「好きを深めるためにとことん投資をする」ことから複業を始めてみるー田中あゆ美(司法書士/起業支援専門家)
今回インタビューを行ったのは、司法書士でありながら、講師業や、自分で会社まで立ち上げたパラレルキャリアを形成する田中あゆ美さん。
「人と人をつなぐこと」をテーマにする田中さんの活動は、多くの人を繋ぎ、巻き込んで、そこに笑顔を生んでいる。
「点ではなく線で仕事をしたかった」と語る田中さん。本業と複業を掛け合わせることによって生まれる相乗効果や、そこに生まれる「信頼」という言葉。
そして、司法書士だからこその、パラレルキャリアで起業することへのアドバイス。
そこには、「好き」を形にし、本業と並行して人を笑顔にし続ける田中さんだからこその言葉があった。
<Profile>
田中あゆ美
司法書⼠⾏政書⼠あゆみ総合法務事務所代表/株式会社アンサソス代表取締役/⼀般社団法⼈ ⽇本先端科学技術教育⼈材研究開発機構理事/TECH PLANTERプロフェッショナルパートナー/startup bootcampメンター/スタートアップカフェ⼤阪相談員/数理⾔語教室ば⾮常勤講師/その他一般社団法人理事、株式会社監査役などを務める。
京都市出身。司法書士でありながら、「人と人を繋ぐことを使命とする起業支援専門家」として、株式会社アンサソスを立ち上げ、数多くの起業家をサポートする。学生を対象にしたキャリア講義や、学生と社会人を繋ぐ対談会、自身の趣味である旅行の経験を活かした国内外のベンチャー企業のスタディツアーなど、その活動は多岐にわたる。
本業をしっかり持って複業にも活かすことが、結果として長期的な信頼関係の構築につながるんですよね。
ー田中さんは司法書士でありながら、株式会社アンサソスというご自身の会社も立ち上げられています。元々、田中さんはパラレルキャリアをしたい、という想いを持っていたんですか?
パラレルキャリアを最初から目指していたわけではなく、優先順位を熟慮した結果そのような働き方になっていたという感じですね。
私は司法書士試験に合格するまで5年もかかっているんですね。なので、資格取得にかかった時間を前向きに活かしたいと思い、社会人1年目に自分の「やりたいこと」の優先順位をじっくり考える時間を取りました。
ー自分にとっての「働く」とは何か、ということを熟考されたんですね。
ええ。考えに考えて(笑)その結果、私は働く上で、お金よりも「時間」を大切にしたいんだな、ということがわかったんです。興味のある研修や交流会に自由に参加できたり、旅行に行ったり、自身の経験を積むための時間の使い方に裁量がある状態を優先したいと思ったんです。
そのため、最初に入った司法書士事務所では、正社員としてフルタイムで働くという選択肢を取らずパートタイマーとして勤務させていただき、受験経験を活かして働ける場として講師業も並行して行いました。
その後、独立し、自分自身で司法書士行政書士事務所を立ち上げた時に、司法書士業でご縁があった起業家の方々と、講師業で出会った学生の方々をつないだんですね。それが私にとってとても楽しい嬉しい時間で。かつお客様に喜んでいただけている!ということで、株式会社を設立し人と人をつなぐ活動を本格化させていきました。
ーパラレルキャリアで「好きなこと」を仕事にして、司法書士の仕事とはどんな相互作用がありましたか?
複業ではスタディツアーや交流会など、「人をつなぐ」をテーマにしていて、そのテーマは司法書士の仕事にも大きなメリットをもたらしてくれました。
司法書士の仕事をする上での悩みのひとつが、自分の力だけではお客様が抱える課題を根本から解決するのが難しい、ということなんですね。
司法書士は登記書類の作成などを通して、会社の設立の手続きをサポートさせていただくことはできますが、お客様の本当にしたいことや悩みは会社を作った後、その先に継続して存在します。ですが、司法書士の代表的な専門業務である登記業務は、「会社を設立する」 「家を買う」など、大きなイベントが発生したらスポット的にご依頼をいただくことが多く、いわば「線」ではなく「点」でしか関われないことが多いんです。
ーなるほど。
でも、そんなときに、講師業でご縁があった高校生の方から「文系と理系とどっちを選べばよいのか」と進路の相談をされたんです。文系や理系を選ぶこと以前に、どのような選択肢があるのか、働くってどういうことか、どのような職業があるのかを学生に知ってもらいたいと強く思って。それで、司法書士業でご縁があった起業家の方々にお願いして、学生時代の話や、起業に至った経緯、取り組まれている業務についてお話しをいただく交流会を複業で企画して運営することにしました。
学生の進路選択の幅が広がったらいいな、という思いで始めた取り組みでしたが、回数を重ねるごとに、学生の方、起業家の方だけでなく、士業だったり、エンジニアやデザイナーの方など、教育に興味のある様々な分野の方が集まってくださるようになったんです。
「起業したい」「起業後悩んでいる」という方と、参加者の方をお繋ぎさせていただくと、司法書士の業務ではカバーしきれない分野をサポートしてくださったり、一緒に仕事をされることになったり、インターンとして働くことになったりと、起業支援のエコシステムのようなものが少しずつ確立されました。それが皆さんにとても喜んでもらえて、私にとってもものすごく嬉しいことで。この取り組みによって、これまで本業だけでは「点」でしか関われなかった方々と「線」の関係性を築くことができたんです。お客様の悩みの解消の場にも多く関わることができるようになり、複業を通じてこれまでの悩みが解消されました。パラレルキャリアがもたらしてくれた喜びですね。
ー複業の中でも、国内のみならず、海外の企業を視察するスタディツアーは、特に面白い試みですよね。
私は好奇心が旺盛な方で学生時代は本の虫でしたが、社会人になってからは本で読んだ景色や歴史的な建造物の訪問などにはまり、海外旅行が大好きになりました。以前から好きなことを仕事にしたい、という漠然とした思いはありました。ただ、司法書士というドメスティックな資格で海外へ、というのは現実味がないように感じたので、最初は趣味と割り切り楽しんでいましたが、海外ビジネスツアーに参加したことが大きな転機となりました。海外ビジネスツアーは衝撃の体験の連続だったんです。
ー衝撃、というと?
