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のらくらり。

「ーーー」

2020.03.18 14:04

声が出ないルイスとウィリアムとアルバート兄様の話。

ほのぼの日常、ルイス甘やかし。


幼少期に世話になっていた孤児院のシスターが言っていた通り、ルイスは兄に比べて病弱だった。

病を発症する前はさほど気にならない健康体だったはずなのだが、心臓を患ってからは体調が万全だったことがない。

常に体はひんやり冷たく、全身には倦怠感が付き纏い、疲れはいくら休んでも消えることがなかった。

そんなルイスだからこそ、秋を終えて春を迎える頃までには数えるのも億劫なほどに風邪を引く。

ただの風邪で済んでいるのは運が良かったのだろう。

兄の懸命な看病のおかげでルイスの風邪は悪化することなく治癒してきたのだ。

けれども循環を司る心臓を悪くさせていたせいか、発熱や悪寒を改善させることがルイスの精一杯のようで、風邪が治ってもしばらくは喉の不調が続いてしまう。

痛くはないけれど、声が出ないのだ。


「ルイス、喉の調子は大丈夫かい?」

「ーーー」

「そう、良かった。あまり無理をしてはいけないよ、また風邪を引いてしまうからね」


兄の問いかけに音にならない言葉を出し、耳に届かない空気を感じて若干気が滅入る。

けれどもルイスが言いたいことは彼に伝わったらしく、安心したように柔らかい言葉を返してくれた。

優しいその音に頷くことで返事をしようと、ルイスはこくりと首を縦に振っては兄を見上げる。

昨日までつらそうに赤く火照った頬で呻くような息をしていたのに、今日になってちゃんと熱が下がったらしい。

それに伴い表情も明るく体も幾分か楽そうなルイスを見て、兄は「良かった」ともう一度だけ声を出した。


「またぐっと冷えてきたからね。今夜は冷えないうちに早めに休もうか」

「ーーー」

「本はまた今度読めば良いよ。今日はゆっくり休もう。ルイスの体の方が大切だ」

「ーーー」

「ふふ、そんな顔をしないで。本なんていつでも読めるだろう?」


優しい兄に心配と手間をかけてしまうことが申し訳なくて、ルイスは昨日に比べてずっと楽になった体を起こして彼の手を握って口を開く。

声は音にならなくて、ぱくぱくと薄く色付いた唇が上下に動くのみだ。

喉は少しも痛くないのに声が出ないことに苛立つけれど、不思議なことに彼はルイスの思いを的確に汲んで返事をしてくれる。

時間を惜しむように毎晩たくさんの本を読んで知識を吸収する兄の邪魔をしたくないと申し出ても、ルイス一人では体が冷えて眠ることが出来ない。

この孤児院に立派な毛布も羽毛布団もあるはずがなく、兄に抱きしめてもらい体を温めてもらうことで、ルイスはようやくうとうと出来るのだ。

一人では眠るどころか体調を崩してしまうだろう弟を放置する兄はいない。

それどころか、たった一人、他の誰より愛しい弟を自分から離れた場所で過ごさせるという選択肢すら存在しないのだ。

何の負担にもなっていないと、彼は申し訳なさそうな顔をするルイスを抱きしめて、熱の下がった額に小さくキスをした。


「…ーーー」

「…ルイス。君の病気が発症してしまったのは君のせいじゃない。ルイスが謝ることではないんだよ」

「ーーー」

「全く…自分の体がつらいだろうに僕の心配だなんて、ルイスは優しいね」

「ーーー」

