小児科医の楠木重範さん 小児がんを支える家族、孤独を抱えこまないで。がんになっても笑顔で育つ社会を
神戸市にある日本で唯一の医療併設型ファミリーハウスであるチャイルド・ケモ・ハウス。
小児がんをメインとした病気の子どもと家族が療養しながら滞在できる施設です。子どもが小児がんを患ったとき、子ども自身はもちろん、闘病を支える家族の生活は一変します。
長期間に渡る病院への付き添い、きょうだいのケアに加え、職場への理解や仕事の調整 。
親族内でしかわかちあえない苦しみに、社会から孤立を感じる患者家族も少なくありません。
一般的には知られていない家族側のケアまでを考え、患者家族に寄り添いながら、 小児がんの闘病を支えるチャイルド・ケモ・ハウスの創設者であり、小児科医の楠木重範さんに話を伺いました。
【チャイルド・ケモ・ハウスの創設者であり、小児科医の楠木重範さん】
〈社会が応援してくれるという一つのシンボルに〉
――設立のきっかけについて教えてください。
チャイルド・ケモ・ハウスは、私が阪大病院で小児科医をしていた2005年に、小児がんの 患者家族とNPO法人チャイルド・ケモ・ハウスを立ち上げたのが始まりです。当時は、啓 発活動や研究会などが主でした。 設立時につくったクレド=企業理念は「がんになっても笑顔で育つ社会」です。日本は保 険制度が整っているので医療費で困ることはありませんが、海外では子どものための施設 は基本、寄付で成り立っています。大人に比べると、子どもが病気になる確率は低いので 、病院経営上も赤字部門であり、市場原理では解決できない分野だからです。
【チャイルドケモハウス施設の外観】
子どもががんになったら、生活が一変し、状況を誰にも理解してもらえず、精神的に社会
から孤立して、だんだん閉鎖的になっていきます。そのようなケースを多く見てきました
。この建物は皆さんからの寄付で成り立っています。子どもががんになっても社会はちゃ
んと応援してくれるという一つの大きなシンボルとしてこの建物が存在します。
〈日本で初めての医療併設型ファミリーハウス〉
――チャイルド・ケモ・ハウスは全国で初の医療併設型ファミリーハウスの事例と伺いまし
た。
子どもの難病は、症例が少ないので大学病院や専門の子ども病院で診ることがほとんどです。在宅医療という選択肢もありますが、何かあった時にすぐに対応してくれるわけではないので、不安はあると思います。大規模な病院は、治療に対する安心感はあるけれど、 プライバシーの問題や個人としての融通が効かないので、もう一つの選択肢としてチャイ ルド・ケモ・ハウスが中間的施設として存在します。医療者がいながら家のようなアット ホームな環境で利用いただけます。
【部屋のリビング。自宅のようにくつろげる。】
【プライバシーを考慮し、部屋に玄関代わりの出入り口がある】
例えば、患者のきょうだいが精神的に不安定になり、お母さんが両方についてあげないといけない状況になった場合も、家族で滞在できる医療併設型の施設があった方がいいと思います。治療の状況や社会的背景によって、大きな病院があって、家があって、中間的施
設があるというトライアングルが理想のかたちです。
〈患者のきょうだいにも特別なケアを〉
――患者のケアとは違い、きょうだいケアの必要性については世間では見落とされがちだと思います。
昨年、きょうだいケアの活動を行っているNPO法人しぶたねが「きょうだいの日」を4月10日に制定しました。きょうだいはある日突然、お母さんや姉や妹がいない生活を送ることになります。荒れたり、不登校になったりするケースがあります。普段は闘病中の子どもが中心の生活なので、その日だけはきょうだいとお母さんだけの時間をしっかり取りま
す。原則、患者さんは入れません。
きょうだいの日に、ずっと荒れていた小学校の子どもが来て、お母さんと二人だけの時間
を作っていることを明確に示したら、そのイベント以降は荒れなくなりました。きょうだい支援はなかなか見えにくいけれど、問題を抱えている人はたくさんいます。
〈滞在施設としても病室としても利用ができる〉
――医療併設型ファミリーハウスということですが、滞在される方は入院という扱いになるのでしょうか?
2013年の設立当初、滞在施設は厚労省から病室と認めてもらえませんでした。病院は患者のためだけの施設であることから、家族のためのスペースを用意してはいけないという定義から外れてしまうからです。一般の滞在施設と隣接する診療所という位置づけであった ので、滞在に保険診療が適用できず、滞在費が患者家族の大きな負担となっていました 。3年ほどかけてようやく、滞在施設を医療施設として認めてもらうことができました。 特殊な事例です。現在は、家族滞在のための施設として、治療が必要な場合は入院のための病室として、利用できるようになりました。
【病院では外の天気を感じられないため、みんなが集まるプレイルームには大きな天窓を設置し、外の天気をうかがえる】
病院では子どもが利用するベッドがあって、その横でお母さんが24時間付き添っています 。小さな子どもの入院は親の付き添いを強要しているところがあるのに、家族のためのも のを用意してはいけないというのは、ニーズにあっていません。ここを医療施設とする前例をつくったのは大きなことだと思っています。
――利用料について教えてください。
入院の場合は保険適用となり、実質0円です。滞在には1日1室1,000円~1,500円。食事
は家族と過ごすことが前提なので、家族が作ります。冷蔵庫や食器類も置いています。電
気代やリネン代は頂いていません。特別児童扶養手当で、ひと月あたり約30000円が支給
されるので、どなたでもご利用いただける価格設定になっています。利用者は、昨年は延
べ343人です。オープンしてからは1,000人を超えています。
――入院となった場合、他の医療機関との連携はされているのでしょうか?
