「日曜小説」 マンホールの中で 2 第四章 2
「日曜小説」 マンホールの中で 2
第四章 2
夜中にここに忍び込むのは何回目であろうか。
実際に泥棒である自分が何も盗まずにこのように何回も同じ家に忍び込むというのは、なかなか面白い話になったものである。
「爺さん、来たぞ」
隣の寝室から、善之助が浴衣姿で出てきた。善之助は、暖かくなってくると温泉の浴衣のような姿で寝るらしく、そのまま出てきた感じである。
「おお、次郎吉か」
「今日早めておくか。眠そうだぞ」
「いや、なにしろ小林さんのところで大きな事件があってな。大騒ぎで眠ることができなかったんだよ」
「ほう、事件になったか」
「お前か」
「ああ、そりゃそうだ」
「やはりな」
善之助は、そういうと、また手探りで缶コーヒーを茶棚から出すと次郎吉の前に置いた。
「また、缶コーヒーか。それにしても、いつも思うが目が見えないのによくいつも片付いているな」
「そりゃそうだ。いつも同じところに同じものが置いてないと、わからなくなるだろう」
確かにその通りだ。人間というのは、基本的に無意識に行動する。無意識に行動しても問題がないのは、それが週間化されているからである。いつもそこにあるとか、いつもと同じということが繰り返される時に、その繰り返しに関して全く意識をしないで行動することになる。その時に何かが異なると大きく物事が変わることがある。これは目が見えていようと見えていなかろうと全く同じだ。実際に我々も、車や自転車を運転するときに、手の動作をする時見ているであろうか。車の運転であれまシフトチェンジをするときにそのシフトレバーなどは全く見もしないで「習慣」で変えている。それは、そこにシフトレバーが存在する事が習慣的にわかっているからである。レンタカーなど、運転する車が変わってしまうと、シフトレバーの位置が習慣と違い、手が妙に動いてしまったりすることもあるのではないか。
まさに、この善之助も同じである。目が見えないからといって、目を必要としない習慣化の中にあれば、不便ではない。もちろん目が見える人よりも不便であるということはその通りかもしれない。しかし、それ以上に不便であるということが幾分か削減されることになるのは間違いがないのである。
「習慣というのは恐いものだな」
「そうか。その習慣というのがあるから、私などは生活できるんだが」
「しかし、その習慣があるから小林の家は事件になったんだよ」
「どういうことだ」
次郎吉は、珍しく差し出された缶コーヒーを飲んだ。眠れなくなるということで、「微糖」と書かれたものである。
「ところで、なぜ缶コーヒーなんだ」
「缶の方が安全だろ」
「どういうことだ」
「缶ならば、落ちていて蹴れば音がするし、また丸いから踏んでも怪我しない。」
「なるほど」
要するに習慣というのは何らかの理由があり、その理由に合わせて効率的に組まれるものである。その何らかの理由というものがわかれば、あとはその理由をうまく使い習慣を利用できる。例えば、この家から何かを盗むとすれば、缶コーヒーという音の出るものが存在するということが大きな問題になる。缶コーヒーは、中に飲み物が入っているときと入っていない時の二つの状況で、音が変わる。音が変わるから、飲み終わった空き缶とまだ中が入っている缶がわかる。逆に言えば、まだ中身が入っている缶と同じ入れ物に入れておけば、善之助はそれを茶棚の中にしまってしまうということになる。つまり何か重要なものを隠させるには、そのように加工して感と同じ形状の入れ物にそれを入れておけばよいということになるのである。
このように習慣を使うということが大きな問題になるのだ。
「全く同じだ。今度はあの嫁さんのところに、ホストが金の無心に来たのさ」
「なぜ」
「そりゃそうだろう、偽物の宝石をつかまされて恥をかかされ、そして、ホストクラブで干されたとなれば、当然に、金に困るのはホストの方さ」
そういえば偽物の宝石をつかませて、だましたといっていた。そのうえ、その宝石と同じ価値のものがなければ、小林の嫁さんは、ホストクラブに出入り禁止になっているのである。しかし、その禁止に関して言えば、嫁さんの方だけで、その嫁さんに依存していたホストは、当然に冷や飯を食わされることになる。もちろん、何か別な手を打っているであろうが、しかし、そんなことはあの嫁さんにはわからないのであろう。
「そうなれば小林さんの嫁さんは、何とか金を作ろうとするなあ」
「そうだ。何しろホストを見れば親しくするという習慣が出てきている。そしてそれが自宅に来たのであるあるから、当然に家に上げてしまう。まあ、あの息子はキャバクラで遊んでいるから家の中はあまり人がいないということになるんだ」
「昼ならば小林さんも出かけているということか」
「その時に、小林の婆さんに家の中に強盗がいると幽霊がささやいたらどうなる」
「あっ」
善之助は驚いた。小林さんの幽霊は、今まで嫁さんがやっていたということになる。しかし、先日から次郎吉はその幽霊を乗っ取ったのである。つまり、補聴器のハッキングをうまく次郎吉が誘導できるようにしているのである。
小林の嫁さんは、補聴器がいまだに自分がコントロールしていると思っている。つまり幽霊を使って小林さんを外に誘導もできるし、家に近づけないという工作もできる。しかし、もう一人の幽霊つまり、次郎吉が、幽霊になって補聴器で何かをささやき、そして、家の中に入る前に、強盗が入ったといえばどうなるであろうか。まさに浮気の現場を警察とともに抑えることができてしまうのである。
「それで警察がいたのか」
「ああ、まあ、ある意味で警察に通報したのは俺だが」
「次郎吉が」
「俺だって、110番通報くらいは知っているよ。なんだか不審な人物が家の前をうろついているから警備を強化してくれといっておけばよい。そしてう幽霊で囁けば、間違いなく、小林さんが近くにいる警察官に相談することになるんだ」
全くその通りである。次郎吉の考えた通りに物事が動いていて気持ちが悪いくらいである。しかし、まさにそのように小林さんを誘導したのに違いない。すぐに警察官が多数小林の家に押しかけ、そして、ホストと浮気をしている現場に警察が乗り込むということになったのである。
それでも警察は、強盗強姦という罪になるのではないかというようになる。もちろん、嫁さんの方は、自分の浮気がばれないようにそのように偽装するであろうし、またホストの方は、正直に自分が招き入れられたことを言うであろう。そのようになった時はホストの方が不利だ。しかし、まあ、玄関にそろえておかれた靴などを見れば、警察がどう思おうと小林の婆さんと、息子はかなりさまざまな想像をめぐらすということになろう。
「では浮気の現場を警察が抑えたのか」
「ああ、ホストはかわいそうだが、48時間くらい拘留されることになるだろうな」
「でこの後どうなる。」
「そりゃ、稼ぎ頭のホストを警察に入れられたら、ホストクラブが困るわなあ」
次郎吉はそういった。
「小林さんは、自分が襲われなくてよかったといっていたが」
「そうだろう。本人は強盗であると思っているんだから」
「息子の方はそうはならないだろうな」
「ああ。次は、ホストクラブが、キャバクラに行っている息子のところに追い込みに行くことになるわな」
次郎吉はにっこり笑った。