「君がいてくれるから僕は今ここにいるんだよ。ありがとう、ルイス」


兄さんの邪魔になっている。

自分がいなければ兄さんの勉強の邪魔をしなかったのにと、ルイスは体の弱い自分を恨めしく思いながら唇を震わせた。

どうせ声にはならないのだから滲む気持ちのまま口を開けば、やっぱり彼はルイスの言葉を的確に受け止めて答えを返してくれる。

役立たずで足手まといな自分を必要としてくれる優しい兄に、ルイスの心は少しだけ晴れていく。

本当はもっと目に見えて彼の役に立ちたいけれど、今のルイスでは難しいだろう。

疎ましく思われていないことに安堵して、ルイスは優しく微笑み彼の肩に顔を埋めてからその顔を見上げて唇を開けた。


「ーーー」

「どういたしまして」


声にならない御礼の後に続けて、だいすき、と呟けば、分かっているよとばかりに頬にキスをされる。

その淡いキスがとても嬉しくて、ルイスはねだるようにその首筋に顔を埋めて甘えるように抱きついた。




「ーーー」

「ルイス?もしかして声が出ないのかい?」

「…」


アルバートに拾われ、モリアーティ家の住人を焼いてしばらくした頃。

冬から春に変わっていく寒暖差ゆえなのか、それとも気を抜けない生活から解放された心の緩みなのか、ルイスは体調を崩して風邪を引いた。

手術をして体も随分と強くなったと思っていたのだが、まだまだ無理は禁物なのだと己の体に諭されているようだ。

それでも数日寝込んでいた昔と違って回復力は増していたようで、一日寝込んだだけですぐに熱も下がり体も軽くなった。

ルイスは今までとは違う自分の可能性に少しだけ気分が向上し、夜通し懸命に看病してくれたウィリアムに礼を言ってから顔を洗うために一人部屋を出た。

そこでアルバートと会ったのだ。

そして彼が驚く様子を見て、初めてルイスは自分の声が出ていないことに気が付いた。


「ーーー」

「うん…?熱はもう良いのかい?」

「ーーー」

「喉の痛みは?他に気になるところはないんだね?」

「ーーー」

「なるほど、声が出ないだけなのかな?大変だね」


体調は普段以上に良いくらいだ。

けれども昔と変わらず風邪の後には声が出ないらしい。

慌てたように身振り手振りで風邪は治ったのだと、ただ声が出ていないだけだと必死に伝えようとアルバートに縋れば、その様子から大方の状況を察してくれたようだ。

アルバートは苦笑しながらルイスの髪を撫で、あまり無理をしないように、と声をかけてくれる。

大きく優しいその手に元気を貰い、ルイスははにかむような笑みを浮かべて唇を上下に動かした。


「声が出ないのなら色々不都合も出てくるだろう。一人で行動するのは望ましくないな」

「…」


ウィリアムはルイスが声を出さずとも意思を汲み取ってくれるから何不自由なく過ごせていたのだが、確かにアルバートの言葉は最もだろう。

けれど基本的にルイスは一人で行動することなどないし、今は顔を洗ってすぐにウィリアムの元に帰るつもりだったのだ。

それにこの屋敷の誰と話せなくても困ることはないと、ルイスはアルバートの言葉を否定するように唇を開いた。


「ーーー」

「うん」

「ーーー」

「あぁ」

「ーーー」

「…困ったね、何を言いたいのかよく分からないな」

「…!」


ルイスは懸命に口を開いて、すぐに部屋に戻るので大丈夫です、声も明日には出るはずです、心配しないでください兄様、と音にならない空気を出すが、悲しいほどにアルバートへは伝わらなかった。

