揺らぎ色、紫。
ウィリアムの瞳は色鮮やかな赤、燃えるような緋色である。
夜目でもうっすら明るく映えるその色はとても綺麗で、彼が見据える未来もさぞ美しい世界なのだろうと思う。
まるであの日の炎を映したかのように情熱的なその色は、ルイスが持つそれと僅かに色味が違って見えた。
「赤は犯罪の色だそうだよ」
「はん、ざい?」
「罪を犯すことで最もポピュラーに想像出来るのが人死になんだろうね。赤は血の色なんだよ、ルイス」
「血の色…」
ルイスはウィリアムが持つ緋色の瞳を見つめることがすきだった。
じっと見つめても決して逸らされることはなく、凛とした緋色の奥が凪いで優しく受け入れてくれるからだ。
燃えるような色、情熱の色、この世界を変えてくれる色。
それがウィリアムが持つ瞳の色で、彼のイメージカラーのようなものだった。
綺麗な色ですねとうわ言のようにルイスが呟けば、ウィリアムは微笑みながら会話を続けてくれる。
「赤は悪魔の色だと言われているだろう?」
「…だからといって兄さんは怖くありません」
「ふふ」
この国では赤い色を不吉と捉えている。
生まれたときの根幹からそう叩き込まれているせいか、今更その考えに異を唱えるつもりはない。
孤児だった頃、赤い瞳を持つウィリアムとルイスは他の子どもよりも過激に虐げられることも多くあった。
けれど、たかだか瞳の色で対応を変えるのは理不尽だと思えど、赤を不吉の象徴だと訴えるその精神に問いかけることはなかった。
赤は不吉、悪魔の色。
知ってはいるけれど、最も美しい緋を知っているルイスにしてみれば、赤こそ魅惑の色そのものだと考えている。
だってウィリアムの精神は誰より気高く美しい、その緋色に恥じないものなのだから。
「兄さんの瞳も赤を背負おうとしている覚悟も、とても綺麗だと思います」
「ありがとう、ルイス。君は優しいね」
より良い英国のため、自ら泥を被って膿みを出し切ろうとしている兄の姿はルイスの目にはとても綺麗なものに映る。
この国のためなら悪魔にだってなってみせると豪語するウィリアムの思想からすれば、赤は正しく彼のための色なのだろう。
正しい兄の象徴たる緋色を嫌う道理も怖がる道理もルイスには存在しない。
「…僕も兄さんと同じ色を背負えるでしょうか」
「同じ色、か…」
大きな瞳を上目にさせて、ルイスは美しい兄を見上げる。
澄んだその色は深いけれど透明感があり、奥の奥まで透けて見えるようだった。
ウィリアムは長い睫毛に触れないよう恭しく指を伸ばし、その目尻に軽く触れては生きている証拠である温もりを実感する。
そうして擽るように指を動かせば、予想できない動きが気になるのかルイスの意識が軽く動いた。
指先の動向を探るように視線が動く様を間近で目にしたウィリアムは、自分のものとは似ても似つかない重厚感ある弟の赤を見る。
ルイスの質問には是非のどちらも返すことはなかった。
「ルイスの瞳は綺麗だね」
「…兄さんと少し違うので、あまりすきではありません」
「そう」
ルイスは、僕はすきだから大丈夫だね、と意味の分からないことを言っているウィリアムを見上げる。
綺麗な緋色に映るのは前髪を伸ばし始めているルイス自身の顔だ。
このままこの色が溶けて僕の瞳に移ってしまえばいいのに。
ルイスがそう考えていることなどウィリアムには興味がなくて、ただただ奥深い赤をしている大きな瞳を見つめていた。
ウィリアムの緋色に別の色を重ねて完成したようなルイスの赤。
色鮮やかな緋色とは対照的に、忍ぶように穏やかな赤はまるで紅のようだと思う。
緋色と紅色、どちらも赤。
けれど犯罪の色とは色鮮やかで危険だと一際目を引く緋色の方なのだろう。
ルイスが持つ瞳は罪の色を帯びてはおらず、彼の性質から考えてもイメージが赤とは言い難い。
