Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

9771

短編「秒速のマフラー」

2020.03.22 12:17



 となりの少女がいっていた

日常が非日常にかわるのは、まばたきよりもずっと早いと。


 その日は当たり前のようにはれていて、わたしと彼女は遊園地にいた。彼女の青いマフラーは、目にあかるかった。


 彼女は赤が好きだった。とくべつそれが好きというわけではないけれど、書くことがないから間に合わせでプロフィールの好きな物欄に書くというような度合いではなかった。

彼女は赤に支配されていた。


 彼女が赤を好きというより、赤が彼女を選んでいた。てらてらとひかるチェリーパイ、クレヨンのふうせん、いちごジャムに、ひざこぞうに滲んだ血さえ、赤ならば形をとわず愛していた。


 そうして今日になって、わたしは彼女にといかける。

どうして 青のマフラーにしたの?

さらりと目線が交差して、流れた。


「用心のためよ」


たんたんとして、それが世界の常識みたいに。

なにが用心なのかはわからないけど、たしかに彼女はいっさいの赤をまとってはいない。

けれど次のまばたきをする前に、わかった。


 たぶん鼓膜はやぶれた。

彼女は思いきり絶叫したあと、あたり一面に朝食を、さっきたべたばかりのポップコーンをぶちまけた。


音はまったくきこえない。ただ泣き叫ぶ彼女のおそろしい顔だけ

からりとはれた青のマフラーだけを聴いていた。


「ねぇ」


かたちだけの声を発し、彼女からいっぽ、そして二歩しりぞいた。

彼女は赤におびえている。

あんなに好きだった、愛していた、支配されていた赤に心から恐怖し、泣き叫び、怒り狂っている。

そうして青は粛々と、ひかりを纏っていた。


 わたしは あぁと思う。

日常が非日常にかわるのは、まばたきよりもずっと早い。

青のマフラーはなにごともなかったかのように、彼女のゲロを包んだ。