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テキサス自宅待機日記②(3月21日〜27日)(ヨシオ カサヤカ)

2020.03.30 03:56

前回の分(3月11日〜20日)はこちらから


3月21日(土)

 今日は雨の天気予報で、気温が低い。生鮮食品がそろそろなくなりそうなので、アジア系のスーパーに買い出しに行く。市の中心部から少し離れたエリアにある「ワールドマート」(仮名)というこの店はおそらくオーナーがコリアン系で、お惣菜コーナーにはお店のおばちゃんが手作りしたキムチやトッポギなども売っている。ここ数年の間に、米国の他地域にも展開している台湾系と韓国系の大手スーパーも同じ市内に開店した。最近開いた競合店と比べると、よく言えばアットホーム、悪く言えば少し洗練されていない印象だからか、ライバル2店舗ができてからは、常にすいている感じだった。

 この日も全然混んではおらず、いつも買っている銘柄の米も買え、米国系のスーパーでは手に入らない薄切りの冷凍肉も豊富にあった。豆もやし、冷凍たい焼き、鶏の爪など、他ではなかなか見つけにくいものを買う。鶏の爪は、アジア系以外の米国人からは需要がないからか、どのアジア系スーパーでお得な値段で売っている。

 夫曰く、ミャンマーでは、鶏の爪、ショウガ、ニンニクで作ったスープを具合の悪い人に飲ませるのだという(もしかしたら、夫の家だけかもしれない。一般的ミャンマー料理なのかは不明である)。病人ではないが、このスープはおいしいのでこの1か月で2回くらい夫に作ってもらい2人して食べている。そしてまた今日もまた鶏の爪を仕入れた。各地でCOVID-19に乗じたアジア系の住人への差別が報道されているので、こんな時こそいかにもアジアっぽいものを食べてやろう、という気持ちになった。

 寝る前、夫がSNSで動画を見ていた。ビデオの中の男性は、ミャンマー語でしゃべっている。彼の顔には、耳から目の下にかけて一直線の切り傷があり、たまに画面に映る幼児も、顔に傷がある。あとで夫から内容を聞くと、テキサス州西部のミッドランドという街で、このミャンマー出身の男性一家がスーパーで買い物をしていたところ、男性とその子ども2人が突然見知らぬ男にナイフで切付けられたとのことだった。英語での詳細がないかと思い検索すると、いくつかローカル記事が出ていた。事件はちょうど先週の土曜に起こり、襲われた被害者親子と止めに入った従業員は幸い回復したようだ。

 また、その後に出た報道は、犯人はこの家族を狙ったと供述していることからヘイトクライムの可能性もある、との内容だった。銃乱射による大量殺人・傷害事件が頻発する米国だが、ナイフで幼児が切りつけられるニュースを見たのは初めてだ。少しナイフがずれていたら、失明していたかもしれない。おそらく、ヘイトクライムだと警察が断定していないため全国レベルでの報道になっていないのだろうが、もしCOVID-19に乗じた差別がなければ、この家族が狙われることはなかったと個人的には思う。

 

3月22日(日)

 今日も気温が低く、雨が降ったりやんだりとぱっとしないが、夕方になって日が差してきた。サマータイムのせいで、今は午後7時半過ぎまで明るい。そして在宅勤務の影響で、いつも以上に人や犬が外を散歩している。保護施設から引き取ったうちの犬は警戒心が強く、知らない人や犬が近くに来ると吠える。こちらは、日本よりも犬についてのルールがゆるく吠え声についても寛容な人が多い印象だが、正面から吠えられて楽しい人はいないだろうし、思わぬ事故を防ぐためにも、なるべく他人や犬と近距離ですれ違うのは避けたい。そのため、普段から散歩中は常に周囲の様子を伺い人を避けながら歩いているのだが、この人の多さだと、道中で誰にも遭遇しないのは不可能だ。とにかく、人を観たら距離が詰まる前に速やかにルート変更するしかない。今日も、小さな子どもと親が歩いているのが見えたので別の方向に行ったら、今度は私の視界に入るだけでも3組の犬連れが目の前にいた。少なくともあと数週間、犬の散歩に外に出るたび、敵の基地に潜入するスパイの気持ちである。

