日々を丁寧に生きる
最近の若い世代の
新しい意識を持った方々の発信は
本質をついていてとても面白いです
現実的な視点とスピリチュアルな視点
日本人が忘れ去ってしまった
日常にある恩恵を見直しながら今とどうリンクさせて行くかを
ぶっ飛びすぎず現実的に行動されています
素晴らしい
最近はスピリチュアルな事に対して
受け入れる体制は昔とは大幅に変わってきて
本当に生きやすい時代になったもんだと私は思います
私はほんの数年前までスピリチュアルな事は
大好きではあるものの
そこにに傾倒しすぎるのが大嫌いでした
なのでこの世界に本格的に足を踏み入れるのを
最近まで拒絶しておりました
何故ってそれは
怪しいで片付けられて
本質までたどり着けない人が多かったからです
それと
スピリチュアルな知識がある事と
霊的な能力がある事と
霊性が高いかは
全然意味合いが違うのですが
そこを勘違いしている人がほぼほぼでした
多くの人が
スピリチュアル=サイキック能力を獲得してる
的な誤解が多くって
人間的に癒されていないが故に
そちらの能力が長けている人ほど能力は高いが
何故か霊格が低いというか…
怪しいエリアにアクセスして鼻高々に
偉ぶってる方がある一定数居たりして
そういう世界が大嫌いだったのであります
なので
スピリチュアル系の話が通る人との間では
本性を出して話しておりましたが
現実的な人間関係でそこを話せる人は
居ないと言っても過言ではありませんでした
オーラソーマに出会って
そこから派生して出会ったネットを介しての出会いの中でしか
その本性を出せないのが実情
ですが
オーラソーマを学んで
本質に目覚めることの素晴らしさと
生きている事が心からすごい事なのだと思えるようになって
そこを共有してもらい理解してもらうために
現実的に接してる人たちに
どうしたらわかってもらえるのかは
いつも悩みの種でありましたが
最初から目や耳を塞いでしまうような
看板を打ち立てるのでは無くて
現実的な生き方で
あれ?
と思ってもらえるように私を生きてきました
スピリチュアルな勉強も仕事も
ニタニタしながら本読んだり
色々な情報を取りに行ったりしていましたが
日常的に付き合う人にはおくびにもださず
普通の凡人で本当の力は前に出さず
能力のないフリをして日々淡々と生きておりました
日々を侮らないで
嫌な現実からなるべく逃げないで
嫌な人間関係にも向き合って乗り越えてきました
それは息子を通してやってくる試練が多かったかなぁ
そこにきちんと着地も出来ていないのに
スピリチュアルを語っても
誰も聞く耳を持ってはくれないという事は
嫌と言うほど味わってきたので
私は本質を隠してずっと生きておりました
でも
それが一番敵を味方につける近道だったのだと
今ならわかります
そしてそれこそが本質だったのだと思います
最近は色々な予定があっても
ぐっと我慢してお断りを入れて
引きこもり生活を本格化してみて
見えてきたことがたっくさんあります
それは日常をだいぶ疎かにしていた事
後回しにしていた場所を本格的に掃除しているのですが
そこから見えてくるものはとっても大きい
主婦生活でほぼ家に居ながら
育児や家事をしていた時の事が思い出されて
そういえばこのキッチンを取り付けた時…とか
ああこれはあの時の〜とか
思い出して懐かしんでおります
しかし
以前と違うのは息子に手がかからなくなって
逆に戦力になってくれている事
昔はキッチンの扉を開けさせないようにブロックしたり
危ないものは手の届かない所に置いていたのに
今や私の手の届かない所を掃除してもらえるようになって
しかもキッチリ掃除してくれちゃったりして
時が経つとはこう言うことね!
と
とても感慨深い時間が流れております
食べる事も作る事も
以前は忙しさにかまけて適当三昧でしたが
ゆっくり時間をかけて丁寧に作る事が
今はちょっとだけ楽しい🎶
ちょっとだけね😜
こんな流れが起きるとは少し前までは想像してもいなかったけど
ゆったり流れる時間のお陰で
家族と向き合う時間やこれからを見直す時間が出来たのは
とても素晴らしい事だと思います
これが一人だときっと手を抜くのでしょうが
息子と言う存在が居るだけで
なんと言うのか日常にエネルギーを
込めずには居られなくなるというか
まぁありがたい存在であります
現実的な日常って
ルーティンの連続で面倒で意味のない事のように
感じてしまうのだけど
その事をすっ飛ばした生活をしてみて思ったのですが
このなんでもないことの貴重さ
ここを昔一生懸命守っていた時の事を思い出す時間が出来たのは
とても素晴らしい恩恵であります
そういえば家庭を大事にしようと思っていたのは
独身時代死ぬほど働きづくめで
日常を疎かにしていて主婦生活に憧れていたのと
幼少期共働きの両親の元で育って
寂しさを常に味わっていたからだったと思い出しました
そうだったそうだった
と思う時間がとても愛しいと思える今日この頃であります