgust.



 かつて教育熱心な教師の薫陶を受けながらも英語が身につかず、これまでほとんど英語と縁のない生活を送ってきた者には、上記の文章がどうしてわが身をぞっとさせるのか分析する力はない。そこにはおそらく天性の詩人による手練手管が駆使されていることだろう。ただひとつだけ、わたしなりに理解したのは、声に出して朗読してみると、下線を付した「of」が出現するたびにリズムが脱臼して、みずからのおののく鼓動のようにも、新たな仮装人物が一歩一歩迫ってくる足音のようにも聞こえるのだ。



 人類の発祥以来、ウイルスとのあいだで壮絶な闘いを繰り返してきた歴史はわれわれのDNAに深く刻み込まれているはずだ。新型コロナウイルスに対しても顔をそむけるばかりではなく、じっと耳を澄ませてみれば、その忍びやかな足音を聞き取ることができるのかもしれない。