 寝る前、そういえば来週からは大学図書館はどうなるのか、と思ってウェブサイトを確認する。残念ながら、「3月20日の夕方をもって閉館、開館日は未定」とのことだった。金曜に図書館に行ったときはまだ3月23日週からの開館スケジュールが張ってあり一抹の期待があったのだが、それも打ち砕かれる。当然とはいえば当然の流れなので仕方ないが、集中して大学院の課題を進められる場所がなくなったのは痛い。

(閉鎖された教会のドア)


3月23日(月)

 テレビをつけると、今から24時間以内に自宅待機命令が出る、というローカルニュースが流れていた。遂にという感じもするが、出る前と出た後で自分の生活が劇的に変化するかというと、実はそうでもない。すでに、週末をもって大学の図書館は閉館してしまったし、1週間前からバイト先の書店も閉店、他の小売店もほぼ閉まっていたから、行くところがない、という点ではあまり変わらない。

 どちらにせよ、なんだか気分はふさぐ。本当は金曜締め切りの大学院の課題があるのだが、机に向かってもあまり集中できず、結局何も進まない。

 夜10時過ぎ、犬が落ち着かないので、もう一度散歩に行く。明るいうちは人がたくさん歩いていたが、今はさすがに誰もいない。広場に行くと、タイミング悪くスプリンクラーが盛大に作動しており、犬とともに水を盛大に浴びてしまった。家に帰って濡れた服を着替える。早く寝るか、そうでなければ本を読むなど少しは生産的なことをすればいいのに、結局布団の中でTwitterをみながら1時間過ごしてしまう。非常時になってもこういう悪癖は変わらない。


3月24日(火)

 朝、アパートの敷地内の広場で犬を散歩させていたら、広場に面した棟の一階の窓が開き、部屋の住人と思しき高齢の白人女性からGood Morningと言われる。Good Morning,Take Careと挨拶を返し、私が手をふりかえしたあと、おばあさんは窓を閉めた。実は、このおばあさんから声をかけられたのは2回目である。数日前、バルコニーに出て椅子に座っていた。私は今日と同じように犬を散歩させていたのだが、人がそこに座っていることに当初気が付かなかった。おばあさんが何やら言葉を発した瞬間、人影と声に反応したうちの犬が吠えてしまい、先方が何を言っているのかまったく聞き取れないまま、とにかく「すいません!!」と平謝りしながら犬を引っ張ってそこを離れた。

 「今日はいい天気ですね」といった挨拶をいわれたのか、「私の部屋の前で犬に糞をさせないでちょうだい」といった文句をいわれたのか、全くわからないまま、とにかく、次回何か声をかけられてまた犬が吠えても気まずいので極力近寄らないようにしよう、と思っていたのだった。今回は、前よりも少し距離があったためか犬も吠えることはなく、私も先方のメッセージを理解して返答することができた。どんな些細なコミュニケーションも、うまく通じると不思議な達成感がある。

 そして、もう一つ小さな発見があった。日頃観ているローカルテレビの撮影班の一人は、私のアパートのすぐ近くに住んでいるらしい。ここ数日間、取材現場に来るような、テレビ局のロゴが入ったバンがうちに隣接する別のアパート群の駐車場に停まっているのを目にした。最初は何か事件かと思ったが、テレビ局内での人の接触と感染を避けるために、撮影班がバンを持ち帰って自宅から報道現場に直行してるんだな、と気づいた。テレビで放映されるニュース番組も、スタジオでアナウンサーが数人並んで情報を伝えるおなじみの方式ではなく、出演者が自宅からニュースを読むやり方に先週ぐらいから変わっている。 

