わたしの引き出しの奥から Vol.6 ネイリスト 平山馨
かっこよく生きたいわたし。
誰かの憧れでありたいわたし。
頑張ることに疲れたわたし。
これから出会うのは、迷いながらもまっすぐに、自分らしい人生を重ねている女性たち。
「わたし」とは、彼女であり、あなた自身です。 彼女たちの言葉が、わたしらしい明日を生きるためのきっかけになりますように。
爪に好きな色を塗る。それはある種の魔法のよう。指先の色が視界に入るとちょっと元気が出たり、誰かに何か手渡された時相手の爪が可愛いと、何か贈り物をもらったような幸せな気持ちになれたり。ネイルサロン「あいさつ」で、日々そんな“おまじない”をたくさんの人にプレゼントするネイリストの平山 馨さん。
「あいさつ」のネイルは、その人の大切なもの、大好きなものを詰め込んだ、キラキラまるで宝箱。たくさんの女性が平山さんに“おまじない”をかけてもらおうと予約はいつもいっぱいだ。
Photo by あいさつ Instagram @aisatsu_me
―ネイリストになろうと思ったのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
「ネイリストになる前は、3年くらい普通に会社員をしていたんです。普通の大学に通って、卒業後は電子書籍の漫画を売る仕事をしていました。それ以外にも、漫画を紹介するページを作ったり、デザイナーみたいな仕事もやらせてもらいました。漫画が売れるのはその紹介ページの良し悪しにもよるかもしれないけれど、でもやっぱり漫画が面白いからですよね。それもあって、漫画家を含め、何かを創り出す仕事に憧れていました。自分で創った何かが、人のためになるような仕事をできたらいいなって。『何かないかなあ』と探していたときに、初めてネイルサロンに行く機会があったんです。その時、この小さい爪の中にいろいろな世界が描かれることにすごく感動しました。その時に、『あ、これだ!』って。それまでは美容やお化粧に本当に興味がなくて、ネイリストになろうと思ったときは恥ずかしくて友達にも言えませんでした。でも、本当に感動したんです。自分が爪を塗ってもらった時のテンションの上がり具合が、それまでに経験したことないものだったんです」
―それでネイルの道に進まれるのですね。
「初めて行ったネイルサロンで感動して、それからネイルスクールに通って。卒業した後、タイミングが合ってそのサロンに勤めることになりました。でも最初からずっと、いつかは独立したいと思っていたんです。ネイリストになるって決める前から、自分の店を持ちたいという夢があったので、初めて行ったサロンに入れなかったら、最初から自分でやるつもりでした。その後独立することになった時、『不安じゃないの?』と周りの人に言われることも多かったです。でも不安は無かったし、『まあ何とかなるだろう』くらいにしか思っていませんでした。長い人生の全体や、宇宙の歴史と比べると、自分の今の決断ってすごく小さいことだし、悩んでる時間がもったいない!覚悟ができているわけではないですが、人間、いつ死んでしまうかわからないし、それなら今は自由に好きなことをやりたいなって」
―爪先に色がのっていると元気が出ますよね。私も特別な日はマニキュアを塗ったりしています。
「爪を塗ってもらって一番嬉しいのって、次の日の朝起きて、爪を見たときだと思うんです。朝って、昨日のことを少し忘れかけていますよね。布団の中で目が覚めて、爪をみて『ああ、そうだ…』って思い出す。『爪かわいい、今日もがんばろう』っていう、素敵な気持ちで一日がはじまる。自分の爪に声をかける、挨拶する。『おはよう』から『おやすみ』まで。そんな思いで自分のサロンを『あいさつ』と名付けました。マニキュアを塗るだけでも、テンションが上がるというか、気持ちが変わりますよね。それは一番よく自分の目に入る部分だからだと思っています。顔って、鏡がないと見えないけれど、爪はいつだって見えるし、だからその爪がかわいいと元気が出るんじゃないかな」
「ネイルのデザインをお任せと頼まれたときは、とにかく自分が可愛いと思えるものにしています。毎回お任せしてくれるお客様に対しては、同じようなデザインが続いてしまわないように、その方が来る前にどんなネイルにするか考えたりするんです。“つめをぬること”ってわたしにとってあくまで仕事だけど、お客様に喜んでもらえるようにデザインを想像する。その時、その方のことを単なるお客様としてだけでなく、すごく大切に思っています。どんなお客様でも、その方の好きなもの、生活、音楽の趣味、着ている洋服…それまでに交わした会話の中で、お客様がわたしにくれたヒントを拾い集めて、そこにわたしの一部も盛り込んで、その時にしかできない10本を作っていく。その時間がすごく幸せです。いつも似たようなデザインにしてしまえば、楽だし早く終わる。でも、それじゃつまらない。毎回自分も楽しみながらデザインを提供したいと思っています。長い時間お付き合いくださるお客様には、本当にいつも感謝でいっぱいです」
―心からお仕事を楽しんでいらっしゃるのが伝わります!そんな楽しいお仕事でも、悩むこともあるのでしょうか。お仕事に限らずとも、どんな時に落ち込んだり辛いと感じますか?