旅は誰と行くか、誰と会うかで見える景色、感じる内容が全く変わるんだということを直に体験して。それが私の中ですごい衝撃だったんですね。それで、この衝撃を伝えることを仕事にしたいと思いました。
参加者の方には、これまで会ったことがないような人に会えて刺激を受けることができた!目指したい方向がわかった!など喜んでいただきとても嬉しかったです。また海外の企業や働き方を目の当たりにすることで、「現地のやり方を参考に起業をしてみたい!」という参加者の方も出てきて、起業支援専門家としてサポートもできるようになりました。自分の「衝撃を伝えたい!」という想いと「人と人をつなぎたい!」という想いが実を結んだ瞬間でしたね。
ーなぜ「人と人をつなぎたい」という想いが生まれたのでしょうか?
私自身、人の笑顔を見るのが単純に好きなんですよね。お気に入りの漫画とかをオススメしあった時に、「あれ見たでー!おもろいなー!」って反応が返ってきた時、お互いに自然と笑顔になりますよね。その人がハマりそうなモノや人に出会った時の笑顔を見ることが最高に嬉しいんです。例えば、Aさんは私とじゃそこまで話が盛り上がらなくて申し訳ないけれど、AさんとBさんを繋いだら、きっとツボにハマるだろうなーって想像して、実際につないでみる。そこで笑顔が生まれたら、自分が見ることができる笑顔の数って、つないだ数だけ増えますよね。
スタディツアーの例だと、好きなことがわからなくてもやもやしていた学生の方が、シリコンバレーや東京の起業家と話したら、まさにハマって、自分は何がしたいのかがわかるようになったり、エストニアにハマって、現地で仕事がしたいという方が現れたり。場所や人をつなぐことで、ご自身の進路を決められたり、起業に踏み出したり、その人にとっての「ハマる人」「ハマる場所」にマッチングした時の笑顔に関われたことが、何よりも嬉しいんです。
これからの時代は、本業でベーシックインカムを稼ぎつつ、複業で自分の生きがいを実現する活動を行い、やる気を充電して働くことが当たり前になると思います。
ー今はパラレルキャリアで起業する方も増えていますよね。世の中的には複業ブームでもあります。
複業は「好きなことを仕事に」を実現する有効な手段ですよね。私自身も、起業当時は複業でマネタイズをできる明確な目処はなかったので、司法書士や講師業で定期的な収入があったからこそ、起業する勇気が出ました。
パラレルキャリアというのは、本業があるからこそ、リスクヘッジもできるし、リカバリーもしやすい。自分の中に多様性を持つことができるのは大きなメリットです。
ー司法書士目線から、パラレルキャリアで起業する方へのアドバイスはありますか?
勤務先での制約には気をつけて欲しいですね。禁止なのを知らずに複業をして、トラブルになってしまっては信頼を失ってしまいかねないので。
あとは複業をする際に、個人事業主として開業するケースと、法人を設立するケースがあります。
「法人を作るのはリスクがありそうで怖い!」というイメージがあるかもしれませんが、個人で仕事を受け債務を負うと個人資産が全て強制執行の対象なのでむしろリスクが大きい場合があり、意外な落とし穴なんです。
ーええ!そうなんですか!法人化する方がハイリスクなイメージがあります。
株式会社の場合は"間接有限責任"といって、お財布が法人と個人とで別になるので、自身が株主となり設立した法人の債務の責任を、個人の資産に対して追及されないというメリットがあるんですよね。これは法人の代表者が個人として法人の連帯債務者となったり、保証人になっている場合などは除いた場合のことなので、詳細は個別に専門家に相談をしていただけたらと思います。起業する際には会社法など基礎的な知識はある程度ご自身でわかっている状態を作るか、信頼できる専門家に相談をすることが重要かと思います。
ー会社員をしながら会社を立ち上げるのは、そこまで難しいことではないのでしょうか?