必要な場合は紹介状のやり取りや状況の報告などもしますが、ケースバイケースです。医療を積極的にしないといけない状況であれば、紹介状を頂きますし、外泊代わりに利用されるときには、必要ありません。
当初は抗がん剤治療をしていましたが、現在、子どもの抗がん剤治療は大きな病院でしか
できなくなってきています。熱や感染症の治療、輸血などを必要に応じて行っています。
――患者さんまたはご家族は、どのように利用されていますか?
メインターゲットは小児がんです。小児がんの治療期間は半年~1年で、抗がん剤治療と 休薬期間が繰り返されます。抗がん剤の投与期間が3~5日、薬の副作用が抜ける休薬期間 が2~3週間ほどあります。副作用が出る期間は、免疫機能が下がるので、何かあった時のために医療者の近くにいた方がいいという時期ですが、ずっと病院にいる必要はありませ ん。もちろん家に帰ったらいいし、選択肢の一つとして、チャイルド・ケモ・ハウスを利 用してもらえたらと思っています。終末期の患者さんもいます。
【病室では痛みを訴える子供も、ここでもサッカーを楽しむ】
【子供が喜びそうなおもちゃが沢山ある】
実際に利用されている方の例でいうと、入院中に毎日、外出で来る人もいます。四国、中国地方など、遠方から来ている患者さんは、1日の外泊許可が出ても、結局家に帰れずに
病院にいることになるので、家族と週末に泊まりに来たり、一時退院で利用して頂いたりしています。
〈病院の補完的な役割に〉
――患者さんにとって、医療者がいて家のようにくつろげる場所は、とてもありがたいです
ね。
クリニックの標語を「理不尽な平等よりみんなに特別を」にしています。みんなの平等のために何かを我慢するような平等ではなく、みんなに特別なことをする平等、という理念
です。
自分自身も経験しましたが、大学病院で医師や看護師として働くのは本当に大変です。子
どものことなので当然ですが、患者さんからは、もっと対応して欲しいというクレームも出ます。一回の説明では十分に理解できなかったり、何を質問したらよいのかわからなか
ったりする患者さんのご家族の話を、時間をかけて伺います。私たちが病院の補完的な役割となることで、患者さんやご家族も落ち着いて、両者の理解も深まり、良い医療ができると思っています。
【子供が楽しめるよう部屋の壁に色々なものをデザインしている。飽きないよう定期的に模様替えをする】
〈社会は家族のサポートを〉
――利用されたご家族はチャイルド・ケモ・ハウスをどのように捉えられていますか?
病院にいると、子どもを無意識のうちに病人として扱ってしまいます。だからこそ、「が
んになっても笑顔で幸せ」をキャッチフレーズにしています。病気の辛さや苦しみを子ど
もの強さで乗り切って、楽しく生きている姿を見て、両親も頑張るという流れになるのがいいと思っています。
がんになっても普通の生活をしてもいいということは、頭ではわかっていても、目で見て
実感しないとなかなか難しい。ここでは、説明することなく、子どもの楽しそうな姿を見
せることができます。ある父親から、子どもが遊んだり走ったりしている姿を見て、「が
んになっても笑顔で育つことの大切さ実感した」と言われたのは嬉しかったですね。
【ランプシェードは紙で手作りされている。部屋が暗くなると影絵が浮かびあがる。】
――私たち一人ひとりができることは何でしょうか?
患者さんのお母さんは笑顔の方が多いです。子どもに、母親の笑顔が消えたのは自分のせ
いだと思わせないようにしているからです。闘病中のいろいろな過程を経て、お母さんたちは強く笑顔であろうとしますが、お母さんが病気を単純に受け入れて乗り切ったわけではありません。表面には出てこないご家族の気持ちを意識するように心がけています。
お母さんは子どもの闘病のことを、看護師さんや同じ病室のお母さんたちと話す機会はありますが、お父さんは会社や周りの人になかなか話すことができません。仕事も休めず、
苦しい気持ちを一人で抱えていることが多いです。家族それぞれいろいろな思いで過ごし
ています。子どもが病気になったから、笑ってはダメ、ビールを飲んではダメだと思う親
もいますが、子どもが闘病中でも親は笑ってもいいし、おいしいものを食べてもいいので
す。
もし周りで小児がんと闘病している家族がいたら、サポートしてあげてください。社会は
患者さんを直接サポートすることは難しいけれど、家族をサポートすることはできます。
そのためには、社会がもっと小児がんのことを理解して、家族の大変さも理解して、社会全体でカバーしようという仕組みをつくる必要があります。
〈取材後記:大洞静枝パートナーインタビュアー:取材日2020年1月21日〉
チャイルド・ケモ・ハウスは、寄付により運営されているため、医療併設型ファミリーハ ウスという役割を全うする活動の傍らで、施設の運営を継続していくための活動にも重きを置かなくてはいけないという話を伺いました。SNSツールを利用した周知活動や応援してくれる企業への広報活動など、自分たちの取り組みを常に発信して理解してもらうこと が支援の継続につながるとのことでした。日本で初の事例として施設を立ち上げ、運営し 、継続していくというプロセスは、相当な信念と努力がないとできない活動であると感じ ました。
チャイルド・ケモ・ハウスでは、こちらより支援を募集しています。
http://kemohouse.jp/05_shien.html