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トリニティ

世界を広げるとき ② ネムちゃん編

2020.03.30 16:11

にゃ、にゃんだ、ここは。


ぽかぽかと温かい硬い石。

少し湿り気のある柔らかい土。


草ではない緑の葉をつけた木。



暖かい日向と

暗い日陰。


何もかも顕にされるこの光。


どこか狭い場所から

まずは観察しなければ。



隠れられる場所はどこ?



ここはずいぶん広くて

どこまでも行き止まりがないよ。



ガクガクブルブル


引越しもようやく落ち着いて

息子に預けていたネムちゃんを

迎えに行った。


生き物好きとはいえ、

友達が帰省中で、

毎日予定の多い大学生では

あまり世話も行き届かず、

ネムちゃんは

淋しさゆえかやさぐれて見えた。



息子の部屋に預けられた日、

まる一日、クローゼットの中から

出てこなかったそうだ。


少し慣れても

友達がやってくると

慌ててクローゼットに逃げ込んでいた。



ネムちゃんにとって、

知らない場所、

知らない人は

恐怖でしかなかった。




以前のマンションでは

テラスに出ることは

自由にしていた。



隣のお家に行かないように

レンガでテラスの壁の下の隙間を

埋めていた。


わずか数メートルの

自由なお外だった。



最初の頃は9階の手すりに座ってたりして

心臓が飛び出そうになった。


テラスに出すのを戸惑ったけれど、

日に当たることも大事だと、

何度かテラス越しに

ここは高くて危ないよ、と

下を見せると

登らなくなった。



鍵をかけてないと

サッシも自分で開けて 

テラスに出ていた。



椅子に干したお布団に乗るのが

大好きだった。




マンションの中では

虫や遠くに見える鳥以外は

他の生き物に会う機会はなかった。




時折来られる

業者さんや、

子どもたちの友達にも怯えて

和室から出てこなかった。



地元の家にはお盆とお正月には

ネムちゃんも

3〜4日皆と一緒に帰っていた。



地元の家は廻り廊下の

窓だらけで

玄関は2つあり

古い玄関は空きやすく

気をつけていないと

外に出れてしまう。



ネムちゃんは2階の部屋に置いて

窓の外だけを眺めていた。


時々抱っこされて

下のリビングに連れて行っても


しばらくいると

慣れなくて不安なのか

二階に駆け上がってしまう。



とても外に出る余裕はなかった。




そして引越しを終えて

ネムちゃんもやってきた。



何度か帰ってきてたからか

今回は意外とリラックスしていた。




ネムちゃんは

暖かい春の日差しがあふれる日に

お庭デビューした。



玄関の外に出ようとしたら

怯えた時に出す妙な声で鳴いた。


「まぁーおん」



最初は腰がひけて、

地面を這うように歩いていたネムちゃんも

蝶々がひらり、と

飛んでは、ビクッとしながら

じーっと、見ている。



野生の本能がムズムズしてくるのか、

少しずつ歩幅が

大きくなる。



肩に通した紐は

力いっぱいひっぱられると

外れてしまう代物。



一緒に小走りになる。



右に左に迷いながら

庭の探索をする。


庭の隅のつつじの木の

少し身が隠せる場所に来たら

ようやくお尻を落ち着けた。



風がそよそよとふいていく。


鼻に風を感じて


気持ちよさそうに

目を細める。


30分程度のお庭の散策を終えて

部屋に戻ろうとすると


もっと〜と名残惜しそうに

振り返っていた。



そして2階に上がると

窓の外を食い入るように眺めていた。



そしてその日のうちに

2階から脱出してきた。



廊下を白い影が

ゆっくりと通っていくのを

目の端が捉えた。


慌ててリビングのガラス戸を開けると

「にゃ」

と、立ち止まる。


それから2度も2階から脱出してきた。



襖と障子だらけの部屋だけど、

古くて建て付けも悪いから

ネムちゃんには開けられないだろうと

思っていたら



外に出たことが刺激になったのか、

襖の隙間に体当たりして

隙間を大きくして

障子も開けて

脱走していた。



夫が感心しながら言ったことは


「昔飼ってた猫は

 襖も障子も破って出てたのに

 ネムちゃんは破る、

 って意識がにゃいのう」



たしかに、マンションでも襖も柱も

傷つけたことはない。



しかし、そんなことに感心してる場合では

なかった。




ネムちゃんは外の世界を

「もっと知りたい」

と、思ってしまった。



怖いけど

知りたい。



とうとう

怖いを、

超える日が来た。




知ると知らないは大違い。




外を知りたい、

という気持ちが

行動につながるのは

人間も猫も同じだった。




「外に出したりしたら

 ネムちゃんが帰ってこれなくなる」



外に出す事を1番心配したのは

長女だった。



なんでも体当たりの長女が

ネムちゃんの行動を止めようとするのも

面白いけれど、



きっとここでも1番大事なのは



「信頼」



ネムちゃんを閉じ込めるのではなく

ネムちゃんが迷わないように



家の中から外へ

外から家へ



時間をかけて

慣れさせて

パニックにならないように



ネムちゃんの世界も

少しずつ広げていこう。




庭にはノラちゃんを始め

飼い猫さんも

毎日3〜4匹の猫さん達が

散歩をしにくる。




いつかネムちゃんにも

猫のお友達ができる日が

くるのかもしれない。




この春、

新緑が眩しい季節




ネムちゃんも


新しい世界を


広げていく。



長女から送られてきた鈴つきの首輪

花が好きなネムちゃんが

庭の花と戯れる姿は

さぞや可愛いことだろう。。