臆病で保守的な、変化を嫌うのに自分自身は周りの環境で染まってしまうような危うさを持つのがルイスだ。
周囲の様子で何色にでも変わってしまいそうな揺らぎがある。
それはとても不安定で、だからこそ凛とした色を持つ誰かが支えてあげなければ簡単に朽ちてしまうのだろう。
ウィリアムはルイスが持つ根幹をそう捉えていて、決して間違ってはいないという自信がある。
ゆえに自分が前に立ち、ルイスを支えて手を引いてあげる必要があるのだ。
同じ色を背負って欲しいと思う。
けれどウィリアムと同じ緋色を背負うということは犯罪に手を染めるということで、それはルイス自身を悪魔にしてしまうということと同義なのだ。
果たしてそれで良いのだろうか。
「ルイスの色は赤というより紫だね」
「紫?どうしてですか?」
「さぁ、どうしてだろう」
罪深い色が赤であるならば、平和と希望の象徴は青だ。
赤と青が混ざれば紫になる。
正義を掲げた犯罪者になるか英雄になるか、どちらに転ぶか分からない揺らぎの色だ。
周りの環境で染まってしまうルイスにはぴったりだと思う。
ウィリアムは己の考えに太鼓判を押すとともに、ツキンと痛んだ胸の深くを誤魔化すようにルイスの髪に手をやった。
ふわふわと指に絡む金色は触れていて気持ちが良い。
「紫も綺麗な色だろう?」
「そうですね」
そう感じたことはないけれど、ウィリアムがそう感じているのならばルイスにとって紫は綺麗な色になる。
ウィリアムが綺麗だと思っている色を当てがわれるのは気恥ずかしいけれど、兄が自分を想ってイメージしてくれたのだから嬉しい限りだ。
無垢にはにかむルイスの顔を見て、至極穏やかな気持ちでウィリアムは心を落ち付ける。
ルイスはウィリアム次第で己の色が決まる。
その人生が決まってしまうのだ。
きっとウィリアムが緋色の人生でなければ真っ当な、さぞかし青い人生を歩んでいたことだろう。
ルイスはウィリアムと同じ思想を抱いているわけではない。
ウィリアムが望むのであればそれが良いと、自分自身の考えを介せずウィリアムを良しとしているだけだ。
だからその瞳にはウィリアムと同じ色を背負えていないのだろう。
つまり今のルイスは赤にも青にもなれる、可能性ある人間なのだ。
「さぁルイス、そろそろ休もうか」
「…兄さんがご自分から休もうなんて、珍しいですね」
「そうだったかな?まぁいいじゃないか」
「はい」
綺麗な紅色から紫が滲んでいるように見える。
兄の言葉に思わず、といったように目を見開いたルイスの紅色を前にウィリアムは微笑んだ。
無垢で可愛い弟を罪を重ねていくだけの道に引き込んで良いのか、どれだけ考えてもはっきりとした結論が出ない。
思い悩むのにも疲れてしまった。
今夜はルイスを抱いてしっかり頭を休ませようと、細い体を抱きしめる。
もっと他の、青い色を背負う道があったのかもしれない。
けれどその道はあまりにも不確かで、歩んでいった先に美しい英国が存在するビジョンが見えてこなかった。
だからウィリアムは瞳と同じ緋色を選び、同志とともにこの色を歩んでいくと決めたのだ。
そんな中でもたった一人、揺らぎ色を持つルイスの道だけはウィリアムにとっても悩みの種である。
出来るならばこのまま緋色に染まらず、紫色のまま生きていって欲しい。
同じ色ではないけれど、そうすればきっとルイスは美しい英国で美しい色を持ったまま生きることが出来るのだから。
(ごめんなさい兄さん。兄さんと同じ色を持てなくて、同じ色になれなくて、不安定なままでごめんなさい。どうしたら兄さんと同じ覚悟を持てるのか分からなくてごめんなさい。でも絶対に兄さんと同じ場所に行くから、お願いだから、僕のことを置いて行かないで、兄さん)