 正午から、自宅待機命令が出た。今から3週間、スーパーや薬局などへの買い出し、ジョギングや犬の散歩などを除いての外出は原則禁止である。すでに先週から、飲食店やバーはテイクアウトやデリバリーを除く営業は禁止になっていたが、これももちろん続行される。

 日が完全に沈んで暗くなった夜8時過ぎ、犬の散歩に行く。ふと空を見上げると、星がとても綺麗に見える。真冬の空のようだった。今日は晴れているけど、気温20度以上ある。例年、この時期の夜空はこんなに綺麗だったのか、それともこれは報道されていたように、COVID‐19の影響で経済活動が縮小し大気汚染も少なくなったせいなのか、普段は夜空を注意してみていなかったので何とも言えない。


3月25日(水)

 昨日ネットでニュースを見ながら夜更かししたせいで、起きるのが遅くなる。昼間、連邦政府のコロナウイルス不況に対する経済対策法案が上院で可決されたという報道を見る。NBCのニュースによるとこの法案の規模は$2trillion(2兆ドル)だが、こんな巨額の数字を普段みることがないので、どのくらいなのかもあまりピンとこない。とにかく、近代米国史上、最大の経済刺激策らしい。

 個々人の生活に直近で影響するのは、年収$75,000以下のすべての米国市民と合法移民に対する一人あたり$1200の支給(それに加えて子供一人につき$500)と、失業手当の上限額の増加および給付要件の緩和だ。通常は失業手当の対象にならないフリーランサーや、ウーバーやリフトなどギグエコノミーで生活している人も対象になる。全米の零細企業、医療機関、公共交通機関システムも支援の対象である。ひとまず、これは良いニュースである。この法案が通るまでには、大企業への救済策寄りの共和党、労働者への手当重視の民主党で5日間交渉が続いたらしいが、最終的に民主党の案に近い形になったらしい。例えば、大企業への支援については、大統領、副大統領、議会のメンバーが経営に関わる会社は対象から外される。

 夕方に見たニュースで、連邦政府がテキサス州に大規模災害宣言を出したことを知る。テキサス州知事による緊急事態宣言というのはすでに出ていたので、それとどう違うのかとふと思ったが、在ヒューストン総領事館サイトによると、大規模災害宣言が出ることで連邦政府による緊急支援が可能になるらしい。知らなかった。

 今日も日が落ちた8時過ぎに犬の散歩に行った。最初はほぼ誰にもすれ違わなかったが、後で犬を連れた2人連れ、犬なしの2人連れ、オフィスビルのゴミ出しをしている清掃業者の女性、ジョギング中の男性、と次々に人が現れ、結局スリリングな散歩になった。やはり夜も油断ならない。今日の夜空は、昨日より少し曇っていて、昨夜の星の綺麗さに劣る。大気汚染の有無とは関係なく、単なる天気の違いだったのかもしれない。これからもしばらく、夜に外に出たら観察してみようと思った。

   

3月26日(木)

 昨夜も結局、早く寝ようと思いながら結局ネットを見ながら夜ふかしする過ちを犯す。まだ大学院の授業も再開しておらず人との約束や仕事があるわけでもないので、今は特に大きな影響はないけれど、この自律心の弱さ、在宅勤務は絶対向いてないな……ととつくづく思う。

 犬の散歩に外に出ると、落ち葉を掃除している作業員の男性がいた。広場のそばにある共有のランドリーコーナーでも、掃除をしている女性スタッフの姿が見える。そういえば昨日も、大きな芝刈り機で広場の芝生を刈っているスタッフがいた。今週に入りアパートの管理事務所自体は閉まったけれど、メンテナンス担当の従業員はまだ変わらず働いているのだ。色々なことが一気に変わったのに、何事もなかったかのようにアパートの周りの芝生が青々としているのは、この人たちのおかげである。米国内のニュースでは、在宅勤務になったオフィスワーカー、大打撃をくらい失業に陥った飲食、サービス、エンターテイメント産業従事者、そして多くの人が自宅待機している今も前線で働いている医療従事者や生活必需品の供給を担うスーパーの従業員、という3つのグループの現状が主に取り上げられることが多い。そこでは、米国の全土で芝生を刈る人たちやビルを清掃する人たちのことはあまり出てこない。

