アイとアユムの父,松沢哲郎先生の講演
12月4日(日)に京都国際会議場で日本臨床心理士資格認定協会が主催した『心の健康・文化フォーラム』が開催されました。
紅葉も終盤の京都の街並みも素敵でしたが,今回はずっと話を伺ってみたかった京都大学霊長類研究所の松沢哲郎先生の講演がメインで企画されていたこともあって楽しみにしていました。
松沢先生は京都大学でチンパンジーの研究をされてきた著名な先生です。
→京都大学霊長類研究所
NHKなどテレビでも取り上げられた天才チンパンジーアイの研究者として有名です。
アイは数字の概念を理解しただけではなく,その息子であるアユムとともに色や漢字の理解にもチャレンジをしており,世界的にみても大きな研究の業績を残されている比較認知科学がご専門の先生です。何よりもテレビで拝見する松沢先生は語り口も穏やかで,かつ理路整然と話をされるとても素敵な印象の先生でした。私は父が獣医だったこともあって子どもの頃から父の本棚に並んでいた動物の本を手にしていたので,動物の行動や進化に自然と触れてきたことも松沢先生にひかれたこととつながっているかもしれません。また地元,熊本の天草に向かう途中に京大霊長類研究所の熊本サンクチュアリーがあり,その話を父に聞いていたことも身近に感じてきたことと関係しているような気がします。
さて,楽しみにして臨んだ松沢先生の講演。
チンパンジーの話から始まるのかな?と思いきや登山の話からは始まりました。
松沢先生は京大の登山部だったそうで,未登頂の8000m級の山を目指した本格派の山屋なのだそうです。ご自分の研究に向かう姿勢を説明されるのにその山屋のお話をしてくださいました。
「パイオニアワーク」
未踏峰にチャレンジしようとしてきた経験が研究に取り組む姿勢につながっている,と。
誰かがチャレンジしたことではなく,新しいことに取り組み,その頂上に立つことで誰も見たことのない景色を見たい,という想いが独創的な研究につながってきたということでした。研究者として私も時々意識することですが,もっと強く意識したいなと思いました。
研究者はそれぞれ自分のニッチを見つけなければいけない,と。どんな小さな領域でも誰かがしたことをなぞるのではなく,自分だけの住処を見つけることが研究者として生きていくことだと。
アイとの出会いは偶然の巡り合わせだったそうですが,チンパンジーと向き合う姿勢についてのお話にも刺激を受けました。
まず,松沢先生はチンパンジーのことを「彼」「彼女」と呼びます。また,数を数える時も○頭ではなく,○人と表現されます。そして最もすてきだなと思ったのは,例え話としてチンパンジーに注射をするときのことをお話ししてくださった時でした。欧米で行われてきた研究対象のチンパンジーに注射を行う時に用いられるのはオペラント条件付けなのだそうです。簡単に言うと,注射は痛くて嫌なものなので,弱い刺激から慣らしていくというものです。最初は注射を打つところに触れ,ご褒美をあげる。次に,針のついていない注射をそこにあて,我慢できたらご褒美をあげる。というように徐々に刺激を強め,その都度ご褒美をあげながら慣らしていく。そして最終的に注射を打つことができるようになるという方法を用いるということでしたが,松沢先生が用いた方法はチンパンジーとの間に信頼関係を築く,という方法でした。それは注射を打つために,ではなく,信頼関係ができればなんでもできる,という考えに基づいた関りだということです。
松沢先生がそのために意識したのは①気に入られる:叱らない,叩かない(母チンパンジーが子どもにしているのと同じこと),②歳月:毎日,決まった時間に会いに行くということだったそうです。なんだか,これは認知行動療法と来談者中心療法の論理と似ているように感じました。
さて,そのことともつながるのですが,アイに息子が生まれた時,松沢先生はアユムも研究の対象にしました。その時に,アユムを母親であるアイから取り上げて実験を行うのではなく,アイもアユムと一緒に実験する場所にいてもらうという方法を選択したということでした。もっというとアユムに実験することをアイに許可をもらったということでした。これは乳幼児の検査をする際にその子どもの養育者にそこにいてもらうこととと同じです。それをチンパンジーにも同じように適用したということです。たぶん,松沢先生にとっては当たり前のことなのだと思いました。松沢先生にとってチンパンジーは研究対象ではなく,仲間であり,ともに研究するパートナーなのだと感じました。
松沢先生はヒトに最も近いチンパンジーという動物と人間を比較することによって「人とは何か?」という研究課題に取り組んでおられます。今回,まとめとして松沢先生が示してくださったチンパンジーと比較した時の人の特徴は「他者が困っている時に手を差し伸べる共感の力」,「想像する力の時間と空間が広がり」という2点でした。それと子どもの育ちを考える時に目の前の現象を理解することだけではなく,背景にある文化や環境,特にどのようにそこに適応しようとしているのかという視点から考えてみては,という示唆を臨床心理士に向けてくださいました。
やはりその道の一流の話からは多くの刺激を受けますし,そうした話には本質的なものがあり,それはどんなことにもつながっていくように感じました。