実は会社を作ること自体はそこまで難しいことではないんですよね。取締役も株主も自分だけという一人会社の設立も可能なので、一緒に起業する仲間がいなくても、実費でいえば20万円ほどの費用を支払い、必要な事項を決定し書類など準備すれば株式会社を設立することができます。
でも、会社員をしながら、複業で起業家として活動をするとなると、本業にリソースをとられるので、土日を返上して働いても、資金調達などをして事業に専念している会社と比べるとスピード感はなかなか出せません。私も一時は週8日働いていた気がするくらいの過密スケジュールでした(笑)
なのでリスクを取ってでもスピードを重視して達成したい事業であれば、資金調達をして専業で取り組んだ方が良いと思います。そこまで急いで成し遂げなくても満足できる事業であれば、まずは複業としてスモールスタートで様子を見て、「うまくいきそうだぞ」ってなったら、本業に割いていたリソースを徐々に複業に移していくのもオススメですね。
ーこれからの時代、パラレルキャリアで起業する、という生き方は、社会的にどう変化していくと思いますか?
これからの時代は、本業でベーシックインカムを稼ぎつつ、複業で自分の生きがいを実現する活動を行い、フットワーク軽く働くことが当たり前になるのではないかと思います。企業は、自社で働く人に対して、それぞれに異なる生きがいを実現できる業務を割り振るのは難しいし、逆に、個人が自分の生きがいとなる活動だけで食べていくのは現実的に考えてかなり困難な道ですよね。そこで企業はベーシックインカムが必要な人へ業務を提供し多くの人の力を借りつつ事業を継続し、個人は生きがいを実現する活動をするためのベーシックインカムを得ながら、その活動が事業化できそうなら起業したり、やりがいベースの場所に飛び出していく。そんな生き方がオーソドックスになるんじゃないでしょうか。
ー全員が全員、自分の「好きなこと」で生きていくのは難しいですよね。
そうですね。「好きなことだけでお金を稼いで生きていく」のはすごく難しいことだと思います。だからこそ、これからはその準備期間として、「好きなことをしながらお金を稼いで生きていく」ための複業が増えていくと思うんです。
例えばラーメン好きな人がそれでお金を稼ぎたかったら、たぶん日本中のラーメンを知り尽くして、同じラーメンファンのライバルと差別化して、本を出して、さらに運も試される。かなり大変な道だと思いますが、ラーメンの代金を支払って食べて幸せになるのは今すぐ実行できますよね。さらに、大好きなラーメンをお金を出して食べ続けていたら、いつのまにか誰よりも詳しくなって、テレビに出て、それがお仕事になって・・・なんてことにもつながるかもしれません。
なので、複業では「好きなことでお金を稼ぐ」という難易度が高いことを最初からは目標に設定せず、まずは「好きなことを深めるためにとことん投資をする」ところから始めてみるとよいかなと思っています。
ー本業で得た資金を元手に複業に投資して深掘りしていく訳ですね。
はい。さらに自分ならではの要素を1つ,2つと掛け合わせて、自分が好きな分野でオンリーワンの存在になれたら、いつか好きなことを趣味で終わらせるのではなく、無理なく本業にできる日が来るのではないでしょうか。
私は旅行と人と話すことが大好きです。今振り返ると楽しいからこそできたことですが、海外30ヶ国以上を訪問し、海外視察ツアーや起業セミナーなどに数多く参加して、自らもイベントの企画をしたりと、お金と時間を使ってばかりの5年ほどの投資期間がありました。その後「旅行企画」という趣味と「起業支援専門家」としてのキャリアを掛け合わせて、前述のようなスタディツアーを企画しています。
事業としてはまだまだ発展途上で、今後の展開を模索しているところです。でも、私がとりあえず言えることは、企画が終わったときに心から「あ〜楽しかった!」という気持ちになれるということです。どれだけ忙しくてもやって後悔したことは一度もありませんし、次の企画を考えるだけで本当にわくわくします。また複業をしているからこそ、価値観の合う方と出会うことができ、その方と本業でもつながることができます。
また素敵な人に会えるかな、皆さんの笑顔が見られるかなと楽しみに思うこの気持ちがあるからこそ、本業と複業と両立が大変な時も乗り越えるためのエネルギーが湧いてきます。複業が、私にとって「人と人とのつながり」を実感するかけがえのない時間なんです。