小豆島「本」通信 1 「他者に思いを馳せること」/田山直樹
小豆島に来るまでは、書店員として7年間、東京と名古屋で働いていた。そんな僕が島で暮らして考えたことや感じたことを、「本」とつなげて考えてみる。そんな、島の紹介のような、ブックガイドのようなあれこれをつらつらと書こうと思っている。題して、小豆島「本」通信。
さて、小豆島「本」通信の1回目のテーマは 「他者に思いを馳せること」。小豆島で暮らし始めてふと気づいたのだが、どうも僕はこちらに来てから、見ず知らずの人と話す機会が多い。スーパーのレジ待ちの列で後ろのおじいちゃんに話しかけられ、海辺を散歩していたら、すれ違ったご婦人と貝拾い談義に花が咲き、バスに乗ったら乗客が自分以外おらず、目的地まで運転手さんと話し通したり。挙句には立ち話をした男性と意気投合して翌週に一緒に山を登ったりなんて事も…。
これらの偶然の出会いは、この島の持つゆるやかな空気がなせる事なのだろうか。
小豆島は瀬戸内海という交通の要衝に位置する島であり、古くはお遍路、今は観光地として人の出入りの多い場所である。そうした風土が関係しているのかもしれない。まぁ、本当のところは、僕がよっぽどぼんやりした顔で立っているので、周囲の人が心配になって声をかけてくれるのかもしれないが…。
小豆島に来る前は、大阪、東京、名古屋と、都会暮らしが多かった自分にとって、こうした経験はとても興味深い。何せ都会では基本的に関わっていたのは仕事の人か友人だけ。道すがらたくさんの人とすれ違っていたが、そこに関係性はない。確かにそこに存在しているが、意識しない。意識してないがゆえに視えない。都会での他者とはそんな透明な存在といって良いものだったから。
でも、小豆島では違う。その場に居合わせた他者と、当たり前のように話し合う。見ず知らずの人とほんの束の間、人生を共有する。その距離感がなんだか心地良い。今回はそうした、他者について考えるきっかけとなるような本を紹介したい。
『あなたを選んでくれるもの』(ミランダ・ジュライ、新潮社)
本書は、作家であり、映画監督でもある米国人の著者によるフォトドキュメンタリーである。映画の脚本執筆に行き詰まり、人生を無為に消費している自分から逃避するために、著者は『ペニーセイバー』というフリーペーパーに出品している人にインタビューを行う。進まない仕事を紛らわす為のインタビューが、次第に著者の中で重要な意味を持つようになり、次第に遅々として進まない執筆作業にも影響を及ぼすようになる。ついには両輪の輪のようにインタビューと脚本執筆が絡み合っていき、そして最後に待ち受ける奇跡のような出会い…。次はどんな人物が出てくるのか。果たして映画の脚本は完成するのか。まるで連作の短編小説を読むかのような展開にのめりこんでいき、ページをめくる手が止まらなくなる。
何がそこまで僕を惹きつけたのか。まずは登場人物の豊かさだ。本書では全部で14人の出品者とその家族が登場する。彼ら、彼女らは性別、年齢、人種、そして生きた環境と、何一つとして同じものがない。
定年を過ぎ、性転換手術を行うべくお金を貯める老人、マイケル。
未来の可能性にあふれた高校生のアンドルー。
自分を特別な人間に見せつけたい、薄っぺらな男、ロン。
生きることの喜びを体現しているかのような女性、ダイナとその娘。
そしてこの出品者たちの語る人生の濃厚さ。
プリミラの語る、感謝祭の時期に起きた奇跡のような話や、四本足の孫の話。
パムの集めた無数のアルバム写真が語りかけてくる、今は亡き家族の物語。
何一つとして同じものはなく、彩りに満ちた彼らの人生。不思議なことに、出品者たちの語る人生の物語はどれも、著者にとって今必要なこと、足りないものを明らかにしていくのである。マイケルからは物事を始めるのに遅すぎることはない、と気付かされ、プリミラからは一人ひとりの人間をステレオタイプの形にはめ込むことの危うさを教えられる。偶然の出会いのはずなのに、終わってみれば必然だったとしか思えないそれらの出会い。著者はインタビューを通して他者と出会う喜びを、驚きを、困惑を、痛みを、そして充足を知っていく。
そう、本書は読者にこう語りかけてくるのだ。偶然に身をゆだねてみよ、と。
僕は平成生まれで、インターネットやSNSの発達と共に成長してきた。遠くの人と離れながらにして繋がることのできるインターネット。同じ趣味や考えを持つ人を強力に繋げてくれるこのツールは、しかし、同時にその外側にあるものを遠ざけてしまっているのではないだろうか。
本書に登場する出品者たちの唯一の共通点。それは「パソコンを持っていない」ということだった。近年ではビッグデータの発達やAIの進化に伴い、インターネット上で知りたい情報を瞬時に教えてくれるだけでなく、こちらの好きそうな情報をまとめて教えてくれるまでになった。しかし、そこには偶然や思いがけない出会いの生じる余地が少なくなっているのではないか。本書は僕たちに他者と向き合うことの大切さを教えてくれる。SNSやインターネットなど、何か共通の目的や趣味を通じてではなく、”たまたまそこにいたから”出会った人々。年齢も性別も出身地もバラバラな人たちとの交流を通じて、共通項がないことは逆にこれだけ豊かな出会いをもたらすことができるのだ、と考えさせられる。
さて、たまにはスマホから目を上げて、周囲の人について思いを馳せてみよう。どんな人間にもその人だけのかけがえのない人生の物語があるのだから。それはもしかすると自分にとって心地のよい物語だけではないかもしれない。でも、それでも耳を傾けたい。自分にとって気持ちいい情報に浸かっていられる時代だからこそ、他者に対しての想像力を働かせることを怠りたくはないから。明日はどんな人に出会えるのか。偶然の出会いを楽しみにしながらこれからもこの場所で暮らしていきたい。
田山直樹
1990年鳥取生まれ、西日本育ち。丸善ジュンク堂書店で7年間勤務の後、2019年5月小豆島へ移住。本がないと生きていけない。現在地域おこし協力隊として働きつつ、書店開業の準備中。