「落ち込む時、大概は仕事が理由です。お客様には毎回満足して帰っていただけるように努力していますが、お客様が満足してくださっても、自分は満足できないこともあって。もっと新しいことができたんじゃないか、この色も合わせたらよかった、お客様の気持ちやご要望をもっと汲み取れていたら…って。そんなふうに仕事でうまくいかないことが続くと、普段の生活にも余裕がなくなってしまうんです。他の人と比べて自分に自信が無くなって、どんどん無気力になる。部屋が散らかったままになったり、ソファに寝転がったまま何もできなくなってしまったりするんですよね」
―そんな時、平山さんはどのようにして乗り切るのでしょうか?
「そんな時は、ネイルをすることでしか解決できません。休むことももちろん気分転換にはなるけれど、自分が悩んだことを乗り越えられないまま休んでいても、もやもやして、結局仕事のことばかり考えてしまうんですよね。だから、仕事で悩んだらやっぱり仕事を頑張るしかない。その時に得た気づきや自信を、またお客様にお返しできたらいいなと思っています」
―ネイルをする時、お客様と一対一で向き合いますよね。相談を受けたりすることも多いのでしょうか?
「ネイリストってお客様にとって、友達じゃないけれど頻繁に会う、ほどよい距離感だと思うんです。それもあってか、いろいろな話を聞きます。仕事のことだったり家庭のことだったり、みなさんそれぞれ頑張っている。でも頑張っていることを自覚している人ってほとんどいないような気がします。『もっと自分を甘やかしていいんだよ!一緒に甘やかしていこう!』って思う。それが難しいことは、わたしも十分わかっているんですけどね。だから、みなさんのいろいろな話を聞かせてもらった時、たいしたことは言えないけれど、お客様の気持ちに寄り添いたいと思っています。お客様がここに来る時間が、気を使わず、楽でいられる時間になったらいいなって」
「どんなに辛いことがあっても、それから逃げ出すことってもっと大変。“逃げる”とか“やめる”って、言葉で言うのは簡単だけど、行動に移すのはすごく難しいことです。だけど、いきなり明日がこないことってやっぱりあると思うんです。今日こうして家にいても、何かあって急に死んでしまうかもしれない。『これが最後かもしれない』って考えてしまう、そんなネガティブな自分が嫌になることもあります。でもだからこそ、その一瞬一瞬、自分が一番幸せでいられるような選択をしたい。どんなふうに生きていても“終わり”は必ずきますよね。“終わり”に抗うことができないなら、せめて精一杯幸せでいれたらいいなって。そう思って、毎日を生きています」
平山 馨(ひらやま かおる)
ネイリスト。ショートネイル向けのネイルサロン「あいさつ」を経営。お客様それぞれの好きなものやその時の気持ちからイメージを膨らませ、小さな爪のなかに表現する。あいさつのInstagram @aisatsu_me、Twitter @aisatsu_meでは、日々ネイルとそれにまつわる“ことば”を綴っている。
(取材・文 道端 真美/撮影 長尾 隆行)