読書と初見殺し 執筆者:shikada
人が本に求めるものはなんでしょうか。本を読む目的は、十人十色で、本のジャンルによっても、本を読む目的は違ってくるかと思います。
私自身も、本を読む目的はさまざまです。小説を読むときは、他人の人生をのぞき見させてもらうことが目的ですし、雑学本を読むときは、知的好奇心を満たすことが目的です。目的うんぬんは考えずに、ただただ文体が好きだから読んでいる作家さんもいます。
さて、世の中に多様な本があるなかで、私は、社会問題を扱ったノンフィクションを読むことがあります。そうした本を読む目的の一つに、自分自身に降りかかる不幸を回避するための知恵を得ること、があります。
どういうことかと言うと、世の中には、何も知らない人、抵抗する力を持たない人を食い物にしようとする悪い大人がわんさかいます。
詐欺、マルチ商法、ニセ科学、カルト宗教、リボ払い、各種の依存症ビジネスなどなど、具体的な例を挙げれば限りがありませんが、連中は人のお金と時間と魂を、さらには人生を奪おうとしてきます。そうした危険に遭った人全員が不幸だとは言いませんが、自分にとって大切な人やもののために費やす時間とお金を奪われる点で、不幸に近づく可能性が高いと私は考えています。
こういった危険を、私は「初見殺し」と呼んでいます。これはおもにRPGなどのゲームで使われる言葉です。ヒントや予告がなく、前知識のない、初めてのプレーヤーが高確率で引っかかる罠のことを指します。アイテムが入っているはずの宝箱の中に魔物がいて、宝箱を開けると突然襲いかかってきたり、ゲームスタートして数歩の位置に、落ちるとゲームオーバーになる謎の穴があったり、という類の罠です。
ゲームの中なら、仮に初見殺しに引っかかってゲームオーバーになっても、リセットしてセーブポイントからやり直せば良い話です。しかし現実世界にはあいにくセーブ機能がないので、初見殺しに引っかかった場合、自分の体や心や財布に取り返しのつかないダメージを受けてしまいます。(この記事で詳しくは書きませんが、受けたダメージから立ち直るきっかけをくれることも、本の効能の一つだと思っています)
受けたダメージを上手く昇華することは、たいていの人にとっては難しいことです。初見殺しに引っかかった体験を、面白おかしく記事や本にして稼いでいる猛者もいますけれど、そんなたくましい人は少数派とみなすべきでしょう。影には、多数の声なき被害者がいます。
幸い、そうした初見殺しについて詳しく調べた本が、今の日本にはたくさんあります。そうした本を読むことで、初見殺しの存在を知り、手口に詳しくなります。そうすることで、多少なりとも初見殺しを回避する知恵を得ることができます。
もちろん読書以外でも、初見殺しに対する知恵を得る方法は存在します。先輩の体験談を聞いてもいいですし、グーグル先生に教わってもいいですし、ドキュメンタリー番組を見てもいいでしょう。自分は本を読むのが好きなので、本を利用して、情報を仕入れています。
もちろん、本を読んだら、こうした初見殺しにすべて対応できるかと言うと、そんなことはないです。その人の抱える人間関係や仕事内容などの事情によって、回避不可能な初見殺しに遭うこともあるでしょう。
それでも、初見殺しの手口を知ることで、そうした危機に気づく確率が上がります。気づかぬうちにどっぷりはまって、気づいたときにはもう遅い、という事態を避けやすくなります。
例えば詐欺について書かれた本を読めば、詐欺師がどうやって人の連絡先を知るか、いかにもっともらしい話をして金を騙し取るか、などを知ることができます。こうした手口を知っていれば、万が一詐欺にあった場合でも「これ、あの本で読んだ手口だ!」と気づく確率が上がります。
また、本を読む前は「自分だけは大丈夫、詐欺に引っかかることなんてない」と根拠のない自信があったのですが、本を読んで詐欺師の手口の巧妙さを知ることで「これは、相当用心していないと引っかかるな。下手すると、用心していても引っかかるな」と認識が改まったりしました。
ゲームを例にして言えば、「宝箱の中に魔物が入っている」という事例をまったく知らない人は、無防備に宝箱を開けて、襲われてしまいます。
そういう魔物がいることを知ってさえいれば「魔物が入っている宝箱を見分ける方法はないか」「宝箱の中の魔物を効率的に倒す方法はないか」などと考えることができます。また、今の自分の能力では魔物に太刀打ちできない場合でも、魔物に襲われるリスクを避けるために「そもそも宝箱を開けない」という判断も可能になります。
このように、初見殺しを回避する知恵を与えてくれることが、自分にとって、本を読む目的の一つです。とは言っても、世の中は複雑怪奇で自分も青二才なので、本を読んだからあらゆるトラブルを回避できるわけではなく、限界はあるのですけれど、本を読んで知恵が得られることは有難いことだと感じます。
最後に、この記事を書くきっかけとなった本をご紹介します。
鈴木大介「老人喰い」という新書です。年間約400億円の被害を生じる、オレオレ詐欺をはじめとする特殊詐欺の真相に迫るルポルタージュです。人間がなぜ詐欺に引っかかってしまうのか、なぜ詐欺師は捕まらないのかといった内容と、また騙す側の思考回路などがのぞける一冊です。
今回の記事は以上です。またそのうち、この手の文章を書きたいと思います。