 夜、州内の別の街に出張していた夫が4日ぶりに帰宅する。通信関係の会社で技術職の末端にいる夫も、まだ普通に出勤している労働者の一人である。今回の現場は空港だと聞いていたので、この状況でよりによって空港で作業なんて会社として大丈夫か……と思っていたが、空港の中ではなく、建物の屋上でアンテナを設置していたらしい。人のいない屋外だから大丈夫、という判断なのかもしれない。もしくは、公共事業だからかもしれない。この地域のローカルニュースでも、自宅待機令の発令とあわせて商業施設の建設プロジェクトの休止が行政から要請される一方で、市が絡む事業についてはまだ作業を続けていて不公平だ、との不満が業界団体から出ている、という内容が流れていた。

 夫曰く、出張中泊まっていたホテルでは、周囲の宿泊客から明らかに避けられていたらしい。例えば、ホテルの入口近くで喫煙していた人たちが、夫が建物に入るときにさーっと離れたという。こういうときになんと言ったらいいのかわからないが、「まあ殴られたりせず避けられるだけで良かったね」と言った。


3月27日(金)

 今日も、Amazonロゴがついた黒い配達用バンがアパートの敷地の中を走っている。

 テレビをつけると、ニューヨーク州知事アンドリュー・クオモの定例会見が中継されていた。米国内で最も感染者数が出ているNYでは、毎日、感染症対策についてのアップデートや州民へのメッセージを州知事が発信している。前までは、同地の行政のトップといえばNY市長の名前しか知らず、州知事についてはほぼ認知していなかった。それが、ここ最近はテレビでクオモ知事の顔を見ない日はない。いつもは、なんとなく食事をしたり作業をしながらテレビから流れるこの定例会見を聞いているのだが、今日、後半部分に入ったころから、作業をとめて姿勢を正して聞き入ってしまった。生粋のニューヨーカーとしての地元への愛、メンタルヘルス支援の重要性、そして我々が今後も向き合わなければならないたくさんの喪失について、と、重いけれど温かい内容だったからだ。 


(参考:英語での会見内容全文と動画は、かなり長いがこちらで確認できる。

スピーチの一部については、ABCニュースが紹介している。日本の主要メデイアでこのスピーチを紹介している記事はまだないようだが、検索したところ、Twitterでは日本語で知事の会見をまとめている方がいた。)




 夫の花粉症がひどいので、アレルギーの薬を近所のスーパーに買いに行く。店内はそんなに混んでいないけど、トイレットペーパーのコーナーは相変わらず売り切れ。あと、先週に引き続きなぜかアイスクリームも品薄だ。売り切れではないけど、棚が通常よりスカスカになっている。アメリカ人は、冷蔵庫にアイスを常備しておきたいのかもしれない。一方、備蓄用食品として人気がありそうなスパムミートは意外とたくさん残っていた。

 買い物客の半分くらいがマスクとゴム手袋をしていて、奇妙な感じだった。即席マスクとして、バンダナを巻いている人もいる。この1か月前まで、米国の街角でマスクをつけている人はほぼみたことがなかったのに、すごい変化だ。お店側の対応も、1週間くらい前と少し変わっていた。以前はいなかった、入り口で客に消毒用のウェットテイッシュを渡すスタッフと、レジの間隔をあけるための案内係がいる。客は以前のように勝手に好きなレジに並ぶのではなく、まずは案内係のいる場所に待機して、**番のレジに行ってください、という指示に従わなくてはいけない。空港の入国審査場などにある、行列整理用ポールが設置されている。

(……3月28日に続く)