真面目な顔をしてルイスの唇を見ていたアルバートは申し訳なさそうに眉を下げ、しょんぼりとしてしまったルイスを励ますようにその髪を撫でる。

ふわふわと撫でてくれる手付きに癒されるけれど、アルバートに自分の言葉が届かなかった衝撃は拭えない。


「すまないね、もう少し君の気持ちが分かれば良いのだけど」

「ーーー」

「とりあえず、今は僕がルイスに付き添おうか。どこに行くつもりだったんだい?」

「ーーー」

「あぁ、顔を洗いたいんだね?なら手洗い場へ行こう」


アルバートは悪くないのだとルイスは首を振って彼を肯定する。

互いに心を許してから時間も経っていないし、ルイスがアルバートのことを「兄様」と呼び始めたのもごく最近のことだ。

まだまだお互い歩み寄る段階で、むしろ声を出せないルイスの方こそ厄介なのだから。

一応口を開けて空気を出し、けれども顔を洗う手付きの方でルイスが今何をしようとしているのか、やっとアルバートに伝わったらしい。

嬉しい申し出ではあるが一人でも大丈夫だと、ルイスは着いてこようとする彼に背中を向けて足を踏み出すが、すぐに腕を掴まれて歩調を合わされてしまった。


「一人で行動するのは望ましくないと言ったばかりだろう?僕では頼りないかもしれないけど、今のルイスを一人にしておくわけにはいかないからね」

「ーーー」

「はは、今のは何を言ったか分かったよ。どういたしまして」


貴族なのに優しい人だなぁと、そう思いながらルイスは背の高いアルバートを見上げて歩き出す。

あまりゴネても返って彼の手を煩わせてしまうだろう。

ルイスは大人しくアルバートに連れられたまま洗面所へと向かっていく。

途中で何度か声を出そうとしたけれど音にはならなくて、焦るルイスの気を紛らわせるためなのか、アルバートは普段よりも多く喋りかけてくれた。

その声がとても心地よく、彼に掴まれている腕が熱いほどにルイスの心を刺激する。

手間をかけてしまうかもしれないけれど、短い間だけでもアルバートとともに過ごす時間は嬉しかった。




「おはようルイス。昨夜はよく眠れたかい?」

「ーーー!」

「そう、それは良かった。ウィリアムはどうだい?」

「よく眠れました。ご心配おかけしてすみません、兄さん」


二つの屋敷を一人で管理するルイスの負担は大きい。

ウィリアムとアルバートのために働き詰めだったルイスは、急に冷え込んできた気温に抵抗することなく風邪をひいてしまった。

ふらつく体を気合いで正していたのだが、そんな誤魔化しはウィリアムにもアルバートにも通用しない。

具合が悪いんだろうと指摘されてからは自室に閉じ込められ、ウィリアムによる丁寧な看病を受けてそのまま一緒に一晩ぐっすりと眠ってしまった。

疲れた体はルイスが思う以上に睡眠を必要としていたようで、アルバートが起こしてくれるまで一切目覚めることはなかったらしい。

目の前で優雅に微笑むアルバートの顔を見て驚いたように起き上がったルイスは、習慣となっているはずの挨拶よりもまずは謝罪を優先していた。


「ーーー」

「あぁ、気にすることはない。最近の君は少し働き過ぎだったからね。ゆっくり休む機会になったと思えば良い」

「ーーー」

「兄さんもこう言ってくれていることだから、ルイス。今日はもう一日ゆっくり過ごそうか」


驚くルイスとは対照的なほど平然としているウィリアムも彼に続いて起き上がる。

そうして癖の付いているルイスの髪の毛を手櫛で直してあげると、アルバートの提案に賛同するように微笑んだ。

熱で赤らんでいた頬も落ち着いて、普段通りの真っ白い肌が羞恥で薄く染まるのみだ。

金色の髪に触れるウィリアムとは別に、アルバートは擽るように桃色の頬を撫でていた。


「ーーー」

「ふ…まぁ君の性分を考えればそう言うことは分かっていたよ。ウィル」

「はい」

「…?」


働き詰めのルイスに休暇を言い渡しても、そう簡単に頷くはずもないことはよく分かっていた。

アルバートは今にも部屋を出て執務を始めようと口を開くルイスの唇に指を当て、もう喋らないようにと言わんばかりにそこを閉じさせてしまう。

元より音にはなっていなかったけれど、おそらくルイスはそのことに気付いていない。


