尾行
ものの「ついで」の拡大解釈こそが元凶、些細な綻びが大事に繋がる例は枚挙に暇なく。ひと昔なんぞは地元の忘年会回りなどにも利用されていたというからナ。年々厳格化される運用に「当人が行く以上は全て公務だ」などと豪語できる胆力はないのだけれどもそう簡単に割り切れんのがこの世界。杓子定規の運用は時に不都合が生じることもある訳で。そう、公用車の適正流用。
個々に吟味された判断、同じ会合とてその立場が扱いを左右する。届く宛先を議員ならぬ議「長」にしてもらえば、と経験者に知恵を教わるも、んな依頼はみっともなく。要は公開した際に世間様に名目が立つか否かが肝心らしく。白黒付いた後とて一日はそれのみにて完結するにあらず、次なる予定の「合間」、又は私事と申せど譲れぬ一線。
通夜などは典型、自宅までの送迎は範疇にてそこから斎場までは私用車での往復。労こそ惜しまぬも次に間に合わぬとあらばそのまま向かうが効率的。逸脱した運用と言われるかもしれんけど、こちとて目立つ黒塗りに謝辞示されるは御遺族の方々位でこの御時世とあらば悲しいかなまずは「私物化」に目が行く訳で、手前の脇道で人目を忍びつつコソコソと...違うか。
ゆえに時として返上というか辞退を申し出るもそこに立ちはだかるは議長たるもの随行に送迎付きとの既成概念。ましてや迎える相手方が市の関係者とあらば尚更に随行が居らぬとは職務怠慢と叩かれる陰口。弁明しようにも向こうの目にはそう映る訳で。こちとて目立つ車とあらば尾行に好都合な上に尾行されずと経路の履歴追われる煩わしさから逃れられ。いや、そもそもに秘書の随行そのものが尾行されとるようでどうも落ち着かぬ、などと勝手申し上げてそれなりに身軽になった。
留守がちといえどもさすがに年に一度位は歩かねば地元の事情も掴めぬ。将を射んと欲せばまず馬を...いや、馬に重ね合わせては失礼か。そんな意図なくも無視はさすがに。平穏な一年は村の鎮守様の御利益の賜物、途中に立ち寄りし神社にて合掌姿を遠目に目撃されてしまった。中々信心深い御仁だネ。最近なんぞは七五三とて遠方の名高い神社が選ばれがちも本来ならば氏神様こそ最優先。とある神社にて初着に身を包みまれし赤子を抱いた初宮参りの夫婦と遭遇、健やかな成長を願いつつ祝意を申し上げた。
そう、黒川では数年前に若くして御主人を失いし旧家の御長男が結婚したと語る奥様に笑顔が戻り、ついこないだまで現役で御活躍されておられたはずのMさんは役職を退いて以降はとんと見かけぬ。が、ちゃんと御自宅前には自ら収穫したと思しき野菜が通行人の目を惹くように並べられ、呼べば奥の居間から御元気な姿をのぞかせた。足跡残すかの如く一筆を添えた名刺を挟んで来るのだけれども細山のTさんなんぞは好きが高じて(ってもんでもないんだろうけど)過去の名刺を全て保管してあると初めて聞いた。
悲喜こもごもの話を拝聴して振り返る一年。宿る命に逝く命。逝きし人浮かぶ師走の合間かな。今年も多くの方が天国に逝かれた。
(令和元年12月25日/2543回)