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短編 「幻のチューリップ」

2020.04.08 05:55


 おかしな夢をみた。

母が庭に、チューリップが咲いているよと話すのだ。

たしかもう 何年も前にすてられたその球根は、静謐な花壇などには据えてなく、レンガのくぼみに身をひそめていた。春がくるのを井戸の中で、じぃっとまっていた。


 あるとき外をみれば、ふたつの若い新芽が伸びていた。かすかにチューリップの香りをおびながら、天からのほほえみをうけ、無知で根拠のない自信にみちあふれていた。


 わたしは、どうなるだろうと思っていた。

植えたのはもう何年も前だった。今さら花が咲くなんて思ってもいなかったし、ましてチューリップの、レンガから春のみ顔をだすものなんて、記憶の片すみにもあるかわからなかったから。


 母がどうするの?と問いかけて、あぁ幻のチューリップだったと思いだす。

「母さんその話は……」

もう終わったじゃない、といおうとして、つぐんだ。


 たしかに窓の外には1輪の赤い花が見えた。

レンガの中から、井戸の底から、まぶしく気力にみちたチューリップは咲いていた。

嘘だとおもって近づいて、今日が4月1日じゃないかゆるい腕時計をみた。もう2日もすぎていた。

「母さんうちには……もうレンガなんかないでしょう」

おととしの大嵐のときに、庭のうさぎごと吹き飛んだじゃない。ベスのお別れ会は、とっくにすませたじゃない。


ごわんごわんと頭が不透明に鳴りながら、

とおくでそうだったかしら、ときこえる。

船の汽笛までそこにあるように感じるのはどうしてなの?

窓をあけようと思う。腕時計が落ちる。


「おかえり」


 おかしな夢をみた。

母が庭に、チューリップが咲いているよと話すのだ。

あれはもう、母が球根ごと掘り出して、まとめて捨てたというのに。