「ルイス。今日は一日、僕と一緒にベッドに篭ろう」

「ーーー?」


ウィリアムの提案にルイスは目を見開いて二人を見上げる。

何を言っているんだと口を開いても声は出ておらず、ウィリアムはそのまま起き上がっていたルイスの体を抱きしめて毛布の中へと連れて行ってしまった。


「私も混ぜてもらおうかな」

「どうぞ、アルバート兄さん」

「ーーー」


毛布に包まれる弟達の姿を目に焼き付けてから、アルバートも腰を下ろして二人を抱きしめるようにベッドに潜り込んでいく。

そうして左右からウィリアムとアルバートに抱きしめられたルイスだが、驚きよりも嬉しさの方が先立っていた。

不甲斐ない自分ではあるが、優しく労ってくれる兄の介抱にどうしても気持ちが浮ついてしまうのだ。

そんな自分に気がついたのか、ルイスは不謹慎だと首を振って冷静さを保とうと意識する。

だが二人から伝わってくる温もりは抗う気持ちを根こそぎ刈り取ってしまうほどに魅力的で、少なくともルイスではその腕を払うことが出来なかった。


「ーーー」

「ルイス、今の君は声が出ていないんだよ。気付いているかな?」

「…!」

「体調が良くても声が出ないうちはまだ万全とは言えないだろう。声が出るまで無理は禁物だ」

「ーーー」

「今までの経験から考えても明日には声が出るだろう。それまでの辛抱だ」

「ーーー」

「そうだね…僕と兄さんの見張りを掻い潜ることが出来るなら、この部屋を出て行っても構わないよ」

「…ーーー」

「出来るのなら、ね」


ルイスを心配する気持ちとは裏腹に、ウィリアムは絶対に自分の言葉に逆らうことは出来ないだろうという確固たる自信を音に響かせる。

支配者たるウィリアムに負けず劣らずアルバートもはっきりした強者の声を出しており、二人はあくまでもルイスが自主的に休むよう仕向けていた。

そんな二人の意図に気がつかないはずもなく、ルイスは眉を顰めて唇を尖らせながら不満を溢す。

溢した声は音になっていないけれど、二人には確実に届いているはずだ。

それなのにこんなときばかり二人は聞こえないふりをしていて、ルイスは諦めたように息を吐いてから枕に頭を沈めて瞳を閉じる。

だがこれも体調管理がなっていない自分が悪いのだと結論付けて、とりあえず今はこの状況を嬉しいと思う気持ちのままに受け入れてしまおう。

ルイスはそう考えてゆっくり瞳を開けていく。

そのまま左右にいるウィリアムとアルバートの顔を交互に見つめ、唇を上下に震わせていった。


「ーーー」

「どういたしまして」

「さぁ、もう一眠りしようか。起きたら蜂蜜入りのミルクでも作ってあげよう」

「ーーー」


空気だけを震わせたルイスは兄に見守られながらもう一度瞳を閉じる。

慣れた温もりとその気配に安心以上の気持ちはない。

ルイスはウィリアムの左手とアルバートの右手を握り、肉体ではなく精神的な疲れを取ろうと静かに深呼吸をした。


「ゆっくり休んで、早くその声を聞かせてね」


ウィリアムは眠るルイスの額に唇を添え、届かないと知りつつも呟かずにはいられない思いを言葉に乗せる。

アルバートも同意するように抱きしめる腕に力を込めた。

控えめではあるけれど耳に残る、甘く吐息を含んだ声。

色を感じさせながらも透明感を覚えるルイスの声は、ウィリアムとアルバートが一等気に入っているものだ。

声が出ない今の状況は惜しいけれど、音もなく唇をぱくぱくと上下させる姿は幼く可愛らしいからある意味での眼福になる。

束の間の愛らしさを堪能して、明日にはまた普段通りに名前を呼んで欲しいと願いながら、ウィリアムとアルバートは揃って瞳を閉じて休むことにした。




(ーーー)

(ルイス、おまえどうしたんだ?)

(ーーー)

(あぁ、声が出ないのか)

(ーーー)

(何言ってるか分かんねぇな…じゃ、分かんねぇから今日の仕事はなしってことで)

(ーーー!)

(ってぇ!冗談だ冗談!つってもマジで何言いたいのか分かんねーよ!)

(ーーー)

(あ、なんだその目。…何だよ、紙とペンあるならとっとと出せよ。どれどれ…兄さんと兄様なら分かってくれるのに、だと?おまえな、俺をあいつらと一緒にするな)