メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』:壁を乗り越えるための読書 (U.K.)
—アメリカ文学慶友会メンバーから、通信教育課程の新入生や在学生に向けて、勉強や卒業論文にオススメの本や作品を紹介してまいります—
『フランケンシュタイン』(1831年改訂版)の内表紙
Shelley, Mary. Frankenstein: or The Modern Prometheus. Lackington, Hughes, Harding, Mavor & Jones, 1881.
フランケンシュタインの名前を知らない人は、一般の人でもあまりいないでしょう。しかしながら、原作を読んだ人は多くありません。あまり読まれない原作にまつわる誤解や魅力を紹介した後、アメリカとの関わりを述べていきます。
1.フランケンシュタインに対する誤解
・怪物の名前はフランケンシュタインではない
フランケンシュタインというのは、怪物の名前ではなく、怪物を創ったヴィクター・フランケンシュタイン(創造当時大学生!)の苗字です。
怪物に名前はありません。創造者のヴィクターが名前をつけず、誰も怪物を認めてくれなかったからです。
原作中では、固有名詞の代わりに、Monster(怪物)(作中27回最多)、Fiend(悪鬼)(25回)、Daemon(悪魔)(18回)、Creature(被造物)(16回)などと呼ばれています。
怪物、悪鬼、悪魔など、ほとんどが中傷する言葉であり、名前がない事よりも酷いかもしれません。
・怪物は知性的
映画のイメージからか、怪物は無差別に暴力を振るい、幼児並みの知性しか持たない凶暴な存在だと思っている人が数多くいます。
しかし、原作では異なっています。
怪物は、確かに憎しみに駆られて何人か殺しているのですが、その対象は創造主ヴィクターの近親者に限られ、無差別の暴力を働いてはいません。
知性的であり、少なくとも青年と呼べるくらいの論理はもっています。
怪物は本も好きで、プルタルコスの『対比列伝』、ミルトンの『失楽園』、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』を読み、内容を理解し、感銘を受ける感受性も持ち合わせています。
Draft of Frankenstein ("It was on a dreary night of November that I beheld my man completed ...")
2.ヴィクターと怪物の対極的な語り
創造者ヴィクターと怪物という2人の対極的な語りを中心に原作が書かれている事も魅力の一つです。二人の語りについて、以下に簡単にまとめておきます。
・ヴィクターの語り
怪物を創ったヴィクター・フランケンシュタインについて、幼少期の頃から怪物創造までが描かれています。 ヴィクターが怪物に対して行った行為は許されるものではありませんし、また、確かにマッド・サイエンティストの原型と言われるほど、少し激しすぎる側面があります。
しかし、イメージと違うかもしれませんが、彼が怪物を創ったのは、まだ20代前半の大学生の時です。
怪物の創造は、狂気の科学者だからというよりも、若気の至りと言った方が適切かもしれません。 ある意味で、若者や科学者の熱意を代弁している人物でもあります。
・怪物の語り
怪物の語りでは、純粋無垢であった怪物が、社会の悪意に触れていく内に徐々に歪み、壊れてしまう過程が語られます。 誰にも認められない事の苦しみを痛切に描いており、ここに共感する要素が多く含まれています。
また、映画などと違い、小説では、醜い怪物の姿を文章で想像する事しかできないからこそ、語りが更に心に響きやすいのかもしれません。
創造者と被造物であり、加害者被害者同士でもある、互いにもつれ合う、この二人の語りによって、感情移入がしやすく、両方の視点から読める点が特徴的です。
3.様々な問題や作品の原型
この作品の魅力としては、様々な問題や作品の原型となっている事が挙げられます。
科学の功罪を問うテーマでは、副題に「現代のプロメテウス」とある通り、人類に炎を与えたプロメテウスと比較して、しばしば取り上げられています。
人造人間の創造というテーマから、クローンや臓器移植などといった生命関係の作品でも言及されます。
Richard Rothwell's portrait of Shelley was shown at the Royal Academy in 1840, accompanied by lines from Percy Shelley's poem "The Revolt of Islam" calling her a "child of love and light".
原作者のメアリー・シェリーは、ロマン主義詩人の夫シェリーやバイロン、エイダ・バイロンなどともつながりがあります。 そう言った経緯から、スチームパンク作品でも取り上げられる事も多いです。
200年近く前の作品でありながら、未だに古びない問題提起を行っているのは本当に驚きです。
4.アメリカとの関係
『フランケンシュタイン』はイギリスの小説だから、アメリカは関係ないのではと思う方も多いでしょう。しかし、アメリカとも関係があります。 『フランケンシュタイン』の舞台となった1790年代は、ちょうどアメリカがイギリスから独立して20年余りというときでした。
Benjamin Franklin (1706-1790) , North American printer, publisher, writer, scientist, inventor and statesman 79 years old.
通信教育課程の教科書である巽孝之先生の『アメリカ文学』でも言及されていますが、カントがベンジャミン・フランクリンの事を”現代のプロメテウス”と呼んでおり、それは『フランケンシュタイン』の副題と同じです。
初版においては、フランクリンの有名な凧の実験をヴィクターが行っています。
これらの関係から、フランケンシュタインの名前は、フランクリンからとられたのではないかとも言われています。
また、作中でも怪物はヨーロッパを去り、 伴侶と共にアメリカに行こうとしています。怪物は作中で亡くなった事が明記されていませんので、本当にアメリカに渡ったかもしれません。
アメリカから『フランケンシュタイン』が受けた影響よりも、『フランケンシュタイン』がアメリカ文学に与えた影響の方が大きいでしょう。
『フランケンシュタイン』はオールディスから”SFの起源”と称されただけに、英米の垣根を越えて数多のSF作品に影響を及ぼしています。 また、ジェームズ・ホエール監督によるユニバーサル映画シリーズは、世界中の人々にボリス・カーロフ演じる怪物のイメージを植え付けました。
A promotional photo of Boris Karloff, as Frankenstein's monster, using Jack Pierce's makeup design
そのなかでも、大きな影響の一つは、アメリカのSF作家アシモフのフランケンシュタイン・コンプレックスでしょう。
アシモフが提唱したこの概念は、ロボット工学三原則とともに、彼のロボットものの根幹となり、文学だけでなく現実の哲学的課題にも用いられるまでに至っています。
近年では、現代までフランケンシュタインの怪物とヴィクターが生き残りアメリカで戦う設定の小説を、アメリカの人気ミステリー作家ディーン・クーンツが書いています。
(慶應の通信教育課程では、英語Ⅲのテキストにクーンツの別の作品「STRANGE HIGHWAYS」が抜粋使用されています)
このように、アメリカ文学にも深く関わっている作品ですので、一度読んでみてはいかがでしょうか。
(慶友会メンバー:U.K.)
メアリー・シェリー著、『フランケンシュタイン』森下弓子訳、東京創元社、1984年。